十一話 遺跡とはぐれ者②
一人になったアルチェは、しん、と静寂に浸る遺跡の内部に入った。
リフィーリアが言っていた通り、何も物のないがらんとした空間が広がっている。ただ己の靴音ばかりが、所々欠けた壁や天井に跳ね返っては響いた。
「……」
石造りの建物はひんやりとして、思考も冷たく研ぎ澄まされていくような気がする。
壁に近づき、あるいは柱や天井のアーチを見上げ、やがてアルチェは目を細めた。
———石材といい、積み方といい……これは相当古い時代のものかもしれない……
カツ、カツ、カツ、カツ、と足音を響かせて奥の廊下を進み、いくつかある部屋を覗いて回る。程度の差こそあれ、壁が崩落していたり、天井が落ちて上階が見えているところも多かった。ほとんどは同じような
———ぬいぐるみ……?
壁も天井も無事なその部屋の隅には布が敷かれ、すっかり埃を被ったぬいぐるみと小さな箱が置かれていた。
———リフィーが言ってた秘密基地かな……
近づきかけたアルチェは、ふいに立ち止まる。上からなにか物音が聞こえたような気がした。
「……」
しかしよく耳を澄ませても、今はもうなにも聞こえない。歳月の侵食を受けた壁だか天井だかが、どこかで崩れた音だったのかもしれなかった。
アルチェはリフィーリアの秘密基地に近づくと、屈んでぬいぐるみをまじまじと見つめる。
———なんだろう……耳長猫かな……?
その上には過ぎ去った年月を雄弁に語る埃が積もっていて、元の色はわからなかった。小箱の方をそっと開けると、中には鍵の形の飾りと紫色のリボンがあしらわれた髪留めと、透明な黄緑色の石の
アルチェは一瞬、リフィーリアのところにぬいぐるみと小箱を持っていくか迷ったが、幼い頃の彼女の宝物を勝手に動かすのも気が引けて、そのまま残していくことにした。あったという事実だけ伝えれば、後は回収するなり彼女の好きにするだろう。
アルチェは再び廊下に出てしばらく進み、その奥に現れたひときわ小ぶりな部屋に足を踏み入れた——————その瞬間だった。
何かが炸裂するような音がして、気づいた時にはもう遅い。
「……っ!」
天井が崩れてきたのと、腕を強く
「おーおー、まだ子どもだってのに情けも容赦もないことで」
目の前で天井が崩落していく轟音の中、低い声が背後でそう笑う。
「ま、国崩し相手ならそれくらいが妥当なのかもしれんがな」
恐る恐る振り返れば、青い双眸と目が合った。アルチェを部屋から間一髪で引っ張り出してくれたのは、まるで古代遺跡で発掘される彫像のような、背が高く均整がとれた体つきの男だ。彼はにっと笑うと続けた。
「警告だろうよ。物騒な奴は、早く出ていってくれってさ」
彫りの深い顔立ちに、少し日に焼けた肌。単に整っていて美しいというよりは、どこか野生的なものが強く滲む、そんな男だ。年齢は三十代に差しかかっているくらいだろうか。
「助けてくださってありがとうございます……でも、私は国崩しではないです」
アルチェは突然の崩落と、久しぶりに耳にした言葉に内心驚きながら、平静を装ってそう言った。
「ん? 違うのか?……でもお嬢ちゃん、〝国崩し〟って言葉は一応知ってんのな? 知ってる奴は、そう多くないと思うが」
「それは……以前、祖父から聞いたことがあったので」
彼は顎を撫でつつ呟く。
「祖父、ね……じゃあ、お嬢ちゃんはパラケラルの出じゃねぇのか……あ、その顔はそもそもパラケラルを知らないな? そうか、ならいいんだ。はぐれ者同士、仲良くやろう」
———パラケラル……?
まったく聞き覚えのない言葉だ。
「ここにいてまた頭上から狙い撃ちされるとまずいからな。いったん外に出よう」
そう促され、アルチェは男に続いて遺跡の外へと向かった。
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