第9話 ただ確認をしただけらしい

 結局、依頼を受けて冒険者として活動する事になったのは次の日からだった。


「荷物、多くないか?」

「このくらい普通だよ。普段は君が空間魔法で出したり閉まったりしてるからポーターいらずだったけどね。普通は皆で分けて持ったり、ポーターを雇ったりするんだよ」


 鎧を身にまとったクリスは、大きなバックパックやら肩掛け鞄やらたくさんの荷物を抱えていた。

 対する俺はというと、腰に巻いたポーチの中に消耗品やらを多少入れている程度だ。


「今回は私が君のポーターとしてついて行こう」

「いや、クリスは剣士なんだろ? ポーターを雇った方が良いんじゃないか?」

「大丈夫だよ。今回受けようと思っているのは『はじめのダンジョン』っていう低ランク向けのダンジョンだし。もしもの時はすぐに荷物を捨てて戦闘に参加できるように準備してある。何より、ポーターなんて募集したら、それこそモーガンが冒険者として活動するのにだいぶ時間がかかる事になるよ? だって、国を救った英雄の私のパーティー募集だからね」

「……なるほど」


 ただ、その国を救った英雄……しかも女性に荷物持ちをさせている俺ってあんまりよく思われてないんじゃないだろうか。

 冒険者ギルドへ続く道を歩いているだけで、通行人がじろじろと俺を見ているのを感じる。


「……やっぱり荷物を分けて二人で持たないか?」

「ダメだよ。さっきも言っただろう? 君は記憶を失って初めてダンジョンに入るんだ。何が起こっても不思議じゃない場所にね。万全の状態で戦えるようにするためにはこれが一番だよ。例の件で呼び出されるまでに少しずつ慣らしていこうとは思っているけど、初日から荷物を半分持ってもらう訳にはいかないね」


 クリスの意思は固い。

 これは俺が周りからの視線に耐えるしかないんだろう。

 冒険者ギルドに入ると、あからさまに俺たちを見てひそひそ話をする者が増えた。

 気になると体が勝手に身体強化魔法を使うみたいで、彼らの話も聞こえてくる。


「アレってクリス様だよな?」

「なんで荷物持ちみたいな事してんだ?」

「あの一緒にいるのってクリス様と一緒のパーティーだった魔法使い……だったよな?」

「いつも空間魔法に入れてたのに、なんかあったんか?」

「普通前衛にあんなに荷物持たせないだろ」

「喧嘩でもしてんじゃねぇか?」

「パーティーも二人だけだしね。募集をする前に解散するのが先じゃない?」

「だったらクリス様にアピールしとかないとな!」

「クリス様がお前らみたいな弱小パーティーに入る訳ねぇだろ。そんな事するくらいならソロ活動するわ」

「ちげぇねぇ!」

「ギャハハハハッ!」


 酒を飲みながら騒いでいる一団はクリスを取り込もうと画策しているようだ。

 他の面々もそういう者たちはいるけど、なにより多いのは俺への非難だった。


「気になるのは分かるけど、あんまり聞かない方が君のためじゃないかなぁ」

「聞きたいわけじゃないんだが、つい体がな」

「条件反射みたいなものなのかな? そういえばいつも気づいた時には魔力を練っていたし、身体強化を使って情報集めてくれてたのかな」

「集め方が盗み聞きみたいな方法ってのはちょっと印象悪くないか?」

「そうかな? 私は別にそう思わないけど……と、ここが依頼ボードだよ。この時間だと常設依頼や、ずっとクリアされていないいわゆる『塩漬け依頼』が残っているくらいだね」


 クリスがまっすぐに向かったのは大きな掲示板の前だった。大きさに反して、貼られている紙は多くない。


「時間帯によって貼られている物が違うのか?」

「そうだね。基本的に早朝に新しい依頼が張り出されるから、良い物を手に入れようと朝から皆来て依頼を受けて行くんだよ」

「……ゆっくり朝ご飯を食ってる場合じゃなかったんじゃないか?」

「そんな事ないさ。まずは君の力を見るためには常設依頼で十分だよ」

「まあ、クリスがそう言うならそうなのかもな。オススメはどれなんだ?」

「自分が受ける依頼を自分で見繕うのも必要な力だよ。身の丈に合わない依頼を受けるのは良くないって記憶をなくす前のモーガンが言ってたなぁ。これからのモーガンはそういう選ぶ力を養う必要があると思うよ」


 過去の自分が余計な事を言っているせいで、今の俺が苦労する事になるなんてなぁ。

 そんな事を思いつつ、依頼を見ていく。

 紙に書かれた依頼は大きく分けて二種類あった。

 一つは常設依頼という物で、『剥がすな』と印と共に赤色で注意書きがされている。そのほとんどが冒険者ギルドが依頼者となっている。中には国だったり、他のギルドや貴族だったりする物もあったが、ごく少数だった。

 もう一つは常設依頼以外の物だ。こちらには印が書かれていない。早い者勝ちのようだけど、今の時間に残っている物はそれ相応の理由があるのだろう。


「…………そういえば、字が読めない奴はどうするんだ?」

「そういう人は受付に行って依頼を紹介してもらうんだよ。ただ、そういう人ばかりだと受付が大変だから、冒険者向けに講座が開かれていて、最低限読めるように教育されるんだよ。まあ、強制ではないから読める人とパーティーを組めば問題ないんだけど。でもね、読めない人はいつまでたっても半人前扱いされるんだよ。そりゃ自分が受ける依頼を自分で選べないんだから当然だよね」


 クリスにしては厳しい意見だなぁ、なんて思っていたら「全部モーガンの受け売りだけどね」と彼女はペロッと舌を出した。

 過去の俺はずいぶん厳しい人物だったようだ。

 そんな事を思いつつ、俺は常設依頼の中から一つを選んだ。


「うん、これならまあいいんじゃないかな」


 選んだのはゴブリン退治だ。推奨ランクが一番低かったし、なによりこれから行くダンジョンにたくさんいる魔物だと昨日の他愛もない会話の中で出てきていたからな。

 クリスは「しっかり話を聞いていたようだね」と満足気な様子で、外に向かって歩き始めた。


「受付をしなくていいのか?」

「常設依頼は基本的に貼ってある間は受付が必要ないんだよ。冒険の途中でついでに達成すれば、多少のお金は入るから何があるかを冒険前に確認する程度だね。モーガンが空間魔法を使えた頃は、とりあえず片っ端から魔物は倒して、丸ごと空間魔法にしまってたからあんまり見る事はなかったけどね」

「…………そうか」


 話を聞いていると、記憶を失ったままでも仕方ないけど、昔の俺が使っていた魔法は使えるようになると便利そうだと感じる。

 一度覚える事ができた魔法だし、時間がある時に魔法の勉強でもしてみよう。

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