記憶を失った俺は自分探しの旅に出る

みやま たつむ

第1話 どうやら記憶を失ったらしい

 目が覚めると知らない天井だった。

 体を起こすと見た事もない場所に寝かされていたようだ。辺りを見渡すと見覚えのない寝具と、家具が置いてある部屋だった。

 ここはどこだろうか。…………というか、俺は誰だろうか?


「お目覚めのようだね。調子はどうだい? どこか変な所はないかい?」


 そう尋ねてきたのは、端正な顔立ちをしている人物だった。

 金色のショートヘアーに、青い瞳のその人物をじっと見ても誰か分からない。


「お前は誰だ?」

「…………分かっていたとはいえ、君にそう言われるのは正直辛いものがあるな」


 そう言いながら苦笑を浮かべた目の前の人物は、鎧を身に着け、近くには彼の持ち物だろうか? 大剣が置かれていた。

 身の丈以上の武器を使うにしては、目の前の人物の線は細い。


「私の名はクリス。念のため聞くけど、君は君自身の事をどこまで覚えているかな?」

「………」

「そう、思い返しても出て来ないだろうね。でも、話ができるレベルの記憶喪失であるのならまだマシだったんだろうね」

「記憶喪失?」

「そう。君は私を守ってそうなってしまったのさ。君の忠告を聞いて気を付けていれば防げたかもしれないが……起きてしまった事は悔やんでも仕方がない。今まで散々守ってもらったんだ。今度は私が君を守るよ」

「はぁ……」


 俺が目の前の人物……クリス? を今まで守っていたとなると……もしかしてあの立てかけてある大剣は俺のなのか?

 いや、でも俺の体もあの大きな剣を持つにしては細い方だろう。果たしてアレを持つ事ができるのだろうか。

 そんなどうでもいい事が頭をよぎったが、それよりもまずは自分の事を知るべきだろう。

 クリスがいろいろと教えてくれるというし、お言葉に甘えて質問する事にした。


「俺の名前は?」

「モーガンだよ。名前を聞いて何か思い出さないかい?」

「いや、全然。俺とクリスは元々知り合いだったのか?」

「知り合いというよりも、幼馴染という方が正しいだろうね。故郷も同じだし。ルズベリーっていう小さな町だよ。何か思い出さないかい?」

「……いや、全く」

「まあ、この程度で記憶が戻るとは思ってはいないんだけどさ……どこにでもある町だよ」

「そうか。ところでここはどこなんだ?」

「ここは王都の教会にある貴賓室の一つさ。私たちの仲間で教会関係者がいたからここの人たちとも顔見知りでね。ここに匿ってもらったのさ」

「匿う? 何かから逃げてるのか?」

「まあ、そんなところだよ。君が寝ている間にほとんどの事は終わったから、もう問題ないはずだけどね。ただ、眠っている君をこれ以上動かしたくなくて起きるのを待ってたのさ。何があったか、思い出せないかい?」

「…………思い出せんな」

「そう」


 困った様に眉を下げたクリスだったが、表情を取り繕うと「他に何か聞きたい事はないかい?」と聞いてきた。

 聞きたい事って言われても、聞きたい事しかないんだが……。


「時間だけはたっぷりある。好きなだけ質問してくれてもいいよ。ただ、その前に食事をしようか。モーガンは気になる事があると寝食を忘れる事があったけど、記憶を失ってもそうみたいだからね。さっきからお腹が鳴っている事に気付いているかな?」


 クスッと笑ったクリスは「食事の準備をしてくる」というと席を立ち、部屋から出て行った。その際に大剣を軽々と持っていった。

 やっぱりあれはクリスのものだったんだな、とどうでもいい事が頭をよぎった。




 食事をしながら話を色々聞いてみたが、何も思い出せなかった。何か思い出したかと問われるたびに否定するとクリスが悲しそうな顔になるので申し訳なくなる。

 教会所属の治癒魔法使いと名乗る男は「話だけで思い出す人もいれば、実際にその場所に行って思い出す人もいる」と言っていた。

 ただ、その後に「全く思い出さない人の方が多いからあまり期待しない方が良い」とクリスに向けて言っていた。

 全く記憶を思い出さなかった場合はどうすればいいのか。

 文字やら言葉やらは覚えているが教会の外がどういう風になっているのかは覚えていない。いや、見たら何となくわかるかもしれないけど、正直想像もできない。


「…………モーガン。とりあえず、故郷に帰るっていうのはどうだろうか」

「クリスが案内してくれるのか?」

「もちろんだとも。丁度帰ろうかと君と話をしていたところだったのさ」

「記憶を失う前の俺と、か」


 クリスがそう主張しているが本当かどうかは分からない。

 ただまあ、記憶喪失の男を騙したところで何かクリスにメリットがあるわけでもないだろうし、これから行く当てもないしクリスの言葉に甘える事にした。

 故郷は王都から結構離れているらしい。


「時間を掛けて戻ってもいいけど、面倒な事に巻き込まれるかもしれないからね。一気に行こう」


 そう言ったクリスは俺をある場所へと連れて行った。

 そこにはたくさんの『ワイバーン』と呼ばれる大きな生き物がたくさんいた。


「亜竜便と言ってね、何でも運んでくれるんだよ。ただちょっと心配な事があるんだけど……」


 そう言って意味深に俺を見てきたクリスに「何が心配なんだ?」と尋ねるとクリスは眉を下げて困ったような表情になった。


「君、実は高い所が苦手だったのさ」

「………なるほど」


 実際、高い所は苦手だったようだ。

 亜竜が抱えた車体の中でクリスにくっついて過ごす事になった。


「記憶を忘れていても体は覚えてるもんなんだね」

「こ、こんな事を、覚えていて欲しくは、なかった!」

「だろうね」


 そんな事を言いながら、車窓から見える夕日をクリスは眺めていた。

 クリスも俺も、車内の中のものも全て夕日に染められて赤くなっていた。

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