十話 市場へ③
「だがそうは言っても、あんまり革新的だと新しい領主様の身も心配になるからなぁ……まぁ用心して、ほどほどのところにおさめてもらうのがいいかもしれん」
「そうですね。今でも先代様のおかげで相当に発展したんですから、充分ですよ。次に領主様におなりになるのは先々代のテルフィゾイ様のお子様らしいですし、この地のことはある程度わかってらっしゃるでしょうから……いい
店主とリフィーリアの話を聞いていたらしい隣の乾物屋の店主と若い男性客が、そんなことを言い交わして話に入ってきた。
「……あの、新しい領主様の身が心配って?」
焼きチーズ屋が怪訝な顔で聞き返す。彼は二年前に移住して来たと言っていたから、ロティナリー女神の祟りのくだりを知らないらしい。
顔を見合わせた乾物屋の店主と客が、クルグスの食堂で聞いたものと似たような話を口々に語り聞かせた。
「……へぇ、そんな怖いとこのある女神様がいらっしゃると」
乾物屋の店主は小さく頷くと付け加える。
「あんたも〝入らずの
「まぁ、さすがにそれは眉唾だろうと思いますけどね。鉱脈なんてものは、元々の土地柄的なものでしょうし……ただ実際に人死にが出ているのは、事実なものですから」
若い男性客は微かに顔を
「ありがたいことに、私たちみたいな人間の暮らし向きはずいぶん良くなってきましたけど……ただの伝承ではなく本当に命がかかるとなれば、少し心配です」
憂うようなため息と共に呟かれたその言葉で世間話は終わり、青年は市場の賑わいの中に戻っていく。
リフィーリアたちも歩き出したものの、アルチェは先ほどから何事かを考え込むように視線を石畳に落としていて、二人の間にはなんとも言い難い沈黙が立ち込めていた。
「……ねぇリフィー、先代様の死因って聞いても大丈夫?」
ふいに顔を上げた彼女に問われ、リフィーリアは一瞬迷う。変に心配をさせたくないため、そのあたりのことは彼女の耳には入れないようにしようと思っていたのだ。しかしこちらを真っ直ぐに見るその目を前にすると、誤魔化しの言葉を返すのはどうにも
———それに少し、気になることもある……
リフィーリアはこの町に戻ってきて以来、なにか言葉では言い表せないきな臭さを感じていた。どこかどうとは言えない。幾度も戦いに身を投じた、戦士としての勘だ。根拠などなくとも、こういうものは経験上当たることが多かった。
———何があっても守るつもりだが、四六時中一緒にいられるわけではないし……アルチェ自身にも多少警戒してもらった方がいいかもしれない……
そう考えたリフィーリアは、口を開く。
「……水死だったらしいな。山の中の泉に浮いているところを、見回りをしていた山守りに発見されたが、慌てて引き上げた時にはもう手遅れだったそうだ。執事のグラムスに聞いたんだが、叔父自身もこのところかなり体調が悪かったみたいでな。外傷なんかは特になかったらしいから、たまたま泉のそばにいた時に体調が急変して落ちたか、足を滑らせたかしたのではないかという話だった」
「……山守りさんがいるってことは、レグピオン山か……」
アルチェはそう呟いた。
「そうだ。そもそも女神ロティナリーは、レグピオンに住まっていると言われていてね。それでまぁ、その山の泉に落ちて亡くなったりしたものだから……彼女の祟りじゃないかと一層疑いたくなるみたいでな。はっきり言って、泉もそこまで深いものじゃない。せいぜい大人の腰下くらいだ。普通なら溺れるほどのものではないから……余計に〝女神の怒りに触れて泉に引き
「領主様はお供もつけずに一人で山に入ってたの?」
たとえ領主でなくとも、貴族であれば外出時には誰かしら供をつけることが一般的であるため、アルチェの疑問はもっともだ。もし誰か連れてさえいれば、泉で死亡するような事態にもならなかったに違いない。
「ああ、普段護衛に連れている者は、同行していなかったらしい。その従僕は先代の遺体が館に運び込まれて初めて、彼が出かけていたことを知りかなり取り乱したようだよ。結局、グラムスにもその従僕にも、叔父がなぜ体調不良をおしてまで山に一人行ったのかはわからないそうだ」
リフィーリアはどこか釈然としない気持ちを抱えたまま、そうため息をついた。
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