第10話 加減を覚える必要があるらしい

 はじめのダンジョンと呼ばれている初心者向けのダンジョンは、城塞都市ヴァルハラから少し離れた所にある。

 だが、この程度の距離であれば身体強化魔法を使えばあっという間だった。

 速く走ろうとすると体が身体強化魔法のやり方を覚えているようで、クリスと同じ速度で走る事ができた。


「……後衛職だったよね、君」

「知らん」

「これだけ速く走れるのに、どうして普段は使わなかったのかなぁ。……魔力の温存とか?」


 走りながら首を捻って考えているクリスはまだまだ全力ではないようだ。

 もう少し速く走ってみようか、と思ったけど時間帯的に空いているとは言え街道を爆走するのは危ない。いつでも止まれる速さで走り続けた。

 その結果、ダンジョンには数分で着く事ができた。身体強化魔法を意図的に使う練習にもなるかもしれないし、明日も同じ感じで来よう。


「ここが『はじめのダンジョン』だよ。今日探索する魔物の構成は覚えているかな?」

「主にゴブリン系の魔物だろ?」

「他には?」

「コボルトだったか? 二足歩行する低ランクの魔物がいるけど、大規模な群れをつくる事はないんだったよな?」

「そうだね。第一階層であれば、ほとんど単独で出てくるはずだ。今日の目標はゴブリンの討伐証明でもある耳と、無いよりはマシの魔石だ。それと、コボルトの討伐証明と魔石だけど……コボルトの討伐証明部位はどこだったか覚えているかな?」

「尻尾だろ」

「よろしい。では、準備が整い次第行こうか」


 荷物の大部分をクリスが持っているので準備する事なんて武器を構えるくらいだ。

 以前の俺は魔力で周辺の状況を探知できたらしいが、今はできないのでいつでも臨戦態勢を取っておいて損はないだろう。

 時間帯が微妙だったからか、ダンジョンの入り口は混雑していなかった。

 冒険が終わったであろう駆け出しの冒険者っぽい少年少女と時折すれ違うくらいだ。

 全員、まずはクリスを見て、それから俺を見て、再びクリスを見る。英雄と讃えられている女性が荷物持ちをしている事に疑問を持ったのだろう。

 ただ、パーティーに関する事に口出しは厳禁らしい。余計なトラブルに発展してしまうからだそうだ。

 時折冒険者たちとすれ違いながら地面の下へと延々と続いている階段を下りていたが、どうやら階段の終わりが見えてきたようだ。


「ここから第一階層だ。出入り口にも魔物がいるかもしれないから気を付けるんだよ。あ、でも――」

「あぶなっ!! 何すんだテメェ!」

「あ、悪い」


 階段を下り切るタイミングで真横から突然何かが現われたので、てっきり魔物かと思って思いっきりメイスを振ってしまった。

 ダンジョンの壁にめり込んだメイスを抜こうとしていると、横から突然出てきた少年が眉間に皺を寄せて怒鳴ってきた。


「悪い、じゃねぇんだよ! 危ないだろうが!」

「ちょっとやめなよ、みっともない」

「お前が走って出入り口に向かうから悪いんだろ」

「ギルドの講習で出入り口付近は神経を研ぎ澄ませてる冒険者が多いから近づく時は気をつけろって言われてたでしょ」


 怒れる少年を止めているのはパーティーメンバーと思しき男女数人だった。


「今みたいに人が突然現れる時もあるからね。気をつけなくちゃいけないんだ」

「なるほど」

「周知徹底しているんだけど、ダンジョンの活発期になると階段に逃げ込んでくる人も一定するいるから今後は気を付けてね」

「ああ、分かった」

「そういう訳だから、こちらにも落ち度はあった。ただ、そちらにもあると思うだ。どうだろう、お互い今回の事は水に流す、という事で」

「ざっけんな! ちょっと大きいからって――」

「待て待て待て! よく見ろって。救国のクリスだって。」


 魔法使い然とした格好の少年は、怒り狂って少年を一人では止められず、パーティーメンバーと思しき女性二人も加わった。

 先程まで顔を真っ赤にして起こっていた少年は、クリスだと今認識したのか、真っ青に変わってしまった。


「これ以上迷惑かけてたら僕たちの心証が悪くなっちゃうから、早く出るよ」

「…………」

「失礼しました」

「クリス様、頑張ってください!」

「ああ。初めての荷物持ち、頑張るよ」

「「「「………荷物持ち?」」」」


 声を揃えて疑問を呈した少年少女のパーティーだったが、クリスは答えるつもりがないらしく、奥に進み始めた。


「ちょ、クリス待ってくれ。壁にめり込んで抜けなくなった」

「どうしてそんな事になるわけ?」

「俺が聞きたい」


 その後、出てきたゴブリンやコボルトを叩き潰して回ったのだが、はじめのダンジョンに来る時にかかった時間よりも壁や床にめり込んでしまあったメイスを引き抜く方が時間がかかっていた。


「ちょっと加減をするのを覚えた方がよさそうだね」

「手加減しながら戦わなくちゃいけないのか。大変だな」

「普通、ダンジョンの壁や床は壊せないからね。壊そうとしてもすぐに修復されるようになってるから、めり込んでしまうのはそれが原因かも」

「そうなのか……クリスも壊せないのか?」

「私ほどになれば傷をつけるような事はできるけど、そのうち剣がダメになるからわざわざやらないかな。刺さったら隙ができるし、すぐに修復されて無駄だし」

「そうか。……これもそのうち壊れるのか?」

「まあ中古品だしね。どうやら身体強化魔法の延長で、叩きつける瞬間、武器に魔力を纏わせて強化してるみたいだけど、このままだとすぐに壊れると思うよ。消耗品と割り切っていくつか予備を準備しておくのもありだけど、それを持ち運ぶならマジックバッグが欲しい所だね」


 マジックバッグというのは鞄などに空間魔法を施した魔道具らしい。

 それを作る事ができるのはごく少数で、手に入り辛いとの事だったが、Aランク冒険者ともなれば一つや二つは持っている事が普通らしい。

 俺たちの場合は記憶喪失になる前の俺がなんでもかんでも空間魔法に入れていたので不要だったそうだが。


「お、ゴブリンだ」

「一匹しかいないし、壁や床に叩きつけないように戦う練習をしてみたらどうだい?」

「それもそうだな」


 ゴブリン程度だと一気に近づいて振り下ろしで終わるんだが、クリスの言う通り毎回それで床にめり込ませてたら隙ができてしまうからな。

 どうすればいいか考えながら戦う俺を背後から見守りながら、クリスは「手練れの魔法使いは接近戦もできるって本当なんだねぇ」なんて事を言っていた。

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