第六章 スキルについてお勉強しよう

 これはトレーニングだ、と自分に言い聞かせながら俺は歩いていた。

 おそらく重量にして200kgはあるだろう巨体エルフを背負って。

 とはいえ、さすがに一人でどうこうなるレベルではなかったので、後ろからラシェルに支えてもらっている。


「……このあたりで一旦休むか」


 大通り同士が交差する広場のようなところまでたどり着くと、俺は巨体エルフを近くのベンチに降ろして一息ついた。

 木製のベンチがミシミシと音を立てた気もするが、サイズ的に大人が三人腰かけても大丈夫な設計にはなっているだろうから、たぶん耐えられるだろう。


 あれから俺たちは女将に店を追い出され、再び別の宿を探すことになった。

 巨体エルフを担いで通りを歩く人々からはかなり好奇の目で見られることとなったが、お店の損害を弁償しなくて済んだことを考えればこれくらいは大した問題ではない。


 巨体エルフは相変わらず気持ちよさそうに寝ている。

 ラシェルの《スリープナイフ》の効き目は抜群のようだ。


「つーか、なんでけっきょくこいつを連れてきてんのよ」


 ラシェルはずっと不満そうな顔をしている。


「キンニクのサイノーだか何だか知らないけど、こんなやつ別においてきたってバチは当たらなかったでしょ」

「そうは言うが、あのような騒動になった一旦は俺たちにもある。捨て置くのはさすがに無責任だろう」

「そもそもあんたがこいつのこと男扱いするのが悪いのよ」


 確かに、それが一番の発端ではあったが、口に出さなかっただけでラシェルだって同様に思っていたことだと思う。

 俺だけに責任を押しつけるのはズルい。


「……まあいいわ。それよりあたし、さっきから気になってたことがあるのよ」


 俺が半眼で見ていることに気づいたらしい。

 ラシェルが急に話題を変え、こちらの鼻先に指を突きつけてきた。


「ステータスボードを出して」


 いきなりどうしたと言うのだろう。

 まあ、別に出し惜しむものでもないので、俺は自分のステータスボードを表示する。

 

 ステータスボードは本人しか任意に表示できないが、以前にアリオスがやったように空間上に表示さえしてしまえば誰にでも見ることができる。

 また、世の中には他人のステータスボードを勝手に盗み見ることができるスキルや魔道具があるらしい。


「スキル欄を見せて」


 言われるままに、俺はステータスボードの表示を切り替えてスキル欄と呼ばれる所持スキルの一覧が表記されたページを表示した。


「……やっぱり! これ見て!」


 ラシェルがスキル欄の一箇所を指差して声を上げた。


 ——なんだこれは?


 加護スキル《トレーナー》の下に、いつの間にか新たなスキルが追加されていた。


 《アブドミナル・アンド・サイ》LV.1

 鍛え上げられた腹筋で相手を魅了し、一時的に行動不能にする。

 体脂肪率が低いほど効果が高くなる。


「あの技、やっぱりスキルだったのよ! それも《トレーナー》スキルの一部だったのね! どうりでヘンテコな技なわけだわ」

「どういうことだ?」


 正直なところ、俺には訳が分からなかった。


 もちろん、この世界にスキルという概念があることは理解している。


 例えば剣術スキルや防御スキルといったものは、それらの扱いであったり技術であったりの精度に関係するものだ。

 パッシブスキルと呼ばれたりもする。

 要はその者の得意不得意や適性を表すスキルである。


 他にも《シールドチャージ》や《スリープナイフ》のように実際の動作を伴う技法としてのスキルもある。

 これらはいわゆる必殺技的な扱いに該当するだろう。

 アクティブスキルとも呼ばれるこれらは、使用することで体が自然と最適な動きをとってくれるのだ。


 だが、まさか《アブドミナル・アンド・サイ》がスキルになっているとは――。

 まして、加護スキルである《トレーナー》と《アブドミナル・アンド・サイ》に何の関連性があるということだろう。

 確かにステータスボードでの表記は同じ欄に記載されている。

 《トレーナー》スキルが大きな枠組みとなり、その中に《アブドミナル・アンド・サイ》が内包されているような形だ。


「そっか。あんた、スキルの仕組みをまだちゃんと理解できてないのね」


 ラシェルがポンと手を打ちながら言った。

 そして、今度は彼女自身のステータスボードを表示させる。


「これを見て。わたしのスキル。《狩人》ってスキルがあるの、分かるでしょ?」


 そう言われて見てみると、確かにラシェルのスキル欄には大きな枠組みとして《狩人》というスキルがある。

 そして、さらにその下に《弓手》スキルと《盗賊》スキルがあり、さらにそれらの下にまた別のスキル――例えば弓術や斥候といったパッシブスキルや《スリープナイフ》といったアクティブスキルがならんでいる。


「《狩人》スキルは、いわゆるマスタースキルと呼ばれるものなの。ジョブスキルと言ったほうが分かりやすいかもね。狩人って名前だけ聞くと下級職っぽいけど、実際は弓手と盗賊の複合職だから、こういった配列になってるわけ」


 なるほど。つまり、よくあるMMORPGのスキルシステムに似たような感じだろうか。

 俺も元いた世界では筋トレの合間にゲームを嗜んでいたから、何となく理解はできる。

 大枠としてマスタースキルというものがあり、俺たちが実際に使っているスキルはその中に内包されたものという扱いになっているのだろう。


「マスタースキルそのものの効果は別に大したものではないわ。例えば《狩人》の場合は弓と短剣の扱いが得意になるとか、《弓手》と《盗賊》のスキルを同時に使うことができるとかって感じ。装備適正や能力補正がメインね。あくまで大事なのはその下のパッシブスキルやアクティブスキルってわけ」

「俺でいうところの《戦士》スキルと《シールドチャージ》のようなものか」

「そういうこと。もちろん、同じマスタースキルでもスキルの取得の仕方によってある程度の差別化はされていくわ。例えば同じ戦士でも戦闘に特化した戦士もいればあんたみたいに盾役をメインにしていく戦士もいるみたいにね」


 確かに、数ある職の中でも戦士は二分化されやすい傾向にある。


 ちなみにスキルの習得は任意で行えるわけではない。

 説明すると難しいのだが、あるとき急に天啓のようなものが下りてきて、身体が勝手にそのスキルに応じた動きをするといったイメージだ。


 だが、《アブドミナル・アンド・サイ》はむしろ馴染みのあるポージングである。

 これがスキルとなっているというのは、やはり少し不思議な感じだった。


「で、ここからが話の本題なんだけど……」


 ラシェルが神妙な顔つきで話を続ける。


「あんたの《トレーナー》スキル、どうもマスタースキルっぽいのよね。普通、マスタースキルってのはジョブごとに固定だし、そもそも《トレーナー》スキルにはこれまで下位スキルがなかったから全然気づかなかったけど、この表示を見る感じだと、わたしの《狩人》スキルやあんたの《戦士》スキルと同じ扱いっぽいのよ」


 ふむ。よく分からん。


「つまり、《トレーナー》スキルにはまだ他にも隠されたスキルがあるかもしれないってこと。たとえば《戦士》や《狩人》は先駆者がたくさんいるから、ある程度はどういったスキルを修得できるか傾向が読めるけど、《トレーナー》スキルなんてたぶんあんたしか持ってないから、これからどういうスキルを修得できるかまったく分からないのよ」

「それはつまり、《トレーナー》スキルにはまだ伸びしろがあるということか?」

「分かんないけどね。これから覚えていくスキル次第じゃない?」


 ふーむ、これから覚えていくスキル――か。


 何となく傾向は掴める気がするが、どのような効果を持つかはまったく分からない。

 ボディビルには八種の規定ポーズがあるから、少なくともあと七種はスキルを修得できることだろう。

 だが、そのどれもが基本的には筋肉の各部位を美しく雄々しく魅せるためのものだ。

 場合によっては、すべてのポージングがまったく同じ効果のスキルである可能性もある。

 はたして、伸びしろなんてあるのだろうか。


 ――いや、待て。そんなことはどうでもいいではないか。


 俺は邪念を払うように首を振った。

 余計なことは考えるな。もう俺は冒険者ではないのだから。


「うーん……早くおかわりを持ってくるのですぅ……」


 と、その時、もぞもぞとベンチの上で巨体エルフが動き出した。

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