第3話 別の街に行く必要があるらしい

 故郷に帰ってきて一週間ほどが過ぎた。

 俺の故郷は王都から結構離れた辺境にある小さな町だ。

 その町の名はルズベリーといって、俺とクリスはこの町で育ったらしい。

 両親と呼べる存在は既にこの世におらず、二人とも教会で育ったらしい。流行病で亡くなったそうだ。

 親に会えば少しは記憶が戻るかもしれない、と思ったが、思い出せなくて気まずい思いをしなくて済んだと思う自分もいる。

 もう独り立ちした身なのでここでも宿に泊まって生活する事になった。クリスとは別の部屋になったが、俺の部屋代はクリスが支払っている。


「モーガンの記憶が戻るまで、私が責任を持って世話をするからゆっくり休んでいてくれ」


 そうクリスは言うけれど、クリスだけ日中働きに出て俺は宿でのんびりするのは違うと思う。

 っていうか、暇だ。

 かといって生活費を稼ぐ手段がない。

 記憶をなくす前の俺は冒険者として活動をしていたらしいから、俺もクリスについて行って仕事をすることも考えたが、『救国の英雄』と呼ばれるクリスが任される仕事はだいぶ危険なもののようだ。

 足手纏いがついて行ってもどうしようもない。


「それで記憶喪失のあなたでもできそうな仕事がないか探しにきた、と」

「そういうわけだ」


 目の前には綺麗系の受付嬢がいた。

 冒険者ギルドの受付嬢で、名前はティアというらしい。

 記憶を失う前の俺とは面識がないらしいので気まずい思いをしなくてすんでいる。


「クリス様からはモーガン様が来ても危険だから依頼を出さないように、と釘を刺されてるわけですが……。というか、戦い方は覚えているんですか?」

「いや、全く」

「お帰りください」

「待て待て待て。俺は元々クリスと同じく冒険者だったんだろう? 冒険者として魔物を狩ったり、素材を集めたりしていたら何か思い出すかもしれないじゃないか。簡単なやつでいいんだ。それこそ、駆け出しがやるようなやつがいい。初心に帰る気持ちで取り組むし、何か思い出せるかもしれないだろ?」

「この町ではそういう駆け出し用の依頼はないですよ。もう少し大きな街に行かないと。よく知りませんけど、冒険者として活躍されていたんだったらそれが理由でルズベリーから出たんじゃないんですか?」


 辺境故に町の外は危険で魔物もそこそこ強いものが多いらしい。

 駆け出し冒険者であるFランクの冒険者が一人で戦えるような魔物はいないんだとか。


「もしも冒険者になりたい奴がいたらそいつはどこにいくんだ?」

「城塞都市ヴァルハラですね。近くにダンジョンもあるので引退までそこで活動する人もいますよ」

「そうか。教えてくれてありがとう」

「いえいえ。記憶が戻るといいですね」


 ティアに見送られて冒険者ギルドを後にしてとりあえず町を散策する。

 小さな町だ。俺が記憶喪失ということはとっくに知れ渡っているようだ。


「大変な事になっちまったねぇ。これ食べて元気だしな」


 店先でのんびりと座っていた中年の女性からは果物を頂いた。


「もしここで暮らして行くんだったらうちのとこに来るか? ちょうど娘の結婚相手を探しててな」


 そう言ってくれたのはこの町に一軒しかない鍛冶屋のおじさんだった。

 お相手がきっと苦労するだろうから丁重にお断りしたけど、新しい仕事を探すのもありかもしれない。記憶が戻るか分からないし。


「元気ないな。ほれ、一本やるから元気出せ」


 路上で串焼きを売っていた若い女性から売り物を一つ譲ってもらった。

 いろいろしてもらってばかりで申し訳ないと顔に出ていたのだろうか。親切にしてくれる人が口を揃えて「以前助けてもらったから」と言っていた。

 どうやら記憶を失う前に俺は色々な人を手助けしていたらしい。

 このまま記憶が戻らないかもしれないが、優しい町の人たちとの思い出を思い出せないのは………………嫌だな。




 クリスが一仕事終えて戻ってきたのは夕方ごろだった。


「ヴァルハラ?」

「ああ。俺たちは行った事があるのか?」

「確かに町を出てまずそこに向かったけど……記憶が戻ったのかい?」

「いや、全然」

「そうか」


 表情が曇ったが、それも一瞬の事だった。


「誰かに聞いたのかい?」

「ああ。受付嬢のティアっていう女性に」

「冒険者ギルドに何しに行ったんだい? ……まさか、魔物の討伐依頼を受けに!?」

「そのつもりだったけど止められた。戦い方を思い出せてないなら行くべきじゃないって」

「……まあ、そうなるだろうね。ティアには後でお礼を言っておかないと。でも、どうして急にそんな事をしたんだい? せめて、相談くらいしてくれたら良かったのに」

「金のためだよ。記憶が無くなっていようが生活をしていかなくちゃいかんだろ? 今は俺の分の宿泊代をクリスに払ってもらってるじゃないか。せめて自分の食い扶持くらい稼げるようにならないとって思ってな」


 記憶を失う前は冒険者だったんだ。

 それに、高い所が苦手だった事を体が覚えていたように、戦い方も覚えているかもしれない。

 俺の意見に否定的だったクリスも、俺が冒険者としてやり直すためにヴァルハラに一人で行くと言うと慌てた様子で「私もついて行こう」と言った。


「いいのか?」

「どうせやる事もないし家族もいないんだ。それに、君の事が心配だからね」


 そう言いながら困った様に笑うクリスの顔は、男の俺から見ても綺麗だと思った。


「私だけだったら問題ないけど、実力を発揮できないモーガンがいるから安全第一に考えて行動しよう。とりあえず、後一週間もすれば定期便がくるから、それまでは町でも見て回ってなよ。もしかしたら記憶が戻るかもしれないし」

「この一週間でもうほとんど見たよ」

「そう……じゃあ、明日は私も休みにして一緒に見て回ろうか。二人で見た方が記憶を取り戻すきっかけになるだろうしね」


 という事で、明日は急遽クリスと町を回る事となった。

 明日は今日とは違う意味で騒がしい日になりそうだ。

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