第15話 プレゼントしていたらしい

 以前、悪魔が悪さをしていたというベンタウンは、今はもういつも通りに戻っているようだった。

 代官のジャニス・ガスターという女性も「特に悪魔に関する報告はありません」と言っていた。

 最近の事などいろいろクリスと話をしていたが、時間も時間だったのでお暇して、代官が紹介してくれた宿にまで送ってもらった。

 代官とクリスの話は随分と長引いてしまったので日が暮れ始めている。


「お待ちしておりました、クリス様、モーガン様。こちら、それぞれのルームキーです。何か御用がありましたら室内にあるベルを鳴らしてください」


 宿屋の主人が二つ鍵をクリスに渡した。

 当然、一つは俺の所に来ると思ったが、クリスは案内の人について行くだけで一向に渡してくれない。


「最上階とはとんでもない待遇だねぇ」

「国を救ったクリスのおかげだな。ところで、俺も自分の部屋に入りたいんだが、いい加減鍵をくれないか?」

「一応追われている身だから、別行動は極力したくないんだけどなぁ。この街にニコラやドラコの用に頼れる仲間はいないし。モーガンが気にしなければ問題ないと思うんだけど?」

「いや、まあそうなんだがな。せっかく用意してもらった部屋を使わないのも失礼じゃないのか? それに、ここまで高そうな宿屋だし、警備はしっかりしているんじゃないか?」

「……まあ、そうだけど。じゃあ、分かった。こうしよう! 明日一日、私の気が済むまで観光に付き合ってくれ。約束してくれるなら鍵を渡そう」

「ああ、そのくらいなら別にいいぞ。何がきっかけで思い出すか分からんしな」


 前回訪れた時はあんまり観光とかしていなかったそうだけど、見た事がない物でも何がきっかけになるかは分からんし。

 なにより、ここまで世話になり続けているクリスの頼みだ。できる限りは叶えてやりたい。冒険者として活動している時じゃないのに同部屋はちょっと叶えられないが。


「約束だからね。後でやっぱなしはダメだよ?」

「ああ」

「じゃあ、明日の朝7時に宿屋の前の噴水の前で待ち合わせという事で。ああ、冒険に行くわけじゃないから、そういう格好はダメだよ?」


 言いたい事だけ言うと、クリスは自分の部屋の扉を開けて中に入って行ってしまった。

 ……冒険に使うような恰好がダメなら、今の服装も駄目という事だろうか?

 服は例のごとく空間魔法の中にあるらしく、俺が今着ている服はそこら辺の古着屋で買った物らしい。

 外は既に暗くなってしまっているけど、着る服がないのは問題だし、買いに出かけるか?

 ……いや、あまり勝手な行動をするのは良くないな。そもそも買う金がない。明日正直に話して許してもらおう。

 っていうか、クリスの方が俺の今の状態に詳しいから選べる服がない事を俺よりもよく知っているだろう。

 そう考えると別に何も問題ないような気がしてきた。

 俺は気を取り直して受け取った鍵を使って自分の部屋の扉を開く。

 目の前には今まで止まった宿の中で一番広く、豪華な部屋が広がっていた。

 これはゆっくりと体を休める事ができそうだ。




 翌朝、日の出と共に目が覚めると身体強化を意識的に使いながら室内でできる鍛錬をした。鍛錬と言っても、壊れやすい物を運ぶとか程度の事だけど、加減を覚えるにはそのくらいで丁度いい。

 日課の鍛錬を終える頃には頃合いの時間だった。

 部屋を出て鍵をしっかりと描けると一階のロビーまで階段を下りる。


「いってらっしゃいませ」


 ぺこりと受付の女性に頭を下げられて、見送られながら正面出入り口から外に出るとすぐに大きな噴水のある広場に出た。

 ベンタウンの東西と南に広がる大通りはこの噴水の広場を中心に伸びているらしく、噴水を囲んでいる道はとても広い。朝から商人たちの馬車が行き交っている。

 歩道として整備された場所にはいくつかベンチが設置されていて、よく待ち合わせに使われているらしい。今も老若男女問わず、数名ベンチに座っている様だった。

 その中に金色の髪の人物がいた。恐らくクリスだろう。

 そう思って近づくが、その人物は噴水を眺めているのか振り向く気配がない。

 ベンチを回り込んで彼女の正面に向かうと、やっと俺に視線を向けてきた。


「クリスか……?」

「そうだよ。時間通りだね、モーガン」


 言葉を聞くと確かに彼女だと認識できるが、化粧をしているのか印象がだいぶ違う。

 服はいつも鎧を身にまとうためにズボンを履いていたのだが、今日は裾の長い紺色のスカートを履いている。上は白い長そでのシャツを着ていた。女性らしい胸の膨らみや、キュッと引き締まったくびれなどがよく分かる服装だった。

 そういう服を着ないと思っていたからちょっと意外だった。クリスは俺の視線に気づいた様子で首を傾げて「何か言いたい事でもあるのかな?」と聞いてきた。


「いや、特には」

「…………そう」

「ただ、クリスは何を着ても似合うなとは思うけど」


 俺がそう言うと、クリスは目を見開いて驚いた様子だったが、すぐに表情を取り繕うとクスッと笑って「そうだろう?」と言った。


「これは以前、モーガンが選んでくれた服だったんだよ。思い出すかな、と思って初めて袖を通してみたんだけど……今のモーガンも似合うと思っているんだったらまあいいかな。それよりも、どうしていつもの服装なのさ」

「服がなかったんだ」

「あ……そっか、空間魔法の中に全部入れてるのか」

「むしろそれは入れてなかったんだな」

「…………大切な物だからね。まあ、私の事は良いじゃないか。それより、せっかくのデートなのにその恰好はないね。予定をちょっと変更してまずは服を買いに行こう」


 ……デートだったのか。

 そんな事を思っていると、柔らかなクリスの手が俺の手を握った。


「こっちだよ」


 そう言って笑うクリスは、普段とは違ってどこからどう見ても綺麗な女性だった。

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