第2話中編 箱入り娘の箱入り卵

 そこは宿やホテルよりも大きな建物だった。


 一晩泊まれる場所を探し求めて歩き回った末、リーナは街の奥に位置し広大な敷地を有する大きな屋敷の前まで来ていた。

 立派な屋敷とは別に、奥行きの長い校舎のような建物も伸びていた。


 日も暮れかけ、一日中歩き回ったリーナの足も限界がきていた。

 ここがダメなら、もうその屋敷の壁の隅に寄りかかって寝るしかない。


「でけーな。なあ、ここ宿舎かなんかじゃね? 聞いてみよーぜ!」

「ここなら泊めてくれるかもよ?」


 バックパックの中から首だけを出したアダルとデルマは、目を輝かせながら言う。


「そうね。聞いてみましょう」


 立派な門の前には、ちょうど今、年配女性の使用人が庭の手入れをしているところだった。


 リーナは躊躇なく近寄り声をかける。


「すみません。突然で申し訳ないのですが、旅の途中、一晩でよろしいので、こちらに泊めていただきませんか?」

「はあ?」


 一瞬にして怪訝な顔になる使用人。

 そして一言、


「ここはホテルなんかじゃないわよ」

「失礼しました。ではお庭の片隅でも構いませんので、休ませていただけないでしょうか?」


 すぐには引かず、食い下がるリーナ。

 そんな不審で懇願する女を、上から下へと全身くまなく穴が開くほど観察する使用人。

 可愛らしい若い女性。

 旅人……?とは到底思えない装い。

 かといって、物乞いとも盗人とも思えない、か弱い一人の乙女。

 手入れのいきとどいたブロンドの肩まで流れる髪。

 小奇麗にまとまった服装。

 携帯する武器や危険物など身に付けていない。

 そしてなによりも、少女には神からの御加護である守護精やスキルが見えない。

 どこを見ても、そのような形跡は見られなかった。


 使用人から見て、リーナには怪しい点は見受けられなかった。

 この街では見かけない顔。

 スキル無しの女が一人。

 この時間に宿を探すということは……

 きっとこの者はどこかの奴隷か労働力として売られる前に逃げ出したのか……


 そう考え、不憫に思った使用人は、

「そこでしばらくお待ちなさい。旦那様にお伺いしてきます」

 と言い残し、屋敷の中へと消えていった。


「おい! これはもしかすると!」

「今日こそ、フカフカのベッドで!」


 アダルとデルマは、バックパックの中でお互い顔を向けあい期待に胸を躍らす。


「二人ともちょっといいかな?」


 リーナはバックパックを開け、二匹に目配せをする。そして思い出したかのように、二匹はいつものように空へと舞い上がり、先に敷地内に入って屋根の上で待機する。

 荷物を改められそうになる時は、いつもこのようにして二匹は姿を隠すのだった。


「へー 上から見ると、かなり広い屋敷なんだな」

「すごーい! もしかしたら王子様とか住んでるのかも!」


 しばらくすると、使用人が再び戻ってきた。


「旦那様から許可を得ました。先ずは荷物を改めます」


 リーナからバックアップを受け取る。

 大きさの割には全く重くない。

 しかも中身のほとんど入っていない。

 本当に旅人なのかと思うくらいの軽装備。

 逆に同情を誘って、内部に侵入しようしているのかと疑いたくなるくらいであった。


「では、案内しますので、こちらへ」

「ありがとうございます。私、イデリーナと申します」


 深々とお辞儀をし感謝を表すリーナを置いて、使用人は屋敷の奥へと歩いて行く。

 その後を軽い足取りでついていくリーナ。


 使用人が向かった先は豪華な屋敷の中……

 ……ではなく、

 庭だった。


 そこは庭というよりは、広大な牧場というべき場所だった。

 そして目に入ってきたものは、外からでも確認できた奥行きの長い建物。


 物珍しそうに周囲を眺めるリーナが案内されたのは、まさしくこの建物の中だった。


「こちらの立派な建物は?」

厩舎きゅうしゃよ」


 中は薄暗く獣の匂いが漂っていた。


「厩舎ってなんだ?」

「馬の家のことよ」


 こっそり上空をついてきた二匹が囁く。


「ここでなら寝泊まりを許可いたします」

「ありがとうございます。厩舎の片隅でも構いませんので」


「イデリーナさんは何の目的でこの街へ?」

「私は旅をしていまして」


「目的は?」

「多くの人に幸せを!」


「目的地は?」

「特に!」


「この街にはどれほど滞在するつもりで?」

「しばらくの間です!」


 ハッキリしないリーナに、使用人は大きなため息をついて、こう提案する。


「それでしたら、しばらくここにでもいますか?」

「え? よろしいのですか?」


「ただし、仕事をしてもらいます」

「はい! 私でよければ何でも!」


「寝泊まりは、この厩舎の中で。最低限の食事は出します」

「はい!」


「それ以外の屋敷の中には足を踏み入れないように」

「はい!」


「むやみに屋敷の者や関係者には接しないこと。触れないこと」

「はい!」


 目を輝かせ、元気よく返事をするリーナを、使用人が再度確認すると、

「ランバート!」

 と、厩舎の中へ向かって人の名を呼んだ。


「はい! ただいま!」


 すぐさま返事とともに一人の男が、厩舎の奥から小走りでやって来た。


「どうなされましたか?」


 隣にたたずむ清楚なリーナの姿が、男の視界に入り困惑しながらも使用人に尋ねる。


「この子は、しばらくここで寝泊まりします。ちょうど人手が足りなかったのでしょ? いいように使ってあげなさい」

「え? あ、は、はい。かしこまりました」


 白髪交じりの頭にタオルを巻き付け、泥だらけの作業着姿の初老の男性は、使用人の言い放った言葉にさらに困惑しながらも、頭を下げる。


「私、イデリーナと申します。リーナと呼んでください」


 にならってリーナも頭を下げる。


「ランバート、では後のことは任せましたよ」


 使用人はそう言い残し、屋敷の中へと帰って行ってしまった。


 取り残された二人。


 突然のことに唖然とする男。

 しばらくの寝床と食事を確保できて、上機嫌のリーナ。


「はぁ~~ いきなり、こんなことを言われてもなぁ」


 頭を掻きながら、ため息とともに呟く男に、微笑んで返すリーナ。


「ランバートさん。よろしくお願いします。私、なんでもしますので! 何でもおっしゃってください!」


 もう一度リーナの姿を確認する。

 可愛らしいお嬢さんが、なぜこのような所に?

 そう思ったが、リーナがスキル無しの人間だと気づくと、何かをさっとった感じで、それ以上は深く考えないようにした。


「じゃあ、とりあえず、ここを案内するよ」

「はい」


 厩舎の奥へと歩いて行く男は、横に並んで歩くリーナに説明する。


「ここは、まあ、厩舎で、馬が住む家屋だ」


 数十頭はいるであろうか。

 細長い建物の中には横一列に手前から奥まで、様々な毛並みの馬たちが綱に繋がれ並んでいた。

 横一列に馬の顔が並んでいる光景は圧巻だった。

 それを興味深そうに眺めるリーナ。

 そのすごさに息をのむ。

 馬小屋の世話なら手伝ったことはあったがこんなにも大規模な、多数の馬を見たことはなかった。


「その……お嬢さん、ここで寝ることになるんだが、いいのか?」

「はい!」


「そうか……まぁ、今、ちょうど人手が足りなくてだな……」

「そうなのですか?」


「ところが一人病気で帰省して、一人は馬に蹴られて骨折して、もう一人は落馬して腰を痛めて……」

「それはそれは……」


「しかも一週間後、王国軍に10頭ほどこの馬を上納するんだよ。それで、その馬の手入れと世話をしてもらいたくてだね」

「はい」


「それで、馬の世話をしてもらいたくてだな……」

「はい。喜んで!」


 厩舎は草の匂いと獣の匂い、そして汚物の匂いで包まれていた。

 このような場所で、可愛らしいお嬢さんに仕事をさせ寝泊まりさせることに、男は心配し躊躇したが、大事な納期が迫っていたためリーナの手を借りることにしたのだった。


「今日はもう遅いから、休みなさい」

「はい。ありがとうございます」


「明日の早朝から仕事、頼むんで」

「はい、よろしくお願いします」


「じゃあ、俺は向こうの小屋にいるんで何かあったら呼んでくれ」

「はい」


 こうしてリーナは、厩舎の奥に蓄えられた干し草をベッド代わりに横たわるのだった。


 まもなくして屋敷から別の年老いた女性の使用人が、リーナへと食事を運んできてくれた。

 使用人が帰るのを見計らって、二匹の竜が舞い戻って来た。


「おいおい、大丈夫かよ、リーナ? こんなところで寝るのかよ」

「ええ。野営に比べたら風雨をしのげるから安心よ」


「こんなに家も庭も広いんだったら、部屋の一つくらい空いてるだろって? なんでリーナをこんなところに寝させんだよ!?」

「見ず知らずの人間が、突然訪ねてきたんですから、場所を貸してくださっただけでも感謝しないと」


「これじゃあ、家畜以下の扱いじゃねーかよ!」


 旅人へのぞんざいな扱いに、羽をバタつかせ怒りをあらわにするアダル。

 それに対して、しょんぼり首を下げるデルマ。


「フカフカの……ベッド……」

「デルマ、この干し草のベッド、寝心地良いわよ」


「それよりも飯! 飯は!」


 アダルが目を輝かせながら視線を向けるトレイの上には、パンが一切れ、ソーセージ二本、それと野菜が入った薄いスープ。


「……おい? これだけかよ?」

「二人とも、今日はご馳走ね」


「マジで言ってんの? 馬の方が、もっといいもん食ってるぜ」

「二人はソーセージね。私はパンをいただくわ」


「……リーナ様、これはリーナ様が食べてください。ワタシは馬の餌、食べます……」

「じゃあ俺は……馬を……食べるか?」


 明かりの無い馬小屋。

 獣の匂いと糞尿の臭い。

 ときおり奇声を上げる馬。


 そんな中でリーナたちは食事をとるのだった。


 そして夜もふけて……


「最悪だ……」

「草がチクチクする……」


 草のベッドには不服の二匹。


「そう? 宙に浮いてる感じで、とっても素敵よ」

「いいよな、どこででも寝れるやつは」


 こうして皆がウトウトし始めた頃……


 入り口が明るく照らされる


 誰か来たのかな?とリーナが目を細めて眺めていると……

 その灯りは小さなランプのもので、揺れながら入ってくる。


 使用人だろうか?


 リーナは身を起こし声をかける。


「どなたですか?」


 小さな明かりがビクッと揺れる。

 そして闇に溶けてしまいそうな小さな声で、

「ごめんなさい。起こしちゃった?」

 と、女の子の返事が返ってくる。


 そこには10歳ほどの幼い少女が、可愛らしい寝巻き姿で立っていたのだった。

 栗毛色の細くしなやかな髪が肩まで伸び、まるで人形のような可愛らしさ。


 その装いと身なりに、この子はお屋敷の主人のご令嬢に違いない。

 主人か使用人から旅人の件を耳にして、興味を抱いてやって来たのだろう。

 しかしむやみに厩舎に近寄るな、得体の知れない人間に近寄るなと言われているため、人目を忍んで夜更けにこっそり忍び込んだのだろう。


「いいえ。大丈夫よ、どうしたのかしら?」


 油断していた二匹の竜は、慌ててバックパックの中に隠れる。

 が、アダルは間に合わず、干し草の中に頭を突っ込み身を隠す。


「あの、よかったら、このご飯でも……」


 よく見ると少女の手にはバスケットが。

 中にはパンや果物が入っていた。


「夕食の残りだけど、よかったら……あれだけだと、足りないと思って」


「めし?!」

「静かに!」


 夕食の残りという言葉に反応するアダルに、デルマが叱る。


「まあ、ありがとう……えっと……」

「わたし、ハンナ」


「ハンナちゃん、私はリーナよ、ありがとう。でもどうしたの? こんな時間に?」

「あの、話を聞いてみたくって」


「話を?」

「リーナさん?は、どうして旅なんかしてるのかなって。どこから来て、誰と? 街の外ってどうなってるの? 危なくない? お姉ちゃんは、どうして……?」


 好奇心旺盛な女の子は、次から次へと浮かんできた疑問質問を整理しきれず、矢継ぎ早に口から放たれる。


「お話なら、たくさんしてあげるわよ」

「ホント!?」


「でも今日はもう遅いから、また明日、明るい時にいらっしゃい」

「明日?」


 リーナは優しく微笑みうなずく。


「うん! じゃあ、また明日来るね、約束だよ」

「ええ。おやすみなさい」

「おやすみなさい!」


 ハンナは元気よく挨拶すると、嬉しそうに小刻みに明かりを揺らしながら去って行った。


「あっぶね。寝込みを襲われるのかと思ったぜ!」

「なに爆睡してんのよ!」


「お前だって寝てたんだろ! なにがワタシはベッドじゃないと寝れない、だよ!」

「しょうがないでしょ! 疲れてんですから!」


「あの子……守護精が無いわ」

「「えっ?」」


 言い争う二匹は、リーナの一言で顔を見合わせる。


「卵も持っていなかったようだし……どうしたんだろう?」


 深刻そうに悩み込むリーナを尻目に、果物に首を伸ばすアダル。


「おいおい、また変なこと考えてるんじゃないだろーあ?」

「気にならない? どうしたんだろう……?

 あの歳で卵も守護精もないなんて……

 明日、聞いてみましょう!」


「またリーナのお節介が始まったよ。こうなったら、ろくなことが起きないんだからな」

「こうなったら止まらないから、お供するしかないわね」


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