第2話 幼馴染は英雄だったらしい

 亜竜便に乗って移動すると、あっという間に目的地に着く、とは言われたが俺にとってはとても長い時間のように感じられた。

 出発する時間が夕方ごろだったこともあり、途中の街を経由して宿を取って寝ることになった。クリスとは同室だった。


「脱がないのか?」

「ああ、万が一の時のために夜の見張りをしようかと思ってね。君は寝てていいよ」

「俺だけしか眠らないのはなぁ……」

「起きてたところで君は何もできないじゃないか。それとも、戦い方を覚えているのかい?」

「いや、全く」

「だろうね。そういうわけだから、君はそのベッドで眠るといいよ。私はソファーで休んでいるから」

「でもなぁ……」

「亜竜便の中で仮眠をとるし、故郷に帰ったらぐっすり休むから心配しないで。ほらほら、早く寝なよ」


 クリスの意思は変わらないようだ。

 仕方がない、と俺は一つしかないベッドに入り、眠りについた。

 翌朝、目が覚めた時にもクリスはソファーに座って俺をじっと見ていた。


「なんか顔についてるのか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。同室で過ごすのは初めてだなぁ、と思って見ていただけだよ」

「そうか……?」


 宿屋の一階で営まれていた食堂で朝食を食べるために移動する。

 どうやら宿屋は大体二種類あって、こういう食事も提供しているところが多いらしい。


「もう一種類はどんなのなんだ?」

「……私たちは泊まった事がないから分からないよ」

「そうか。今度あったら泊まってみたいな」


 食事を済ませると街の外で待機させられていた亜竜便の元へと向かう。

 また飛ばないといけないのか、とテンションが下がるが、陸路は盗賊や魔物が出て危ないらしい。


「国が安定して結構減った方なんだけど、それでも私たちの町周辺まで行くとなると危険は高くなるからね」

「そうなのか?」

「そうだよ。国境に近い辺境の小さな街だからね。そういうわけだから、諦めて乗りなよ」

「俺も乗りたいのは山々なんだが、体が拒絶しているんだ」

「前にもこんな風景あったなぁ」


 足が固まってしまったかのように動かず、車内に乗り込む事ができない。

 結局、クリスに無理矢理押し込められて入ることになった。




 亜竜便に乗って移動すると昼前には目的地に到着した。

 体感的にはもう夕方になっていてもおかしくないくらい時間が経っていると思っていたけど、そこまで遠くなかったらしい。


「何笑ってんだよ」

「大騒ぎするのは記憶を失う前も今も同じなんだなって」

「口が勝手に声を出してんだよ.俺の意思じゃない」


 本当に苦手な事は体がよく覚えているのかもしれない。

 苦手な事こそ忘れてしまっていた方が良かったのに、なんて事を考えながらクリスに支えてもらいつつゆっくりと車内から降りると、小さな町がすぐ近くにあった。


「ここが私たちの故郷、ルズベリーだよ。といっても、ここからだと壁くらいしか見えないだろうけど」


 クリスが言った通り、町はぐるりと壁で覆われている。盗賊や魔物の襲撃に備えるために物見櫓というものもいくつかあるようだ。


「小さな町でも壁は立派なものなんだな」

「まあ、辺境だからね」


 そういうものなのか。

 クリスの後について歩いていると、城門にいた人間たちが何やらこちらをみて話をしている。


「久しぶりだな、ロイ、ルイ」

「ほら、やっぱクリスだっただろうが、ルイ!」

「普通こんなところにいるとはおもわねぇだろ、ロイ!」


 クリスが話しかけた人物はどうやら知り合いだったようだ。

 背格好も顔立ちもそっくりな二人はロイとルイというらしい。

 ひとしきり話をしたのちにやっと俺の存在に気づいたのか「あー、やっぱりモーガンもいるのか」と二人同時に言った。


「あんたらも俺の事を知ってるのか」

「はあ? 新手のボケか? 面白くないぞ。なあ、ロイ」

「だなぁ。頭は良くても面白みがないやつなのは変わらずだなぁ」

「俺は面白みがない奴だったのか」


 何言ってんだこいつ、と言った感じで二人からの視線が向けられたが、クリスが記憶喪失であることを説明してくれた。


「大変な事になってるんだなぁ。俺はロイだ。お前らが町から出て行くまでの間、よく遊んでたんだぜ」

「僕はルイだ。よく悪さをして怒られてたんだけど、それも忘れちまってるか」

「悪さをしてたのは二人だけで、一緒に頭を下げに回ってたのがモーガンだよ」

「「余計な事を言うなよクリス」」

「と、まあこんな感じで息がぴったりの双子だ。僕たちと違って町に残って町のみんなを守る仕事をしているんだよ」

「そうか。立派になったんだな」


 子どもの頃の事は覚えてないけど。


「記憶を忘れていても言う事は変わらないなぁ、ルイ」

「そうだな。仕事を伝えた時と同じセリフだなぁ、ロイ」

「記憶を忘れても変わらないものがあるんだろうね。いろいろ見たり聞いたりしたら思い出すかもしれないって言われたから戻ってきたんだ。また話をしてあげてよ。ところで……もう通ってもいいかな?」

「あー、一応身分証を見せろ。決まりだから仕方ねぇんだよ。なあ、ルイ」

「そうだな、ロイ。モーガンも見せろよ」

「身分証……」

「昨日使ったペンダントだよ」

「ああ、これか」


 首飾りを外してロイ……いや、ルイか? どっちかわかんないがそれを渡すとネームプレートをじっくりと見始めた。

 ネームプレートには簡単な情報が記されているらしい。記憶をなくす前にしていた冒険者として活動する際に支給されるネームタグと呼ばれるものだ。

 その確認が終わるとすぐに通された。

 そして入ってすぐに、見覚えのある像があった。


「……クリス?」

「なんだ?」

「あ、呼んだわけじゃない。あの像がクリスそっくりだったから」

「それはそうだろう。これでも救国の英雄と呼ばれているんだからな」


 口元を綻ばせてそういったクリスは像を気にした様子もなく通り過ぎると、道をまっすぐに歩いていく。

 町の人々はクリスを遠くから見つめているようだ。

 俺はそんなクリスの後をついて歩いたのだが……。


「英雄になるとこんなに像が建てられるんだな」


 町の至る所に見覚えのある人物の像があった。

 これにはクリスも若干引いていたのかもしれない。初めて見るタイプの笑みを浮かべていた。

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