第3話前編 殻の中の卵



 その街は周囲を高い壁に囲まれていた。

 容易に侵入できない堅牢な街。

 街の唯一の出入口には、立派な門が構えていた。

 大きな扉は常に閉じたままである。

 門の脇には簡素な小屋があり、守衛が3人ほど待機していた。


 そこへ大きなバックパックを背合った小柄な旅人がやって来た。

 フラフラっと詰め所に吸い寄せられるようにして向かう旅人。


「すみません。旅の者ですが、入ってもよろしいでしょうか?」


 旅人は被っていたフードを取ると、そこから可愛らしい少女の顔が現れた。


 全身に鎧を身に付けた守衛は、フルフェイスの鉄兜から鋭い眼差しでリーナの全身を眺めると「どうぞ」と、素っ気なく一言だけ告げた。

 大きな門が開く代わりに、交代要員が出入りする人一人が通れるような通用口が開かれ、リーナはそこから街の中へと入ることが出来た。


 よかったわ。簡単に入れて。


 バックパックの中身も、簡単に目を通しただけで済んだ。

 とはいっても検閲するほどの中身は、ほとんど入ってはいなかったのだが。


 きっと私がスキル無しだったから、簡単に入れたのかもね。


 一人納得して壁の内側に入って来たリーナ。

 目の前に広がる光景は、よく整備された王都のような美しい街並みだった。


 舗装された石畳。

 整えられた街路樹。

 耐震性、防火防犯性の高い石造りの家屋。


 特に変わったところのない平和そうな街。

 ただ、これだけの規模の街にしては人通りがほとんどなかった。

 人声も生活音も聞こえてこない。

 外で遊びまわる子も見られない。

 まるで活気のない廃墟のような街。


 広い道の真ん中を、一人ポツンとたたずむリーナ。


 そこへ先に上空から壁内に侵入していた赤青の二匹の竜が、ひと気がないことを良いことに、堂々とリーナのもとへと舞い降りる。


「なんか、寂れた街だな」

「どうしたのかしらね?」


 青い竜のアダルが退屈そうにつぶやき、赤い竜のデルマが不安そうに答える。


「みんなお昼寝してるのかもね」


 異質な街の雰囲気にも気にせず、歩き出すリーナ。


「まだ時間があるから、買い物して行きましょうかね」


 散策がてらに、消耗品の補充を兼ねて店を回ることに。


 さすがに街の中心部の繁華街に近づくにつれ、人通りは増していく。


 しかし奇妙なことに、すれ違う人々は全てフードやマント、コートなどを羽織り、素肌を見せないように体を包んでいるのだった。


「なんだよ、ここのやつら。みんな旅人なのか?」

「リーナ様の真似っこしてるんじゃない?」


「ふふふ。私はそんなに有名じゃないわよ」


 出歩く人々は皆、同じような格好をしていた。


 リーナは旅の途中に立ち寄る街々で、特異な存在として周囲から見られていた。

 この容姿で旅をしているという奇抜さもあったが、スキル無しという点で軽蔑し、見下すような眼差しを向けられることも少なくなかった。

 しかしここでは、市民のほとんどがマントで体を覆うという同じ装いなため、守護精の有無や種類まで外見では判断することが出来ない。

 なのでリーナも普通に歩くだけなら、この街の市民と見分けがつかなかった。


「なんか……話し声もしないし、不気味な所だな」

「みんな恥ずかしがり屋なんじゃないの?」


 バックパックの中の二匹が外をチラチラと覗きながら、そのようなことを言う。


「そうね……そうかもしれないけど、単純に……」


 ……自分の身を隠すため、かしら?


 リーナの胸の中には多少の疑問が残ってはいたが、特に気に留めることもなく買い物に向かう。


 久し振りの大規模な市街で、お目当ての調度品はすべて手に入り、ご機嫌のリーナ。ただでさえ大きなバックパックが、はち切れんばかりに膨らんでしまった。

 スペースの無くなった二匹の竜は、圧縮されてイライラが積もり、しまいには口論に。


「ちょっと! 押さないでよ!」

「しょーがねーだろ!! 狭いんだから!!」


「……ぅ、ぅぅ」


 そしてリーナは重すぎるバックパックを背負い、おぼつかない足取り。


「買いすぎなんだよ!!」

「あんただって、非常食とか言って干し肉とか! ナッツ一袋とか勝手に買わせてたでしょう!」


「そうね……こうなったら二人には飛んでもらおうかしら?」

「「な!?」」


 リーナはふらつく足で歩く中、立ち寄ってきた店でのことを振り返っていた。

 店員からのリーナへの客としての対応は、一般人としてのごく普通の当たり前の接し方をされた。

 これが本来ならばスキル無しと判断された瞬間、商品を売ってもらえなかったり、店から強制的に退去させられたり、値段を吊り上げられたり……

 しかしこの街ではそのような差別的なことは、一度もされていなかった。


 それだけではない。全ての店員も顔や体を隠していたのだった。屋内だというのに全身を覆うようなローブを身にまとっていたのだった。

 思えばこの街へやって来た時の、あの守衛も係員も、そうだった。ガチガチの鎧で体中をかため、素肌はほとんどさらされていなかった。


 そうなると、ここで暮らす人々のスキルは、一目では分からない。


 人には何らかのスキルが備わっている。

 能力の詳細や内容まではすぐには判断できないが、守護精として体にまとったり、オーラとして包まれたり、スキルの有無や部位、大きさ強さなどは漠然と現れた何らかの形から推測は出来る。

 ただし、アダルやデルマのように自我を持ち、自由に動き回るものは例外中の例外ではあった。


 まるでここで暮らす人たちが、意図的に自分のスキルを隠し、他人に見せないようにしているような……

 そんな詮索をしながらリーナは、今晩泊まる宿を探し歩くのだった。



 しばらく歩いたのち、とある一軒の宿の前までリーナはやって来ていた。


 何の変哲もない、ごく普通の宿屋。


「ここでいいかしらね」


 すみませ~ん、と中に入るリーナ。


「一晩よろしいでしょうか?」


 すると40歳ほどの男性が出迎え、口かず少なく、

「どうぞ」

 と迎え入れた。


 やはりこの男も、他の店員と同様に室内にもかかわらずフード付きのマントを被り、長袖に長ズボンという、寒くもないのに厚着をしていたのだった。


 そしてたった一言「どうぞ」ですまし、すんなりの泊まることが出来てしまった。

 他の街では泊まるのも一苦労だったリーナ。


 必要なこと以外の会話はほとんどしない。

 無用の詮索もしない。

 深く他人とは関わらない。

 そしてスキルに関しては、あまり表に出さないことが、この街の暗黙のルールとなっているようだった。


 スキル無しのリーナにとっては好都合な場所。

 一見すると過ごしやすそうな環境ではあったが、リーナには居心地の悪さを感じさせられるのだった。


 案内された部屋は、ベッドがありテーブルとイスが置かれた、一般的なシングルの部屋。

 普通の旅人が使うような一部屋だった。

 しかしこれもリーナにとっては、久しぶりの個室なのであった。

 たいていは庭の小屋か使用人の部屋。もしくは倉庫の片隅あたりに泊まらされていた。


「リーナ様!! 見てください! ベッドですよ!ベッド!!」


 デルマがバックパックから勢いよく飛び出すと、ベッドまっしぐらにダイブする。


「すごい!! フカフカですよ!! シーツも真っ白!!!」


 久しく体感していなかったベッドの感触に大はしゃぎのデルマは、何度もベッドの上を飛び跳ねる。


「なー 腹減ったんだけど? ここはどんな料理が出てくんのかな?」


 同じく這い出してきたアダルは、椅子に座り食事を求める。


「そうね、聞いてくるわね」


 リーナは荷物を置き、上着を脱ぐと宿屋の主人のもとへと向かった。


 主人はまだ入り口の受付にとどまっていた。

 相変わらず暑そうなローブを羽織ったままで。


「あの、すみません」

「はい、どうかされましたか……?」


 リーナに呼ばれて振り向く主人は、思わず目を奪われる。

 先ほどはフードを深々と被り、旅人のコートをまとっていたため気が付かなかったが、実はまだ若く美しい女性がそこにいたからだ。


 このような赤裸々に自分の素顔を見せたり、自分の能力を他人にさらし出すような人間は、もうこの街には存在しなかった。

 

 それが今、目の前に。

 

 しかも守護精、スキル無し。


「今晩のお食事なのですが……」

「は、はい?」


 主人は動揺する心を隠すように視線を背ける。


「お金は払いますので、3人分用意していただけますか?」

「3人分!? か、構いませんが?」


「ありがとうございます」

「お、お客様?」


 引き返そうとするニーナを引き止める主人。


「はい?」

「失礼ですが……お客様は? もしかして……スキルなし、ですか?」


「はい。そうですが? なにか?」

「あ、いえ、なんでも、ないです……その……見とれてしまって、失礼しました」


 リーナはあっさりと自分の能力を、しかもスキル無しという欠点を打ち明けてしまう。


「そんなに私は珍しいですか?」

「それはもう、貴女のような若い女性が一人で旅など。しかもスキルも……」


 そう言いかけて主人は口をつぐんだ。


「私なら大丈夫ですよ。ご心配いただき、ありがとうございます」


 スキル無し。


 その返事を聞いて主人はリーナを軽蔑することなく、差別的感情を抱くこともなく、

 ただ単に、安堵した様な……

 表情が緩み、こわばった全身の力が抜ける感じ……


 ……そんな様子をニーナは見逃さなかったのであった。

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