第14話 何も聞いてないらしい

 野営を数回重ねると、目的の街ベンタウンに着いた。

 まだギリギリ俺たちの故郷であるルズベリーと同じ辺境伯の領地らしい。ただ、ここはルズベリーと比較にならないくらい人が多い街だった。


「ここは商人たちの街と呼ばれるくらい商業が盛んなんだ。国境に近い城塞都市だからね。あっちとそっち方面にそれぞれ国があって、そこから遠路はるばる商人たちが大量の珍しい物を持ってくるのさ。それを求めて国内の商人や貴族たちが集まってくるんだろうね」

「なるほどなぁ……でも、国境沿いに近づけば近づくほど開拓が進んでいないから危ないんだろ?」

「そうだね。交易路も危険と隣り合わせらしい。だから、異国との交易をしている商人たちは腕利きの冒険者たちを雇うのさ」


 ダンジョンが近くにあったヴァルハラとは違った風貌の冒険者が多いのはそれが理由か。こっちの冒険者は装備がキラキラで清潔感がある。

 向こうの冒険者はダンジョンに数日から十数日過ごす事もよくあるそうで、街に帰ってくる冒険者は薄汚れている事が多かった。

 あと、単純に年代もこっちの方が上で、歴戦の冒険者、という感じを受ける。二十歳の俺もまだまだ若い方なんだなぁ、と思う。


「クリス様、お待たせ致しました。代官がお会いになるそうです。こちらの馬車にどうぞ」

「ありがとう」


 ニコッとクリスが微笑めば、やじ馬で集まっていた女性陣から悲鳴があがった。男たちはそれが面白くなさそうだけど……クリスは女だという事は知らないのだろうか。

 そんな事を思いつつ、クリスと一緒に馬車に乗り込む。

 馬車が動かしたところで、正面に座っているクリスに話しかける。


「ここの代官とは知り合いなんだよな?」

「ああ、そうだね。ジャニス・ガスターという麗しき女性だよ。辺境伯の娘の内の一人で、とても優秀な女性だったな」

「そうなのか。ここでは病が蔓延してたんだよな?」

「ああ、その通りさ。ここでは私よりもニコラの方が活躍していたからね。多くの住民がニコラに助けられたんじゃないかな?」


 なるほど。それでニコラをたたえる像がそこかしこにあるのか。


「それでも、クリスはやっぱりどこに行っても女性陣に人気なんだな」

「僕たちの旅が『救国の旅』っていう名前で吟遊詩人や劇団員を通して広まっているからじゃないかな。僕がここでやったのは悪魔の討伐くらいだからね」

「いや、それでも十分すごいんじゃないか?」

「そうでもないよ。私は加護によって悪魔が憑りついているのが分かるから退治しやすかっただけだよ」


 悪魔は呼び出した者の願いを叶える代わりに、その体を乗っ取ってしまうらしい。

 ただ、それだけではなくて、その体を操って悪さをしたり、よりよい依り代を見つけると乗り移ってしまうんだとか。


「それに、相性も良かったからね。ニコラのおかげで状態異常の心配はなかったから接近戦に持ち込めたから」

「すごい奴だったんだな、ニコラって。……それで、ここに来た目的である悪魔探しはどうするんだ?」

「そうだね。明日から一通り街を見て回ろうか。特に何もなければ二人で観光を楽しめばいい。前回は全然見て回れなかったからね。美味しいお店もたくさんあるらしいし、何か思い出すかもしれないよ?」

「前回の俺は食べてないんだったら思い出さないんじゃないか?」

「…………まあ、そうだけどさ」


 先程までキラキラと瞳を輝かせながら語っていたクリスは落ち込んでしまったようだ。

 そんなに美味いもんが食べたいんだろうか?

 そんな事を思いながら馬車に揺られ続けていると、豪華な建物が見えてきた。恐らくあそこが目的地だろう。

 未だに意気消沈中の英雄様をどうするべきか内心焦りながら御者の人と話すために設けられているらしい小さな小窓から前方に見える屋敷を眺め続けた。




 結論から言うと、代官は悪魔の手先でもなければ、悪魔がまだいるかもしれないという事に気付いていなかった。

 救国の英雄クリス御一行をもてなすために元々の予定を後回しにしてまで出迎えてくれたようだ。

 煌びやかな部屋で、一目で金がかかってそうな料理を前にしてクリスはいつもの女性を魅了する笑顔で話をしていた。

 どうやら気持ちが落ちていようが、仕事はきっちりとこなすらしい。

 俺はというと、以前は完璧だったと言われていたテーブルマナーをすっかり忘れていたので周囲から同情されている様だった。

 ここでも記憶を失った俺の話は伝わっているらしい。

 クリスに恥をかかせずに済んだのは良かったが、とりあえず帰ったらテーブルマナーをクリスに教わろう。

 なんか物覚えは良い方みたいだからきっとすぐに覚えられるだろう。

 そんな事を思いながら代官とクリスの手元をじっと観察しつつ食事をした。

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