第十六章 従魔契約をしよう!

「従魔契約ですかぁ……それなら簡単にできますよぉ……さすがにライカントロープと従魔契約をするって例は、聞いたことないですけどぉ……」


 従魔契約の話を持ちかけた俺たちに、ソフィアはあっさりとそう答えた。

 やはりというか、彼女にとってそれくらいは造作もないことのようだった。


 あれから俺たちは村に戻って《水蝶》で軽く夕食を摂った。

 久々に食べる《水蝶》の女将さんの料理は本当に美味しくて、ソフィアの爆食を未然に防ぐためにかなり労力を割く必要があったほどだ。


 一緒に連れていたシエラの姿はその場にいた住民たちを少し驚かせたが、意外にも怯えたり忌避するような態度をとる者はいなかった。

 もともと《転生者》である俺を快く受け入れてくれるような穏やかで心優しいヒトばかりの村だから、最初からそこまで心配する必要もなかったのかもしれない。


 中にはシエラのために余った子ども用の衣類を分けてくれるヒトまでいたくらいだ。

 この村の住民の暖かさに、思わず涙してしまいそうだった。


 ともあれ、従魔契約である。

 理屈としては理解しているつもりだが、実際に目にするのは初めてだった。


「まずはぁ……こっちに盟主側の陣を書いてぇ……」


 のたのたと歩きながら、ソフィアが杖の先で床をトントンと叩く。

 すると、床の上に細い光の筋のようなものが伸びていき、不可思議な文様を描きながら円形の陣を形成していく。

 その陣が完成したのを見とどけると、次はまた少し離れたところまで歩いて行って同じように床を叩き、今度は少し模様の違う陣を作り出した。


「こっちは従属側の陣ですねぇ……」


 そう言いながら、ソフィアがラシェルとシエラを交互に見やる。


「ではぁ……この陣にそれぞれの血を垂らしてくださいぃ……」

「けっこう本格的ね……」


 ラシェルがごくりと喉を鳴らしながら、緊張した面持ちで呟く。

 こういった魔術的な儀式に本格的も何もないと思うのだが。


「うるっさいのよ」


 蹴られた。まあ、いつものことだが。


『こっちの陣に血を垂らせばいいのか?』


 シエラはどうやら俺たちの言葉自体は理解できているようで、従属側の陣まで四つん這いで歩いていくと、躊躇いもなく自分の腕に牙を立ててその上に血を滴らせた。


「ちょ! 早い早い!」


 シエラの行動の早さにラシェルが慌てて盟主側の陣の前まで駆け寄ると、ウーツ鋼の短剣を抜いてその切っ先を自分の親指に突き立てた。

 そして、ラシェルの血の雫が陣の上に落ちた瞬間、盟主側の陣と従属側の陣の両方が眩く輝きだし、同時に外縁の一端から光の筋が伸びる。

 それら光の筋が両陣の間で絡み合うように交錯すると、次の瞬間、閃光が室内を真っ白に染め上げた。


 光が収まったとき、床の上に描かれた陣は跡形もなく消えていた。


「無事、契約完了ですねぇ……うまくいってよかったですぅ……」


 ソフィアがぱちぱちと暢気に拍手している。


「何か変わった感じとかはあるのか?」


 俺が訊くと、ラシェルは親指の傷口をぺろりと舐めながら首を傾げた。


「うーん、別にわたしのほうは何も……シエラのほうはどうなの?」

「分からん。ワタシも別に変わった感じはしないな」

「ふーん、こういうもんなのかしら……」


 ラシェルがシエラの返答にごく自然に応じているが――。


「……って、あんた、共通語が喋れるようになってるじゃない!?」


 気づいたようだ。

 俺には言語の違いはよく分からないが、この二人の間で普通に会話が成立していることに違和感は覚えていた。


「そうなのか!? ワタシの言葉が通じるのか!?」

「従魔契約をすると、従魔は盟主と同じ言語を喋れるようになるんですよぉ……」


 解説しながら、ソフィアがシエラの腕の傷を回復法術で癒している。


「よかった! 不便だと思っていたんだ! ソフィア、ありがとう!」


 シエラは無邪気に喜んでいた。

 そんなシエラを微笑ましそうに眺めながら、ソフィアが続ける。


「それと、ある程度の経験や知識の共有も行われますぅ……本来、従魔契約というのは知性の低い魔物と行われることが大半なのでぇ……従魔側の知性が盟主側の知性と同じ水準まで引き上げられると考えてもらえば分かりやすいかもしれませんねぇ……」

「え、じゃあ、もしこれでシエラが少しでも賢くなってなかったとしたら、あたしの知性が足りないってことになるわけ?」

「まぁ……言葉を選ばずに言えばぁ……そういうことですかねぇ……?」


 何故かソフィアが俺を見ながら訊いてくる。

 身の危険を感じるので、話の矛先をこちらに向けるのはやめてほしい。


「あれ、なんだコレ……?」


 唐突に、シエラの視線がこちらを向いた。

 そして、じっと俺の顔を見つめたかと思うと、ほんのりと頬を紅潮させる。


「なんか、キョウスケのこと見てるとドキドキする……」

「盟主として命ずる! シエラ、これ以上キョウスケに近づくことを禁じる!」

「な、なんでだ!?」


 ラシェルがシエラを指さしながら叫び、その瞬間、指先から青白い光のようなものが飛び出したかと思うと、シエラの額に浮かび上がった文様上の痣に吸い込まれていった。

 痣はすぐにまた消えたが、どうやら従魔契約による盟約の紋か何かであるらしい。


「ソフィア! コレってどういうことよ!?」


 何故かラシェルも顔を真っ赤にしながら怒鳴る。


 どっちに対しての『コレ』だろうか。

 指先から変なビームが出たことに対するものなのか、あるいはシエラの様子がおかしいことに対してなのか。まあ、十中八九、後者についてだろうが。


「感情は経験によって培われるものですからぁ……経験の共有ということは、感情の共有ということでもあるんですぅ……でもまあ、普通はそこまで従魔が盟主の感情に引っ張られるということはないんですけどねぇ……」


 状況を分かっているのか分かっていないのか、ソフィアは丁寧に解説してくれた。


「なんなの!? じゃあ、コレもあたしのせいだっての!?」

「ワタシは確かにキョウスケには恩義を感じている! でも、さっきから何か変なんだ!」

「うるさいうるさい! とにかくキョウスケに近づくのは禁止だからね!」

「オウボウだ! ぜったいこの変な気持ちはマスターのせいだぞ!」


 何故かラシェルとシエラがとっくみ合いの喧嘩をはじめている。


 さて、どうしたものか。

 一人の男として見れば喜ぶべき光景なのかもしれないが、どうにも身の危険を感じる。


「そういえばぁ……コーチ、新しいスキルを覚えてましたねぇ……」


 そう言いながら、ラシェルとシエラのドッグファイトならぬキャットファイトを気にした様子もなく、ソフィアがのそのそとこちらに歩み寄ってくる。


 そういえばそうだった。

 色んなことが立て続けに起こったせいですっかり忘れていたが、あの死霊使いとの一戦で俺はまた新たなスキル――《ラットスプレッド》を修得したのだ。


「ちょっと気になることがあったのでぇ……詳細を見せてもらってもいいですかぁ……?」


 言われずとも、俺も確認しておこうと思っていたのだ。


 ステータスボードを開き、スキル欄を確認する。

 やはり、《トレーナー》スキルの中に新しいスキルが増えている。


 《ラットスプレッド(フロント&バック)》Lv.2

 前方広範囲に障壁を展開し、敵意のある攻撃を防ぐ。

 また、後方に控える仲間の戦意を高揚させ、能力を向上させる。


「なるほどぉ……」


 何か得心がいったのか、ソフィアがうんうんと頷いていた。


「実はあのとき、あんまり眩しすぎると迷惑かなぁと思って手加減したつもりだったんですけどぉ……思ったより凄い威力になっちゃって、おかしいなぁと思ってたんですぅ……」


 あのとき――というのは、スケルトンの軍勢を一掃したときのことだろうか。

 確かに、あのときのソフィアは妙に慌てた様子だった。

 というか、あの大軍を手加減した上で一掃するつもりだったのか。まったく恐れ入る。


「すっきりしたら眠くなってきましたぁ……わたしはもう寝ますぅ……」


 疑問が解決して満足したのか、ソフィアはそのままくるりと振り返ってベッドのほうまで歩いていくと、遠慮なくマットに身を投げてそのままぐーすか寝息を立てはじめた。


 なんと自由な生きかたであることか。

 きっとこのような自由すぎるスタイルが今の彼女の体型を作ったに違いない。

 その生きかた自体を否定するつもりはないが、彼女が今の自分からの脱却を目指している以上、俺が指導者として正しい道筋を示してあげる必要はあるだろう。


 ラシェルとシエラのとっくみ合いはまだ続いている。

 ベッドの残りは一つだ。

 こっそりこのままベッドの入ってしまうのも手だが、それはそれであとが怖くはある。


 はてさて、どうしたものか……。

 椅子に座りながら二人の諍いを眺めているうちに、どんどん夜は更けていった。

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