第1話 哲学者がヒロインなわけがない
「ニーチェ、好きなんですか?」
プロローグで生涯陰キャ宣言をした直後。
透明で心地の良い声が、俺の耳を抜けていった。
眼前には、小柄な可愛らしい一人の少女。
青く澄んだつぶらな瞳に、柔らかそうな薄桃色の唇。肩まできれいに下ろされた髪は、窓から漏れる風によってさらさらと揺れていて、幻想的な雰囲気を醸し出す。
それはまるで、ラブコメの始ま──
「えっ……あっ……」
りとはならなかった。
自分の好みどストライクの美少女と、陰キャがまともに会話できるわけがない。こんなの逃げる一択だ。走れ!
俺は彼女にクルリと背を向け、教室を飛び出した。
「──!? 待ってください!」
そもそも女子が陰キャに絡む理由なんて、友人関係か恋愛関係の拗れと相場は決まってる。つまり『あなたなんていなくても、私の居場所はあるんだからね!』アピールだ。そんなものに付き合う義理はないね。
「待ってくださ〜〜〜い」
どうやら廊下まで追いかけてきているらしい。しかも結構なスピードで。負けてたまるか。貴重な休み時間に、俺が女の子と話すことなんて一つもないのだ。
廊下の生徒をかき分け、腕を大きく振り、地面を強く蹴り、俺はギアを上げた。
「待って! くだ!! さ〜〜〜〜〜い!!!」
……くっ、声がどんどん近づいている。足速すぎだろ、あの人。俺の体力もそろそろ限界だ。
仕方がない。こうなったら、そこの空き教室に隠れよう。えいっ!
※※※
──なんだここは。
俺が飛び込んだその空間は、高校の教室とは明らかに異質のオーラを放っていた。まるで大学の研究室のような。
まず気になるのは、右側の壁にある巨大な本棚だ。分厚い本が数多く並んでいて、タイトルも小難しそうなものばかり。見ているだけで頭が痛くなりそう。
そして左側にはホワイトボード。細かい文字でこれまた様々な書き込みがなされている。道徳云々とか、正義云々とか。これまた脳が理解を拒んでしまう。
最後に正面に並べられた机。その上にイルカやペンギンといった可愛らしいぬいぐるみが座っている。後は魚がプリントされたマグカップとかポットとか。
ふぬ、これだけはわかった。どうやらこの部屋の主は海の生物が好きらしい。後は何もわからん。
ま、それはさておき。
とりあえずここまで逃げればもう安心──
「あのー」
ともならなかった。俺が息をつく間もなく、ガラガラと扉が開き、かの少女が顔を出したのだ。
はぁ、どんだけしつこいんだよ。
「あ、あのさ。いいかげんに──」
「落としましたよ?」
「えっ」
「この本、あなたのですよね?」
彼女の手にはまさしく、俺の『ニーチェ名言集』が。もしかしてこれを届けるためにわざわざ追いかけて──逆ギレしようとしたのが恥ずかしくて死にたい。
「……ありがとう……ございます」
「いえいえ、届けられてよかったです。私、
コミュ障全開の不敬な男に対し、新名さんはペコっと頭を下げた。……やっぱりこの人めちゃくちゃ可愛いな。俺でなきゃ確実に落ちてるね。
「えっと、あ、
俺は陰キャであることがよく伝わる、素晴らしい自己紹介を披露した。ちなみに『翼』という名前は『大空にはばたいて欲しい』とかではなく、某サッカーアニメが由来らしい。俺は超次元サッカー世代だけどね。
「相田さん!」
「ヒャイッ」
急に新名さんが俺の名前を叫ぶので、つい返事が裏返ってしまった。
なんだなんだ?
「哲学研究部にご興味ありますか!!!」
……なんだそれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます