二十二話 消えた日誌
———これじゃない……これも違う……
リフィーリアは今、大きな執務机に隙間なく積み上がった書類や記録簿の山の前で途方に暮れていた。
———残りは一体どこに……
焦りを感じながら部屋の中を見回したが、棚や引き出しに残されていたものを片端から引っ張り出し、念のため叔父が使っていた私室まで確認しにいったのだから、これ以上心当たりがある場所などなかった。
探しているのは、ディフィゾイの執務日誌の終わりの部分だ。
手元で確認できる最後の日付は、その死のひと月ほど前のものになっている。日々あれだけ丹念に記録をつけていた人間が、突然なにも書かなくなったとは考えにくかった。
グラムスに確認した限りでは、叔父は体調不良ではあったが寝込むほどではなく、執務は亡くなるその日まで普段通りにこなしていたという。
———……となると、やはり……誰かに持ち去られたのか……
一体いつから日誌が行方知れずになっていたのかは、定かではない。ただ、そうなった理由が、〝人目に触れさせたくないなにかが記されていたから〟だとしたら、すでに処分されてしまっている可能性もあった。
焦燥感でじりじりしているリフィーリアの脳裏に、昨夜の出来事が蘇る。
『領主様、お願いがございます。わたくしはこの地でたびたび起こる、理不尽な死の可能性を取り去りたいと考えております。危急であるのは先代様のご家族ですが、いずれは貴方様ご自身にも関わることです。いまだ証拠と呼べるものは多くはなく、予測の域をでない不確実さがあり、土地の者ではないわたくしのような部外者が踏み込むべきではないかもしれないことも承知の上で、どうかお聞き届けいただきたいのです』
まるで臣下が王に忠言を伝えるように頭を下げたアルチェが、リフィーリアに領主としての決断を求めてきたのだ。
夕刻話した時には確かに迷いが見えた彼女は、ただ真っ直ぐにリフィーリアを見つめていた。その目からなにかの覚悟を決めたことが伝わってきて、とるもとりあえず承諾したのだ。
そうして深夜、嘆願されたことに同行して気づいた。アルチェの行動から導き出されることの意味と、その可能性に。彼女がどうしてあのような結論に至ったのかは、リフィーリアにはまだわからない。
なぜなら怖気づいて、聞かなかったからだ。もちろんその場に見知らぬ男がいた、ということもある。だが、そんなものは言い訳に過ぎないことは、自分自身がよくわかっていた。
今こうして情報源になりそうな日誌を探しながらも、確かめたいという気持ちと、確かめて事態が決定的になることへの恐れがせめぎ合っている。知りたいという思いと、知りたくないという思いの
———あのような少女が覚悟を決めているというのに……鍛え上げた特等騎士としての
歯痒くなって思わず己を
「……そうだ、日記」
リフィーリアは剥ぎ取るような勢いで絨毯を
几帳面なところのある叔父だから、恐らく最初は時系列順に並んでいたのだろうと思う。しかしアルチェと一緒に確認して戻した時に、適当な順に重ね変えてしまっていた。
とりあえずいつ書かれたものか日付を確認しようと開いた一冊は、彼が爵位に就くずっと前のものだ。まだ父テルフィゾイが爵位を継承したばかりの頃。日誌と同じ端正な文字が日々のことをつらつらと語っていたが、目を引いたのは〝あれだけ長年一緒に練ってきた領地計画を、「現実的ではなかったのだ」というひと言で片付けられてしまった〟という悲しげな一文だった。
———お父様も元々は、叔父様のように色々取り入れるつもりだったのか……?
読み進めていくと、その後も叔父は度々、兄が心変わりしたことに
魅入られるように文を追い、そして次の一冊を読み始めてすぐに、リフィーリアは衝撃的なものを目にして手を止める。
———お父様が……私を領地から出すように言った……?
病床にあった父テルフィゾイと、〝先祖代々の取り決めを無視してでも爵位を求める腹づもりがあるのなら、その時はリフィーを必ず領内から出す〟という約束をした、という記述があったのだ。
———継承順位的に私が邪魔だからじゃなくて、お父様との約束だったから追い出した……?でも……でも、お父様はなぜそんなことを……もしかして領地経営への心変わりとも、何か関係が……?
そしてリフィーリアがエブローテを出た後は、領地のことに混ざって、時折リフィーリアの情報が記されるようになった。配置変更や功績などの割と細々したことまで書かれているところをみると、どうやら騎士団内のことを見聞きできる人間に頼んで、情報を得ていたらしい。リフィーリアが無事に暮らせているかどうかを、彼がずっと気にかけていたことが文の端々から伝わってきた。
「……」
いよいよ日記は終盤に差し掛かっていく。彼は亡くなった娘のことを悲しみ、病身にある妻や息子の心配をしていた。そして周りに不安を抱かせまいと隠してはいたが、自分自身も相当に体調が悪くなっていたようだ。
そんな最中、彼が領主だけに可能な要請をひとつ行ったことが、日記には記されていた。
そして「もし、これが兄が懸念していたことなら、事情を聞こうとせずにただ責めてしまったことが悔やまれる」という言葉で叔父の語りは終わっている。
彼が泉で発見される、前日の記録だ。
「……」
リフィーリアはその青い日記帳を、きつく握りしめた。
叔父が泉で亡くなったのは、きっと事故ではない。ましてや女神の祟りなどあり得なかった。
「お仕事中に申し訳ありません。実はニレナ様のご容態が……」
リフィーリアは急いで日記帳を隠し収納の中に戻すと、慌ててニレナの部屋へと向かった。
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