第7話 勘違いしていたらしい

 教会の中に入ってどんどん奥へと進んでいく少年の後をついていく。

 以前、何度か来た事があるらしいけど、見覚えのない物ばかりだ。

 どんどん階段を登っていき、最上階のある部屋の前で案内が終わった。


「ここが僕たちの部屋だよ」

「ずいぶん偉くなったもんだ」

「これでも救国の英雄のパーティーで活躍した治癒魔法使いだからね」


 ふふん、と自慢げな彼が扉を開けようとする前に、内側から開いた。


「部屋の前で何をしてるんだ」


 そう言いながら現れたのは大きな女性だった。

 尻尾と角が目立つ彼女もまた、俺の事を知っているようだ。怪訝そうに俺を見て「もう大丈夫なのか?」と聞いてきた。


「記憶喪失のままだよ。僕でさえ元に戻せないんだから自然に戻るのを期待するしかないんだけどね」

「そうなのか。それは……クリスも大変だな」

「そうでもないさ。恩返しができてちょうどいいくらいさ」


 クリスは少年が部屋に入って行くのについていく。

 俺も大きな女性に促される形で部屋に足を踏み入れると、彼女は扉を閉めた。


「防音の結界を張ってあるからここでは楽にしてくれていいよ」


 クリスは少年の正面に座り、大柄な女性はソファーに座った少年のすぐ隣に座った。


「モーガン、こっちへ。それにしても、やっぱりくっついたんだね、君たちは」

「押し切られる形でね。そこら辺は自己紹介してからにしようかな」


 少年は一度言葉を切ると俺に視線を向けてきた。


「僕の名前はニコラハム。君からはニコラって呼ばれてたよ。パーティーでは君と同じ後衛職で、治癒魔法や付与魔法で支援していたんだよ」


 少年の名を聞いても特に思い出す事はない。

 ニコラは「まあ、この程度で思い出すわけないよね」と言うと、彼に尻尾を絡ませていた女性に視線を向けた。


「アタイはドラコ。見ての通り竜人だ。ここらじゃあんまいねぇから、見たら思い出すんじゃねぇか、って思ったけど……そうでもなさそうだな」

「申し訳ない」

「モーガンが謝る事じゃないよ。あの場にはいなかったから何とも言えないけど、二人とも最善は尽くしたんだろうしね」

「……そういえば、どうして俺は記憶を失ったんだ?」

「言ってなかったのか?」

「ん? ……………ああ、確かに記憶を戻す事に意識が向き過ぎていて原因を伝えていなかったね。その時の事を話せばもしかしたら思い出すかな?」

「どうだろうね。悪魔の道具を使った魔法でしょ? 皆目見当がつかないよ」


 肩をすくめたニコラが分からないなら仕方がない、という感じでクリスは「だよね」と呟くと俺の方に顔を向けた。


「かいつまんで話すと、私たちが国を救った後の祝賀会の日に、事件は起きたんだよ。君に忠告されていたんだけど、私の見通しの甘かった。もっと注意すべきだったんだ」

「それを言ったら僕らも同罪だよ。まさか一国の王子があんな事をしでかすとは思わないじゃん」

「それだけアタイら……というよりもクリスの人気と実力が高すぎた、という事だろうな」

「王子様の一人が私を自分の物にしようとして、悪魔に魂を売ってしまったみたいなんだ。それで手に入れた悪魔の道具を使って私の記憶を奪い、記憶喪失になった私を手に入れようとしたみたいなんだよね」

「国王は関与を否定してたけど、どこまで本当なのか分からないよね」


 その通り、とクリスはゆっくりと頷いた。それから話を続ける。


「王城で悪魔の道具を使うとは思わなかったし、王子様がそんな事をしでかすなんて夢にも思っていなかった私は、王子様に呼ばれてのこのこ部屋を訪れたのさ。他にも兵士や侍女がいたから大丈夫だろう、と思ってしまったのもある。その場で結婚の打診が再度本人からあったんだけど、それを断ったら『忘却』の道具を使われたんだ。ただ、間一髪君が部屋に入ってきて、私は君の結界魔法によって守られたという訳さ。ただ、君と部屋にいた侍女や兵士は無事では済まなかったんだけど……」

「他にも記憶を失ったものがいたのか?」

「そうらしいよ。どうやら範囲魔法系の魔道具だったみたいでね。使用者以外は記憶を失ってしまったみたいだ。その時は倒れているだけだったから分からなかったんだけどね。その後は王子を無力化して近衛兵に突き出したんだけど、誰が味方か分からないし、君は気を失ったまま動かないし、とにかく安全な場所に行かなくちゃっていう事で教会に潜り込んだってわけさ」


 一気に話し終えたクリスはニコラが話の途中で用意していたティーカップを手に取って、口に含んだ。


「そんな事があったんだな。………ん? 王子が結婚の申し出? 誰に?」

「私にだが?」

「………クリスって、女なのか?」

「…………」

「いたっ! 何で叩くんだよ」

「いやぁ、今のはモーガンが悪いよ」

「アタイもそう思う」

「いや、確かに男だと思っていたのは悪いかもしれないが、女性に熱狂的な人気だったし、女性の扱いに慣れてる感じだったからモテる男だとばかり……」

「まあ、君よりは女性の心を理解しているからね。モテるだろうさ」


 不機嫌になってしまったクリスはしばらくの間口をきいてくれなくなってしまった。

 まあ、ニコラとドラコから冒険の話を聞く必要もあったから教会にいる間は大した問題じゃなかったけど。

 ……明日も機嫌が悪かったらどうしようか。

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