第16話 見てはいけない物を見てしまったらしい

 クリスとベンタウンを散策した。

 流石、商人たちの街と言われる街だ。どこの通りを歩いても商人を見かける。

 通りで店を構えている者たちの事を『露天商』と呼ぶらしい。


「じゃあ、細い道の方で金のやり取りをしている奴らも露天商なのか。行ってみるか?」

「いや、やめとこう。あれは正規の商人じゃないからね。冒険者にランクがあるように、商人にもランクのような物があるんだ。あそこの店のように、建物の中で商いをしているのは大商人。露天商として働いている人たちは駆け出しから大商人一歩手前の人で様々なんだけど……中には非合法的に商業活動をする者たちも一定数いる。それが、モーガンのいう闇商人だよ。だから人目に付かない所でするんだけど……路地裏なんかで取引している時があるんだよね」


 クリスは一つため息を吐くと「だからさっきからなんか追われてるんかな」と呟いた。


「追われている?」

「追われているっていうか、尾行されているみたいなんだよね。大通りだったら滅多な事がない限りは手を出して来ないだろうと思って、さっきから大通りの店を中心に回っているんだけど……。この町で大事な事は路地裏は安易に覗かない事、だからね。今回みたいに金のやり取りをしている所を見られたと思った怖い人たちが追いかけてくるから」

「なるほど」

「私が冒険者の格好をしていたら向こうから近づいてくる事はなかったんだろうけど、今はこの格好だしなぁ。こんな時、モーガンの空間魔法が便利だったんだけど……」

「すまん」


 魔法の練習はしているが、今はまだ初級魔法を練習しているだけだ。

 空間魔法は簡単な物でも中級クラスになってしまうらしいし、なにより使える者がごく限られているらしく、教わる相手がいないのでどうしようもない。独学では限界がある、と以前の俺が言っていたらしい。


「いや、別に怒っているわけじゃないよ。モーガンのせいじゃないし。ただまあ、このままついて来られるのは気持ち悪いし、さっさと処分しちゃおうか」


 そう言うとクリスは人通りの少ない方へと歩いて行く。

 どうやらそのスポットはカップルで訪れるといい事がある場所らしい。

 なんでも、『夫婦岩』と言われている岩に触れて願い事をすると叶うとか何とか――まあ、あくまで迷信だけど、そこで記憶が戻る事を願えば戻るかもしれない。

 という事で元々行く予定だった場所だ。クリスが下調べしたという事で道に迷う事もなく到着する事ができた。


「さて、向こうの出方を見ようかな。引き続き、いつも通りの感じでお願いね。とりあえず、祈りを捧げようか」

「ああ、分かった」


 クリスの真似をしながら夫婦岩と言われている岩の大きな膨らみの方に触れる。

 クリスはというと、既に一回り小さい膨らみに触れていた。

 夫婦岩と呼ばれる通り、その岩は大きい膨らみに寄り添う形で小さい膨らみが地面から露出している。

 男の人は大きい方、女の人は小さい方と決められているそうだ。


(記憶がすぐに戻って、クリスに寂しい思いをさせませんように)


 時折クリスは寂しそうな顔で俺を見たり、遠くの景色を眺めたりする事がある。

 やはり全く覚えていない俺は、彼女にとっては姿は似ているけど別人なのだろう。

 クリスには随分と世話になっているので戻れるのなら今すぐにでも戻ってやりたいのだが……。

 祈りを手早く済ませた俺がそんな事を考えていると、やっとクリスが目を開いて動き始めた。


「何もしてこないね。尾行されているっていうのはもう確定なんだけどなぁ」

「こんな時、昔の俺だったらどうしていたんだ?」

「モーガンかい? そうだねぇ。市街地での魔法の使用は結構リスキーだから、空間魔法で敵味方丸ごと転移させちゃっていたかなぁ。あ、今のモーガンには無理だからね」

「分かっている」


 呪文すら思い出せないんだ。呪文のまとめのような物があればよかったのだが、そういう物も空間魔法の中に入れっぱなしらしい。

 もしも記憶を取り戻したら、今後はなんでもかんでも空間魔法に入れないようにしよう。


「まあ、あんまり気にしすぎても仕方がないから、襲われるかもしれないって言う事を頭の片隅に入れておいてデートの続きをしようか」


 それでいいのか? と思ったけど、クリスが大丈夫だと判断したんだったら大丈夫だろう。

 今日はクリスの行きたい場所に付き合う日なのだから、俺はクリスの話を聞きながらベンタウンの有名な店や場所を見て回った。

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