十話 市場へ②
老婦人自慢のカムスベリータルトを買い求めた後、二人はまた雑踏の中を歩き始める。
「ねぇリフィー、さっきのおばあちゃんが言ってたレグピオン山って、もしかしてジャルト鉱の鉱脈があるって言ってた山?」
「ああ、そうだよ。山の中腹あたりに大きな洞窟があるんだが、入り口のあたりからジャルト鉱がわんさか生えてて危ないんだ。念のため、あの山には代々山守りも置いている。……もしあの山に登ってみることがあっても、洞窟には絶対に入らないようにな。覗くのもだめだぞ?」
地元の者は皆わかっているため洞窟付近にはまず近づかないが、アルチェの好奇心の強さを考えると注意しておいた方が良さそうだ。
「……うん、大丈夫。危ないことはしないよ」
微妙な間をあけてからそう頷いた彼女が、ふいに大きく息を吸い込む。
「なんか良い匂いがするね?」
真似して息を吸い込めば、確かに香ばしさとまろやかさが織り混ざったような香りがしている。
「ああ、焼きチーズかな。この町からもう少し西の方に行くといい牧草地帯があって、牧畜が盛んでね。そちらで良い乳製品ができるんだ」
「あの美味しいカルツ豚ちゃんの故郷?」
「そうだな」
果たしてしばらく進むと、網の上で串に刺したチーズを
隣を見れば、なんて美味しそう……という顔をしてアルチェが焼き目のついたチーズを見つめていた。
「せっかくだ、食べてみよう」
「え、でもさっきタルトを買ってもらったばっかりだし……」
「遠慮しなくていい。土地の物を食べるのも、いい勉強になるからな。おやじさん、二つお願い」
「まいど!」
嬉しそうに串を受け取ったアルチェが、早速チーズにかぶりつく。焼き色のついた濃い黄色のチーズはとろりと後を引き、香辛料の香りがふわっと広がった。
「すっごい伸びる……そしてうまぁ……! リフィー、これめちゃくちゃ美味しいよ!」
味が好みだったらしい彼女は、目を輝かせてチーズを堪能している。
「だろぉ? これはな、香辛料の商人をやってる叔父貴に協力してもらって、このチーズと最高に相性がいい特製調味料を一緒に考えたんだ。二人で百回以上作り直して、やっと完成したんだぜ?」
髭もじゃの店主が、得意げにそう笑った。
「うん! これは旨いな! 味付けが実に絶妙だ……これまで食べたことのない味だが、どうにも癖になる」
口から鼻に抜けていく香辛料の辛味を楽しみながら、リフィーも頷く。
「ああ、パラックははじめてかい? この調味料のメインにしてるパラックっていう香辛料はさ、少し前からこの辺りで作られるようになった新しい品種なんだ」
「それも推奨作物とやらのひとつかい?」
「そうらしいな。俺はニ年前にエブローテに移住してきて、その頃にはすでに流通にのり始めてたんだけど……いやぁ、領民の暮らしを豊かにすることをどんどん考えてくださる、いい領主様だったのになぁ……俺が前いたとこの領主様とは、えらい違いだったよ」
彼は少ししんみりした様子でそう呟いて、付け足した。
「新しい領主様も、そういうお方だとありがたいんだが……」
ちら、と視線を寄越したアルチェと、思わず笑い合う。長くこの地を離れていたリフィーリアはあまり顔を知られていないし、今も領主というよりは女騎士寄りの格好をしているため、目の前の人間がその新しい領主本人だとは思いもよらないに違いない。
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