十一話 遺跡とはぐれ者③

 ———ああ……私のせいで……いや、私がやったわけじゃないけど……価値ある遺跡に大穴が……

  

 そんなことを思いながら眉根を寄せて遺跡を見つめていると、

  

「お嬢ちゃん、ちょっと遊ばないか」

  

 そう男が笑いかけてきた。

  

「遊び、ですか?」

  

 ———どういう意味の遊びかで、恩人から加害者になったりして……

  

 というアルチェの懸念を汲み取ったのか、彼は喉の奥で笑いながら付け足す。

  

「心配しなくても俺は少女趣味じゃない。むちむちボインの熟女がお好みさ」

  

 そう告げた後、彼は膝をついて向こうを向くと、何やら周り中の石や枝を拾ってごそごそしていた。しばらくすると立ち上がり、こんもりと組み上がったその小山を示して小首を傾げる。

  

、ルールはわかるか?」

「……はい」

  

 アルチェが幼い頃に祖父と散々遊んだ、〝山崩し〟という遊びだった。よくある積み上げ型ゲームとは違って交互に取るわけではなく、勝負はたったの一発で決まる。先攻の組み役がフェイクをきかせて素材を積み上げ、後攻の崩し役がそれを看破して山を崩す、そういう遊びだ。一手で完全に崩せれば崩し役の勝ち、フェイクに惑わされて崩しきれなければ組み役の勝ち。ただし崩せなかった時は、組み役は一手で完全に崩せることを示さなくてはならない。

  

「……その髪色は、父ちゃん譲りか?」

  

 小山に近づいて観察し始めたアルチェに、男が聞いた。

  

「……いえ、父方の祖父からの隔世遺伝です。父はこういう色ではなくて、明るい栗色の髪をしていました。たぶん彼は母親似だったのだと思います」

  

 しばらく小山を見ていたアルチェは、ややあってから、ひとつの石をつまんで取った。次の瞬間、山は綺麗に潰れる。

  

「お見事」

  

 男は拍手をしながら、続けた。

  

「……ならこれを教わったのも、じいちゃんか。……驚いたろうな。せっかく子どもに継がれなかったのに、孫の方に出ちまうとは」

  

 まるでそれがまずいことかのような言いように、アルチェは思わず彼を見上げる。

  

「……ただの髪色の遺伝では?」

  

 男はしばらく黙ったまま、アルチェを見ていた。

  

「……まぁここで俺が黙っていても、いずれどこかで知ることになるだろうからな」

  

 彼はそう呟いてから、指を自分の頭のあたりに向ける。

  

「牛飼いがさ、角に印を焼き付けたりして、これは『うちのだ』ってするだろ?」

「……ええ」

「あるいは犯罪者がさ、手の甲に焼き印とか刺青入れずみとかを入れられて、区別されたりとか……あとは、そうだな……なにか動物を飼って、首輪とかをつけて俺のとこの子だって主張したりするだろ?」

  

 男の指が、すぅとアルチェの夕日色のひと房を示した。

  

「それはな、そういう類のものなんだよ。お嬢ちゃんのじいちゃんも、きっと知っていたはずだ」

「……」

  

 祖父からそのような話を聞いた覚えはない。だが、揶揄からかっているにしては、男はあまりにも真剣な目をしていた。

  

「……そんなの、一体誰が」

「縁がありゃ、いずれ嫌でも知ることになる。だが、こうして俺と出会っているあたりからして……たとえパラケラルの出じゃなくても、世界の方にはお嬢ちゃんを見逃す気がないってことだろう。お嬢ちゃんが自由を愛する性質たちなら、非常に残念なことだろうがな」

「……世界?」

  

 彼が口にしたのは、あまりにも抽象的な言葉だ。

  

「まぁ気にするなよ。大袈裟に聞こえるかもしれんが、所詮しょせんの呼び名のひとつに過ぎない」

「……」

「ま、それについては遅かれ早かれ動きがあるだろうさ。今気にしてもどうにもならんことだ。そもそもお嬢ちゃんは、なんでこんなところに来たんだ?ルギオラの生まれじゃないんだろう?」

  

 相手の正体も底もしれない。正直なところ、どこまで情報を出してもいいものかアルチェは判断に迷った。

  

「……亡くなった祖父に、しばらく母国から出るようにと言いつけられたんです。それでエゼッテ山を越えている時に、ここの新しい領主様に拾ってもらってついてきました。意図して来たわけではありません」

  

 ふぅん、と呟くと彼は言った。

  

「お嬢ちゃんは、この地のひずみを……崩す気か?」

  

 しばらく黙った後、アルチェは口を開く。この男がエブローテの不穏に関わっているのかは定かではない。だが可能性がある以上、牽制はしておいた方がいいだろう。

  

「私の恩人の邪魔になるのであれば。少なくとも、あの人に危害を加えられる可能性は、根こそぎ潰してから去ろうと思っています」

  

 デルフィンによる金品の強奪も心配ではあったが、それ以上にこの不可解な状況をはっきりさせなければ、リフィーリアがディフィゾイの二の舞になる可能性を否定できないことが問題だった。それだけは、なんとしても避けなければならない。

  

「恩人、か……じゃあなおのこと、何をどこまで解いて崩すのかは、よく考えて見定めるようにしろよ」

  

 言いながら彼は、先ほどアルチェが崩した山を指し示す。

  

「これはいい遊びだ。思考を巡らすにも、勘を鍛えるにもいいし、パターンを知るのにも有効だ。組む方も崩す方も真剣勝負、集中力だって強化できる。だがひとつ、決定的に足りないものがある」

「……足りないもの?」

「それがわからなきゃ、お嬢ちゃんはただの破城槌はじょうついになるぞ。気をつけろ」

  

 青い目が、何かを試すようにアルチェを見下ろしていた。

  

「……あなたは一体何者なんです?」

  

 思わず口から出た問いに、男は小さく笑って答える。

  

「まぁお嬢ちゃんたちに近いものというか、お仲間ってとこかな。いや、元、か。実は俺も、昔ここのところに青いひと房があったんだ」

  

 彼はそう言って、自分の前髪の一部に触れた。ただ、そう言われても今は見る限り焦茶色の髪しか見当たらない。

  

「でも、俺は誰かに首輪をつけられていることに我慢ならなくなってな。紆余曲折の果てに、なんとか自由になった。今はたまたまやむを得ない事情でここにいるが、ここの歪みには興味がないし、手を出すつもりは一切ない。だからそのへんについては、心配しなくていいぞ」

  

 じゃ、お嬢ちゃんも気をつけて帰れな、と言い置くと、男はアルチェを残して歩み去っていった。

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