二十話 隠されたもの②
「どうぞ」
「失礼致します」
シュレールが静々と茶と菓子を運んできた。
「領主様、少し甘いものでも召し上がって休憩なさってください。根を詰めすぎるとお身体に毒ですから」
「ああ、ありがとう。そうするよ」
小腹が空いていたため、茶より先に菓子に手を伸ばす。粉砂糖のかかった柔らかな甘みのクッキーは、舌触りよく口の中でほろりと溶けた。
———これはアルチェが好きそうだな……
グラムスによると、今日の彼女は早朝から外に出て、何やら動いていたらしい。その上、普段はのんびりと食事を味わうのに、ものすごい勢いで食事を掻き込んで部屋に戻っていった。そしてもうすぐ夕刻を迎える今も、外出したまま戻ってきていない。
一体どうしたのだろう、と思っているとふいに再び扉が叩かれ、
「リフィー、ちょっといいかな」
折よくアルチェの声がした。
「どうぞ、入ってくれ」
軽く頭を下げたシュレールが、入れ替わるように部屋の外へ出ていく。
「……」
誰に対しても愛想のいいアルチェが一瞬、睨むような鋭い視線を彼女に向けた。いや、光の加減でたまたまそう見えただけかもしれない。
「今日は朝から随分とばたばたしていたのだな。一体どうしたんだい?」
「ちょっと調べたいことがあって……レグピオン山に行ったりしていたから」
思わぬ行き先に、リフィーリアは動きを止めた。
「山へ?……アルチェ、まさか洞窟の中に入ったのではないだろうな」
「うん、入ったよ。でも、山守りのヴァスティンさんがついてきてくれたし、防毒用の装備も借りて、ちゃんと約束通り危なくないようにしたからね」
彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、そう言い放つ。
そういえば、洞窟に立ち入らないようにと言った時に返ってきたのは『危ないことはしない』という返事だったと、リフィーリアは今さらのように思い出した。恐らくあの時からそのつもりだったのだろう。彼女の底なしの好奇心を甘くみていた。
「それでね、リフィー。変に思うかもしれないけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ。これまでこの領地で、新しい農作物を試験的に導入した時の記録とかって残ってたりする?」
「……あるが、大部分は失敗の記録だな。なにしろここは、作物向きの土地ではないから」
「それ、もしよかったら見せてもらうことってできる?」
そんなものを見て一体どうするんだい、という言葉を飲み込んで、リフィーリアは棚から何冊か帳面を取り出して差し出した。受け取ったアルチェは何か目的のものがあるのか、猛然とページを
「……」
共に過ごせば過ごすほど、いわゆる一般的な少女からは逸脱した何かを、リフィーリアははアルチェに感じていた。
ニレナの前で貴族であるかのように名乗ったことについては、気を引くための嘘も方便だと彼女は笑っていたが、そうではない人間が
地位ある生まれであることを事情があって伏せているのか、あるいは少なくともそういう人間の間近で生活していてその振る舞い方を知っていたのか。どちらにせよ、もしかしたらこの少女にしか見えない何かがあるのではという、淡い期待のようなものがあった。
受け取った記録簿としばらく顔を突き合わせていたアルチェが、ふいに手を止める。
「……ああ、やっぱり。昔に試した時には、育たなかったんだね」
彼女の細い指が、テテ麦と記された列を示し、それから隣のページのアルラ草という文字をなぞった。
「今朝、薬草畑も見てきたんだけど、これすごく茂ってたよ。それから……こっちのシャタラっていう香辛料も、本格導入が間近だって試験地の管理者さんが言ってた」
執務室に、静寂が満ちる。
「……ちょっと待て、なぜ同じ作物で結果が違う……?」
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