二十話 隠されたもの①

 リフィーリアは読んでいた帳面を執務机の端にずらし、小さくため息をついた。凝り固まった身体を伸ばしてから立ち上がり、戸棚に置いておいた白い小箱を手に取る。


 すっかりその存在を忘れていたが、まだ幼い頃に宝物入れにしていたものだ。アルチェから遺跡に取り残されていたと聞き、使用人のルースに回収してきてもらったのである。


 小箱の方は拭えば綺麗になったが、埃まみれの耳長猫のぬいぐるみは存在するだけで周りをくしゃみの嵐に巻き込んでいたので、グラムスが速やかに執務室から運び出した。おそらく今ごろ、洗濯担当のメイドに容赦なく洗われていることだろう。


 リフィーリアは一瞬躊躇ためらってから、美しい飾り彫りの施された蓋をそっと開ける。中から現れたのは、黄緑の石のブローチと、紫色の繊細なレースリボンに小さな鍵の飾りついた髪留めだ。


 このブローチは祭りの時にルーオンから贈られた。もちろん子どもが小遣いで買えるようなものだから、今改めて見ればつくりもそれなりだ。それでも受け取ったあの時、自分が持っているどのアクセサリーよりも輝いて見えたことを思い出して懐かしくなる。


「……」


 そしてもうひとつの宝物の贈り主は、叔父ディフィゾイだった。彼が領主である兄テルフィゾイを助けるべく、遠くレポランテ公国まで旅した時のお土産だ。繊細なレースや織物で有名な国だが、なにせエブローテからあまりにも遠いため心配になり「叔父様、行かないで」と半べそで駄々をこねた覚えがある。


 彼はそんな姪に似合うとびきりのレースリボンを探し求めて、店を何十軒もはしごしたらしい。「白とか他の色のものは山ほどあったんだが、こういう色のはなかなかなくてな」と目尻を下げて笑っていたのを思い出し、胸の奥がじりと痛んだ。あの頃は、こんな未来が先にあるなど思いもよらなかった。


 ———私たちはどうして……こうなってしまったんだろうな……


 当時、言葉では言い尽くせぬほどに大切にしていた宝物をしまい、リフィーリアは小箱を戸棚に戻して机に戻った。


 思い出に浸っても、泣き言を言っても、仕事は待ってはくれない。リフィーリアは執務机の端に積んであった帳面を引き寄せて開いた。


 このところリフィーリアは合間を縫って、大量に残されたディフィゾイの業務日誌を読み続けている。引き継ぎがまるでできていないことが懸念事項だったが、几帳面に記された記述を読めばなんとか把握できそうだと安堵した。


 日誌はどこを読んでも、領地や領民と向き合い続けるディフィゾイの真摯で誠実な想いで溢れている。


 ———私を油断させるために当時はそういうフリをしていたのかとも思ったが、やっぱり昔感じていたあの人の印象通りなんだよな……


 父テルフィゾイの日誌も読んだが、リフィーリアとしてはどこか旧態依然とした彼のやり方よりも、叔父が積極的に取り入れていった新しい方法に賛同するところだった。


「あの人はこの地に住まう人々の幸せを考えただけよ!」というニレナの叫びは、かなりのところ事実だったのだろう。


 ———コンコン

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