第3話

 茫然と立ち尽くす私をよそに、三人が家に入ってくる。


「寒かったねー。みっちゃんたらなかなか開けてくれんのじゃもん」


「さむかったねぇ」


「みっちゃん、火鉢もつけてよ」


三人が炬燵に入って、こちらをニコニコしながら見ている。


 キヨちゃんは私の小学校1年生の時の親友、テルちゃんは3歳の弟、ヨシ兄ちゃんは10歳の兄だった。


「みっちゃん、お腹すいたー。何か食べるものはないん?」


道子は何が起こっているのか、訳がわからないまま、


「な、なんで……?」


「いいのいいの、何でもいいから、ご飯一緒に食べようよ!」


 道子は自分の頭がおかしくなったのか、夢でも見ているのか、確認しようもなく、頭を切り替え、この状況を受け入れることに決めた。


 今日の夕食は、クリスマスに帰ってくる娘と孫が好きだというクリームシチューを練習がてら作っていた。シチューを小さなお皿に四つよそって、炬燵台に持って行く。


「これはなぁに?」


三人が目をキラキラとさせながら、初めて見るシチューをまじまじと見つめる。


「これは、シチューといってね、お野菜を煮て、小麦粉やバターや牛乳で作ったホワイトソースを加えた、とろみのあるスープよ。体が温まるから、食べてみて」


「へぇ、こんなハイカラなもん、食べたことないな」


「しろくて、きれいだねぇー」


「早く食べようよ! いただきます」


「どうかしら……?」


「うん、不思議な味だけど、とっても美味しい!」


「そう、良かった! ……あ、テルちゃん、こぼしそう!」


 テルちゃんの横に移動し、フーフーして口に入れてやると、ニコニコしながら、また次の一口を大きな口を開けて待っている。シチューは、あっという間になくなった。


「ねぇね、あそんでぇ」 


食べ終わったテルちゃんが可愛く甘えてくる。


 今年の正月に孫が置いて帰ったすごろくゲームがあったことを思い出し、押し入れから出す。テルちゃんも、キヨちゃんも、ヨシ兄ちゃんも、無邪気にすごろくを楽しんだ。道子が三人の笑っている顔を見つめていると、キヨちゃんが驚いた顔でこう言った。


「みっちゃん、なんで泣いとるん?」


道子は言われて初めて頬に涙が伝っていることに気付いた。


「あぁ……、キヨちゃん、テルちゃん、ヨシ兄ちゃん……。ぴかどん怖かったよねぇ。痛かったよねぇ。熱かったよねぇ。私だけ生き残ってごめんねぇ……」


道子は涙をはらはらと落としながら、何度も謝罪した。



 道子は、原子爆弾が投下された日、奇跡的に生き延びた一人だった。そして、親も兄弟も親友も、ぴかどんに奪われたのだ。あの日から今日まで、自分だけが生き残ったことが辛く、亡くなった家族や親友に申し訳ない気持ちが一杯で、この地を離れることなく、毎日懺悔の気持ちで、お地蔵さまと墓石を参拝していたのだ。


「なに言うとるん。みっちゃんが生き残ってくれて嬉しいに決まっとるやろ」


「ねぇね、だいすきぃ」


「ずっと僕たちを忘れず、毎日お参りしてくれて、ありがとう」


『あぁ、なんて温かい。ふわふわしたいい気持ち』三人の声が心地良く木霊する。



 いつの間にか、道子も子どもの姿になって、原っぱで鬼ごっこをして遊んでいた。


「みんな、帰って来たんだね。これからは一緒に居られるんだね」



 でも道子が鬼なのに、三人が一向に捕まらない。


「みっちゃんは、まだだよ!」


「ねぇね、またねぇ」


「もう少し頑張って! 僕たち待ってるからね」


「どうして? いやだ、私も一緒に行く……」

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