第一章 転生先で勇者パーティを追放されたわけだが

「今までよくやってくれたけど、ここから先は君の力じゃ無理だよ」


 嫌味なほど明るい笑顔をこちらに向けて、アリオスが言った。

 金髪碧眼の、いかにも美丈夫といった風情の男だ。

 聖剣プライムフィットに選ばれた若き剣聖で、魔王討伐に最も近い男とされている。


 アリオスのその言葉は、城塞都市ノースワーパウスの冒険者ギルドの一角、今まさに明日からの作戦を話合おうという場で放たれた言葉だった。


 俺からすれば寝耳に水もいいところだ。

 だが、テーブルを囲うパーティメンバーは押し黙ったまま口を開かない。


「どういうことだ?」

「そのまんまの意味だよ」


 疑問を呈する俺に、アリオスは笑顔のまま続ける。


「いつか言おうと思ってたんだけど、足手まといなんだよね。最初こそ君のスキルには助けられたけど、もう今の僕らには必要ないし、それに、今の君の盾役タンクとしての能力だとロナンの負担が大きすぎるんだ」


 アリオスが、押し黙るロナンに目を向ける。

 ホビット族で人間に比べて小柄な彼は、子ども用の少し背の高い椅子に座ったまま、沈痛な面持ちでテーブルに視線を落としている。


「私も、本当はこんなことは言いたくないんですが……」


 ロナンが、重たげに口を開いた。


「あなたが盾役として敵の攻撃を引きつけてくれていることで、助かっている面は確かにあります。ただ、あなたの防御技能では、もう私の法術でもダメージを抑えきれません」

「それは……」


 確かに、ここ最近はかなりダメージを負うことが増えていた。

 魔王の領地である北の大地に近づくにつれて魔物も格段に強くなってきている。

 《トレーナー》スキルによる成長促進の効果は俺自身には効果がないらしく、能力的に成長が遅れている俺では完全に敵の攻撃をいなすことができないのだ。


 だが、そこまでロナンの負担が増えていたとは知らなかった。その点については、俺にも責任の一端がある。


「でも、キョウスケの《トレーナー》スキルには強化付与もあるわ。これなしで、この先やっていける?」


 そう口を挟んできたのは、ラシェルだった。

 エルフの血を引く彼女は肌の色こそ俺たちと変わらないが、耳の先が少し尖っている。

 亜麻色の髪をいつもポニーテールにしていて、それが彼女のトレードマークだった。


「それなんだけどさ」


 アリオスが、やれやれといった様子で肩をすくめる。


「確かに昔は役に立ったよ。僕らも初心者だったわけだからね」


 言いながら、アリオスが指先をパチンとはじいた。

 次の瞬間、アリオスの目の前で空間が歪み、数字と文字のならんだ半透明の板のようなものが浮かび上がる。


 いわゆるステータスボードというものだ。

 この世界では、こうやって自分たちの能力を数値化して目にすることができる。


 アリオスのステータスボードには、各ステータスの横に(+10)と表記されていた。


「僕らがまだ未熟だったとき、確かにこの恩恵は大きかったよ。そもそも基礎ステータスが低かったからね」


 俺は何も言えずに黙っていた。


 わざわざアリオスに言われずとも分かっていたのだ。

 かつて俺たちが出会ったばかりのころ、例えばアリオスのSTRは10程度だった。

 そこに+10という加算があれば、実質二倍の強化である。


 だが、今のアリオスのSTRは98だ。

 +10されたところで、一割程度の補強にしかなっていない。


 成長促進の恩恵もあって、俺たちの基礎ステータスはこの一年でかなり成長した。

 とくに剣聖の資質を持つアリオスの成長は著しく、物理系のステータスはほとんどすべてが人間の才能限界といわれる100に近い値になっている。

 もはや《トレーナー》スキルの強化付与では大した底上げにならないのだ。


 一般的な強化付与術は基礎ステータスに対して割合で強化をかける。

 ゆえに、基礎ステータスが低いうちは恩恵を体感しづらいというデメリットがあった。

 だからこそ、固定値で強化する俺の《トレーナー》スキルは初心者のときこそ役立っていたのだ。


 だが、今はもう無用の長物と言ってもいい。

 というより、わりと早い段階で無駄スキルになっていた。

 そして、限界近くまで成長しきった今の段階では、もう一つの要素である成長促進も必要なくなってしまったということなのだろう。


「盾役がいないと不安な気持ちは分かるよ、ラシェル。でも、大丈夫」


 ラシェルに笑顔を向けながら、アリオスがギルドの奥に向けて手を振った。

 見やると、奥のほうからこちらに向かって歩いてくる女性の姿が目に入った。


 蛇のような細長い瞳孔と、額や首筋の一部が鱗状になっている特殊な皮膚――どうやらドラグナーのようだ。鱗の色が赤いところから察するに、赤龍系だろう。

 ドラグナーは始祖とする龍の系統によって得意分野が異なるらしいが、赤龍系はドラグナーの中でも強靭な肉体を持つことで有名で、戦士系の職に就く者も多いという。


「この街は魔王討伐の最前線だからね。優秀な戦士がわんさといたよ。キョウスケ、悪いけど君の代わりはもう見つかってるんだ」


「あんたが追放されるって戦士かい。《転生者》だって聞いてたけど、冴えない男だね」


 ドラグナーの女性は俺を一瞥するなり馬鹿にするように鼻を鳴らした。


 《転生者》というのはこの世界では何か特別な意味を持つらしいが、詳しいことは俺には分からない。

 少なくとも、この一年の間に俺は自分以外の《転生者》と出会ったことはなかった。


「まあ、これからよろしく頼むよ。前いたパーティはこの先の冒険で全滅しちまってさ。仇をとってやりたいんだ。あたしも全力で行くから、あんたたちも力を貸してほしい」


 女性は俺のほうは見ずに、アリオスたちパーティメンバーに向けて頭を下げる。

 いくらか礼節を感じるあたり、根は悪い人物ではないのだろうが――。


「歓迎するよ! さあ、それじゃさっそく作戦会議をはじめよう!」


 アリオスが、もう俺の存在など忘れたかのようにドラグナーの女性を迎え入れる。


 俺は思わず何かを言おうとして――しかし、そのまま口をつぐんだ。


 ロナンは一瞬だけ罰が悪そうにこちらに視線を向けたが、そのままアリオスのほうへ顔を向けると、もうこちらを振り向くことはなかった。


 ラシェルも同様だった。

 しばらく何か言いたそうにこちらを見ていたが、やがて視線を落とし、アリオスの話を聞いているのか聞いていないのかは分からないが、じっと俯いたまま押し黙っている。


 イルヴァに関しては、最初から俺など眼中にないようだった。


 もう、ここに俺の居場所はないんだな……。


 一年間、色々あったが、少なくとも楽しい時間ではあったと思う。

 それが、こんな形であっさりと終わりを迎えることになるとは思ってもみなかった。


『その力で世界を混沌から救うのです』


 転生する前、何者かがそう言っていたが、残念ながらそれは俺の役目ではなさそうだ。


 一人、冒険者ギルドをあとにしながら、俺は途方に暮れていた。


 これからいったいどうしよう……。

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