番外編 カルゾル・グランダルの追憶②

 ノックに答える〝どうぞ〟のが聞こえた瞬間に、カルゾルは勢いよく部屋に入った。


「どういうつもりなのだ。これは」


 宰相の執務室に、カルゾルの不機嫌な声が響き渡る。


「お前は昔も今もよくわからん奴だが、それでも孫娘にはせめてもの情があると思っておったのに……アルチェを殺す気か?」


 執務机にバンと叩きつけたのは、カルゾルが己の執務室を留守にしている時にジェノイーダが副官に預けていった遺言状だ。


 自分になにかあった時には遺言執行人を頼みたい、という話は以前されていたため承知してはいたが、まさか内容がだとは聞いていない。


「人聞きが悪いな。これこそが儂なりの情けだというのに」


 詰め寄ったカルゾルの怒りを意に介することもなく、ジェノイーダはそう笑った。


 初めて会った時は黒かった彼の髪は、今や白髪へと変わっている。ただ、その目と同じ光沢のあるだいだいのひと房だけは、不思議と色を失うことはなく鮮やかなままだった。


「……直前までなにも知らせず、金も水も食料も持たせず、着のみ着のままで国外へ追いやることがか」

「そうだ」


 憎たらしいほどに、返答は揺らがない。


「……なぁ、カルゾル。先だっての使者の件だが……どう思う?」


 急に話が変わった。ジェノイーダは突然話を切り替えることがよくあったが、大抵の場合は誤魔化しているわけではなく、その後の流れにつながっていく。それがわかるくらいには、二人は長い付き合いになっていた。


「……エラルディアのか? まぁお前の過激なやり方に賛同するわけでは決してないが……あれは儂でもどうにかしなければならんと思うくらいに、危機は感じたからな。内部のごたごたの矛先を、リヴァルトうちにまで向けるのはやめてもらいたいところだ……まぁ送り込まれた使者たちも、ある意味で被害者ではあったのだろうが……」


 カルゾルがふと顔を上げると、ジェノイーダの表情がひどく暗くかげっているように見えて、思わず言葉を止める。


「……ジェノイーダ?」


 そのあまりにも見慣れぬものに、身の内が不穏にざわめいた。


「……一応聞くが……あれはお前がやったのだろう?……そうでなければ……奴らの内輪揉めの結果か……?」


 ジェノイーダは答えない。いや、答えるのをのか——————ものの数秒の沈黙が、妙に長く思える。


「……そうだと言えれば、よかったのだがな」


 ようやく吐き出された呟きと、その苦悩が滲む表情に、カルゾルはひとつだけ思い当たるものに気づいた。だが可能性として思い浮かんでも、理性がどうしても首を振る。


「……まさか……だが……あの子は……あの子はまだだぞ!? まさか、そんなことが……」


 カルゾルの狼狽ろうばいに、ジェノイーダはため息をついて小さく頷いた。


「……そのまさかだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る