番外編 カルゾル・グランダルの追憶③
ジェノイーダは叩きつけたられた拍子に皺の寄った遺言状を見つめ、話を続ける。
「使者に手を出したのは、私ではなくアルチェだ。……あの子が殺した。もちろん自分で手を下した訳ではなく、そうなるように仕向けた、が正確なところだが……はっきり意図してそう仕組んでいた以上、その言い方で間違いなかろう」
告げられた事実に絶句した後、カルゾルはようやく言葉を絞り出した。
「……いつの間に……」
「使者たちが密かに一策講じていたらしいな。それに気づいたアルチェが、奴らの策を利用する形で先手を打ったようだ。……仮に崖崩れ自体を不審に思って馬車を調べられたとしても、自分たちが用意したもので事故が起こったとしか思えないようにちゃんとしておいた、とあの子は言っていた」
カルゾルとて、自分たちが役職を
———だがそれにしても……いくらなんでも、早すぎやしないか……
そう思うと同時に、あの小柄な少女のことがひどく心配になった。
「……陛下たちを守るためとはいえ、そのようなことに手を染めたのだ。……あの子は落ち込んでいるんじゃないのか」
「……」
長い、それは長い沈黙。
「……お前に隠し立てでも仕方あるまいな。儂が問い詰めた時、アルチェは……皆を守れるのだから『これでいいよね』と、満面の笑みで笑っておった」
「……それ、は」
カルゾルは再び絶句する。
「このままいくと、アルチェにとってまずいことになるかもしれないとはわかるが……儂には具体的にどうしてやったらいいのかがわからんのだ、カルゾル。どんなに
「……」
「あの子は儂と同じように……道を大きく誤るかもしれん。儂はどん底に落ちて立てなくなった時に、運良く手を差し伸べてくれる者たちが現れたが……あの子もそうだとは限らんだろう」
日頃まず揺らぎを見せることのない男の切実な迷いに、カルゾルは〝ああ、こいつも人間らしいところを見せてくれる時があるのだな〟とどこかで感慨深く思った。
「お前が言う、道を大きく誤るというのは……昔、王太子殿下がお前を拾ってきた時に……その、お前はかなりひどい有様をしていたが……それが関係しているのか?」
「……そうだ。お前もどこかで耳にしたことがあるのではないか? 儂はもともと、裏で〝国崩し〟と呼ばれるものだ。本来、国を守ろうとする者たちにとっては、まるで死神のような存在でな」
それは城に仕える一部の人間たちの間でのみ囁かれる噂ではあったが、こうして本人の口からはっきり肯定されたのは初めてだ。
「……恐らくこういうことは、歴代の国造りや国崩しについて回ることなのかもしれないと……今になってみると思う」
ジェノイーダは遺言状に視線を落として、ぽつりぽつりと続ける。
「もとより刻まれた役目や特性、置かれる環境……そして施される教育によって、我々は先に強い〝力〟が完成することが多いのでな」
「……そのお前の力に支えられている我らとしては、なんとも言えんがな」
カルゾルの呟きに、彼は小さく首を振った。
「もちろん力の発揮は生きる上で大切なことだ。それ自体が悪いわけではない。だが、力や才能は
「……己の内で、その強力な力を支えて方向性を示すものが必要だということか?」
ジェノイーダは頷く。
「我々印持ちは、生まれ落ちた時より他によって定義され、それに疑問を持たないことが多い。あるいは持てば、それは所属からの逸脱を意味するために、薄々感じながらも目を逸らしている者もいるだろう」
彼は白い髪に残る橙のひと房を指先で
「力を導くものを自分自身で捉えきれないうちに、力ばかりが圧倒的に大きくなって……儂は己の本意からかけ離れた、とんでもないことをやらかしてしまった……しかも愚かにも、そうなってからようやくそのことに気づいたのだ。この後悔を……できればアルチェには味わわないか、少しでも軽くすんでほしい」
「だからこの遺言状か」
持たせないことによって身ひとつで飛び込ませ、人と関わらざるを得なくする。金も物も、あるいは心も、人と人の間を流れていくものだから。
「……だが、このようにして送り出したところで、そうなるかは儂にもわからん。かえってひどいことになる可能性もある。……それでも、人と実際に関わって揺さぶられなければ、きっとわからない。……儂がそうだったように」
しばらく部屋に沈黙が満ちた。
「……譲れぬわけはわかった。全てに納得がいったわけではないが、遺言書はお前の望み通りこれで通そう」
カルゾルは腹に力を込める。
「だがな、ジェノイーダ! お前がそんなでどうするのだ!」
何を怒られているのかわからなかったらしいジェノイーダは、目をぱちくりさせる。
「信じてやれ! お前の孫娘だろうが! たとえなにかの壁にぶち当たって転んだとしても、しぶとく乗り越えて必ずその先で笑って生きていくと、お前こそが信じずにどうするのというのだ!!」
「……」
目を丸くしたジェノイーダは、それから微かに笑ったようだった。
「……ああ、そうだな」
こうしてカルゾルは条項を変更しないまま受け取り直し、遺言状は金庫の中で執行を待つことになる。
そしてこの八年後、その時はやってきたのだ。
遍歴少女アルチェのはからい 吉楽滔々 @kankansai
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