第2話前編 箱入り娘の箱入り卵
樹木が緑の大海原となって広がる中、一人の旅人が彷徨い歩いていた。
くるぶしまでの丈のある灰色のコートをまとい、フードをすっぽりと被り、顔が隠れて分からない。
細身の体に低い身長から、子どもか女性であろうか。
どちらにしても、一人でこのような場所を歩くには不相応だった。
武器らしきものは携帯していない。
連れも、同伴も、護衛もいない。
そのかわり、その華奢な体に似つかない大きなバックパックを背負っていた。
後ろから見た姿は、さながら歩くクローゼットのようだった。
その旅人が街道をそれ、木々の中を徘徊する。
そして一本の大きな木の下までやって来ると、荷物を置き腰を下ろす。
「ふぅ~」
と、可愛らしい呼吸と共にフードを払うと、そこにはまだ幼さの残る乙女の顔が現れた。
肩まで流れるブロンドの髪。
透き通るような肌。
傷一つない整った顔。
到底、旅人とは思えない装い。
その旅人は、疲労が滲んだ顔で微笑みながら、ひとり呟く。
「ちょっと休憩~」
すると……
隣に立てかけたバックパックの中が、もぞもぞと奇妙に動き出す。
「あっ、ごめんね。もう出てきても大丈夫よ」
思い出したかのように旅人がそれを開けると、勢いよく中から何かが飛び出した。
それは、二匹のドラゴン。
ネコに羽の生えたほどの大きさのドラゴン。
ただでさえ見にかかることのないといわれる、珍しい生き物。しかも二匹も。
その一匹は見る角度によって青とも緑とも見れる色をし、刺々しくいきり立った体に眼光鋭い瞳をしていた。
もう一匹はオレンジがかった温かい赤色をし、流線型の体に大きく丸い目を輝かせていた。
「たまには新鮮な空気を吸わせろよな!」
青いドラゴンが人の言葉をしゃべり、旅人を怒鳴りつける。
「ごめんね。人通りが多くて。目立つのはあまり好きじゃなくて」
「人通りって……誰もいねーじゃねーかよ! どこだよここ!!」
周りを見て想像していた人で賑わう街並みと違い、自分たちが森の中にいることに気が付き、彼女に責め寄る。
「リーナ様……また、道に迷ったんですね」
今度は赤い竜が羽ばたきながら、呆れたようにつぶやく。
それに対しリーナ様と呼ばれた旅人は、首を傾げながら口を開く。
「迷ったつもりはないんだけど…… ちょっと道脇に綺麗な花が咲いてたから、つい……」
「迷ったんですね……道に……」
「リーナ! しっかりしてくれよ! これで何回目だよ!」
「でもこの前は、迷ったお陰で薬草をいっぱい取ることが出来たし」
と、リーナは得意げにバックアップを叩いて見せる。
「薬草食べても腹いっぱいになんねーんだよ!! あー腹減った! もう寝る!!」
「ごめんね、アダル」
「……」
アダルと呼ばれた青い竜は、ふてくされた様に草の上に寝転がって動かなくなる。
「次の街に着いたら、お肉いっぱい食べていいから」
「………………たどり着いたらの話だよな?」
「ワタシ、空から見てきます」
「ありがとう、デルマ」
デルマと呼ばれた赤い竜は、あっという間に上昇し、森の木々よりも高く舞い上がり、空から現状地を探り当てる。
太陽の位置から換算して、ここから東に向かえば街道に出て、あとは道なりに進めば一番近くの大きな街へと辿り着けそうだった。
デルマは戻ってくると、長い首で方向を示しながら報告する。
「リーナ様、ここから東に少し歩けば道がありますので、あとはその道なりに行けば1時間くらいで街に着けると思います」
「そう、ありがとう」
リーナはさっそく立ち上がりバックパックを背負うと、意気揚々と足を踏み出した。
「リーナ様! そっちは北です! 違います!」
◆◇◆◇◆◇
住民の視線は冷ややかだった。
なんとか明るいうちに、街までたどり着くことが出来たリーナ一行だったが、誰からも歓迎されることはなかった。
守衛も係員も担当者も素っ気ない態度で機械的に最低限のチェックをしたのみで、検問も受付も難なく済ませ、すんなりと街中へ入れた。
旅人という余所者だけでなく、スキル無しはどこへ行っても白い目で見られるのがこの世界の常識だった。
スキル無し、卵無しの者は周囲からの迫害の対象、忌み嫌われる存在だったのだ。
リーナにとっては、もう何度も受けてきた仕打ち。
今さら珍しいことではなかった。
これまでに立ち寄った街や国では、だいたい同じような対応をされてきたのだった。
そして今回訪れた街も、例外ではなかった。
大きな荷物に、体を覆うローブ。
そしてスキル無しという旅人に、周囲の通行人は偏見と軽蔑の眼差しを向け、意識して避けて通る。
そんな様子もお構いなく、リーナは街の中を散策するのだった。
とりあえず、今晩過ごせる場所を探さなくては……
比較的大きなこの街には、幸いにも宿と呼ばれる施設はいくつか存在していた。
しかしリーナが尋ねると、どこも無下に断られるのだった。
そしてこのホテルも……
「あの、一晩でよろしいのですが……」
「あ? ダメだな。今日は満室だ」
恰幅の良い中年男性の受付に、カウンター越しにあっさりと断られる。
「金はあるってのに……」
バックパックの中のアダルは不満をこぼす。
「リーナ様一人女性旅ってのが、不審なのかもね」
同じく身を潜ませていたデルマが答える。
「そうですか。ありがとうございました」
いやな顔一つ見せずに笑顔で挨拶すると、リーナは振り返り宿を出ようとした。
その時だった。
行き違いで二人の人間が慌てた様子で中へと入って来た。
高価な衣装と貴金属を見につけた若い男女。
何処かの高貴な家柄の者だろう。
若い男は受付に駆け寄ると、開口一番、
「部屋は開いてますか?」と尋ねた。
矢継ぎ早に若い女性が言う。
「私たち、馬車で旅行中、突然馬が倒れてしまって! それでなんとか一番近いこの街までやって来たのですが……」
「おお! それは災難でしたね。ちょうど一部屋空いておりましたので、どうぞご案内します!」
「なっ!!?」
アダルがその言葉を聞いて、中で暴れ始める。
「おいちょっと! どういうことだよ! 今、満室って言ったじゃないか!」
アダルの声は受付の男には届くことはなく、
「さあ、お疲れでしょう。お荷物お持ちしますので。ささっ、こちらです。幸いこの街には有名な馬主がおり、馬の調達なら……」
二人の客人を案内しに消えていってしまった。
「おい! おっさん!!」
「アダル、静かにして」
「だってよお!」
「きっと一人部屋は満室で、二人部屋は空いてたのよ」
「そんなことあるか!!」
デルマもたまらず言う。
「リーナ様は人が良すぎますよ。騙されたんですよ?」
「でも、私一人我慢することで、あの二人は泊まれたわけだし」
「こっちは一人と二匹なんだよ!!」
アダルの叫びも虚しく、リーナはまた宿探しに街中を歩くことになったのだった。
「どうすんだよ、見つからなかったら?」
「今日も野宿するしかないかしらね」
「ワタシ……たまにはフカフカのベッドで寝たい……です」
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