十九話 入らずの洞②
さすがに緊張状態が長く続いて疲れたため、小屋に戻ってきたヴァスティンはアルチェを誘ってお茶でひと息つくことにした。
しばらくは町のことや、この山にある泉のことなどの他愛ない話をしていたが、彼女がふとした瞬間に尋ねてくる。
「先代の山守りさん……ノゥスさんと仰ってましたっけ……いい方でしたか?」
「……そうですね。
ヴァスティンが茶のおかわりを
「概ね、以外の部分はどうでした?」
なぜかそう追求された。ポットを置いて顔を上げれば、濃い橙色の双眸が強い光を宿してこちらを見つめている。
「不快に思われたら申し訳ありません。お二人の私的な部分に踏み込みすぎていることは承知しています。ただ……もしかしてノゥスさんは、時折錯乱されるようなことはありませんでしたか? それから亡くなる時に、呼吸の方に問題が出たのでは?」
ヴァスティンは思わず目を見開いてアルチェを見た。
「そう……そうなんです。会ったこともないのに、なぜわかったんです? 普段はもの静かで穏やかな人だったんですが……時々発作的におかしなことを口走ったり、人が変わったように荒々しくなることがあって……そういう時は無理やり止めようとしても無駄で、ただ治まるまで待つしかなかったんです」
口数こそ少なかったが日頃は優しい人だっただけに、その落差がヴァスティンにとってはひどく恐ろしかった覚えがある。
「それは、入らずの日が過ぎた後などに多かったのではありません?」
「……え?……ああ……言われてみれば、昔はそうだったかもしれません。実はその、亡くなる前のあたりには彼は割と頻繁におかしくなっていたもので……」
アルチェはしばらく黙ったあと、どこか言いづらそうに告げた。
「発作的に錯乱症状が出ていたのも、亡くなったのも、恐らくジャルト中毒が原因なのではないかと思います。急性にしろ慢性にしろ、呼吸器の不全が高確率で起こりやすいそうなので……たぶんノゥスさんは、ジャルト鉱石と接触しすぎたのだと」
なんとも言い難い沈黙が、二人の間に満ちる。
「それって……つまりその……そういうことですよね……いくら防毒装備を身につけていても、新月のたびに定期的に接していれば……何かの拍子に毒を吸収してしまってもおかしくはないと……」
ジャルト鉱が成長できる環境にない洞窟。それにも関わらず、大仰なまでに言い伝えられた入らずの日。混乱しつつもヴァスティンが絞り出した言葉に、アルチェは静かに頷いた。
「……実は、誰にも言っていなかったんですけど……防毒用品の一式を置いているところに、使い方を教えられていない道具がいくつかあって……これは一体何に使うものだったんだろうと、不思議に思ってはいたんです。……でも……でも、どうしてそんなことを?」
まだヴァスティンが幼かった頃、それらの器具を前に「これは何に使うの?」と聞いたことがあったが、ノゥスは「ただ置いてあるだけだ」と首を振るばかりだったのだ。
「……ノゥスさんを初め、山守りの方々があれを代々自発的にしていた、というのはまず考えられません。物が物です。間違っても一般の人間に用意できるような代物ではありませんから。それを与えて指示した存在があるのだと思います。私は今、その背後にあるものを探っているところなんです」
声を潜めて彼女は続ける。
「ノゥスさんが個人的にあなたには継がせないことを決めていたのか、その背後の何かが手を引こうとしていたのかは今の時点ではわかりませんが……とりあえず、今日のところはこれで失礼します。事態がはっきりしたらまたお知らせに来ますので、それまでは危険が及ぶのを避けるために、このことは絶対に他言無用でお願いします」
「わかりました」
ヴァスティンが頷くと、アルチェは頷き返してエブローテの町へと戻っていった。
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