第2話 ラブコメしない謎部活もあるはず……!
「んっと……哲学研究部?というものを、俺は存じ上げないんだけど」
当然ながら、知らない部活へのご興味を聞かれても答えようがない。哲学研究部 is 何?
「そうだったんですか!? す、すみません。うちの部室に駆け込んでいったので、てっきり……」
「部室?」
「はい。ここは『哲学研究部』の部室です」
あーなるほど。それで巨大な本棚とか、ホワイトボードとか、ペンギンが置かれてたのか。いわゆる謎部活なのね……って、逃げないとじゃん!
「ここに座っていてください。いまお茶を入れますね」
そうして俺を半ば強引に木製の丸椅子に座らせると、新名さんは鼻歌混じりにポットのお湯を沸かし始めた。どうやら昼休みにシエスタを始めるつもりらしい。ここはフランスか?
「あのぅ……えっと……そろそろ俺、行こうかなぁ……なんて──」
「コーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」
「……紅茶で」
くっ、コミュ力不足で切り出せない。黙って去ることもできるが、落とし物を届けてくれた人にその仕打ちは……と、俺の僅かな良心が囁いてくる。
けどここへの長居は危険すぎる。
万が一にも俺みたいな陰キャが謎部活に巻き込まれでもしたら、初めはクセの強い美少女に振り回されながらも、最終的にはハーレム展開……なんてことは120%あり得ない!
現実はもっと恐ろしく。他の部員に永遠にパシられるか、空気になって毎日気まずさに耐えるくらいなら御の字。最悪、高いツボを買わされて泣き寝入りだろう。一刻も早くここを去らないと。
「さっきはごめんなさい」
「え?」
「急に部活に誘ってしまって」
「あ、うん。大丈夫」
「私、夢中になるとつい周りが見えなくなってしまうんです……」
魚の柄のマグカップ──たぶんクマノミとシーラカンス──にお湯を注ぎながら、新名さんは謝罪した。
こうもあっさり反省されると拍子抜けだな。根はいい人なのだろうか。
その時、部室の扉がガラガラと開いた。
「失礼しま~す。智愛様いますか〜?」
現れたのは、新名さんよりも頭1つ分くらい背の高い女子だった。短いスカートと着崩した制服、そして首にはネックレス。髪は二つに結ばれており、大きめなウサギのアクセサリーをつけている。まさにJKって感じだ。……あと胸が大きい。
「奏ちゃんこんにちは。お茶、飲んでいきますか」
「お願いしま〜す」
そう言うと彼女は、当然のように俺の隣に腰掛けた。油断すると胸に目が吸い寄せられるので、意識的に視線を高くすると、彼女と目が合ってしまった。
「新入部員の方ですか〜?」
「いや、俺は別に……」
「ふ〜ん。ま、なんでもいいや〜」
「は、はぁ」
「あたし一年の
この人も部員なのか? 初対面の異性×先輩だろうと、リラックスしすぎて語尾が伸びるところに強者の余裕を感じる。
一方で陰キャの俺は、どうやっても彼女の太ももや胸がチラついてしまい目が泳ぐ。これが格の違い……。
「二年の相田翼です。よろしく」
悔しいので、俺は威厳が出るよう胸を張り、できる限り低い声で言った。
しかしながら特に効果はないようで、暁月さんはニヤリと笑うと、俺の耳元で囁いた。
「先輩も、新名先輩目当てですか?」
「え!? い、いや……べ、別にそういうわけでは」
「プッ、冗談ですよ〜。先輩、さてはモテないでしょ?」
「う、うるさい。余計なお世話だ」
「すみませ〜ん」
なんだこの女。男心を弄ぶとは……許せん。悔しい。男の敵だ。絶対に許さん。
「……そういえば、相田翼ってどこかで聞いたような──」
「奏ちゃん、お茶入りましたよ」
「わ〜い。智愛様大好きです!」
新名さんに声をかけられると、さっきまでの態度が嘘のように、暁月さんは素直に振る舞う。こうも百合百合されると、さすがの俺には邪魔できない。
俺と暁月さんの前にマグカップを置くと、新名さんもようやく腰を下ろした。
「そういえば智愛様。部員って集まりそうですか?」
「実はあまりうまく行ってなくて……」
悲しそうな新名さんの表情を見て、俺の心も少しだけ動いた。
が、流されちゃあいけない。俺の理想はラブコメ主人公ではなく孤高の陰キャ。謎部活なんてぜっったいに入るもんか。
「そうなんですか──あ!?」
暁月さんは何かを思い出したような声を上げると悪そうな笑みを俺に向けた。……嫌な予感。
そして彼女は新名さんには聞こえないよう、俺にこっそりと耳打ちした。
「相田先輩ってもしかして、去年沙織ちゃんに告白した、あの相田翼ですか」
「ど、どうしてそれを!?」
「あ〜、やっぱりそうでしたか〜。じゃあこれ、ばら撒かれると不味いんじゃないですか?」
暁月さんはスマホの画面を俺だけに見せた……!? な、なんで!!!
──暁月奏が俺の黒歴史を持っているんだよ。
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