六話 浄水局と幼馴染
二人は広場を抜け、町の一区画に固まっている役所の建物のひとつ、浄水局に足を踏み入れた。
「君、すまないが」
部屋の入り口近くの受付に座っている職員にリフィーリアが声をかけた瞬間、奥の大机で作業していた男が勢いよく立ち上がる。淡い茶髪に黒縁の眼鏡をかけた、穏やかそうな容貌の青年だ。彼の黄緑色の目は、一心にリフィーリアを見つめていた。
「リフィー! 戻って来たんだね……!」
責任者というにはまだ年若そうに見えたが、どうやら彼が挨拶相手の水の司らしい。はにかむような笑みを浮かべて軽く手を上げたリフィーリアに、心底嬉しそうな顔をした青年が駆け寄ってくる。まるで飼い主を目にした大型犬のようだとアルチェは思った。
「……久しぶり、ルーオン。元気そうでよかった」
———ははぁ……なるほどね。
良い雰囲気を察したアルチェは、二人の邪魔にならないように少し距離をとることにした。
貼られた掲示物に強い関心をもったような顔をして、壁際に歩み寄る。整然と貼られたそれを眺めながら、時折ちらちらと彼らの方を
二人は恐らく幼馴染なのだろう。気安い口調で言葉を交わしている。ルーオンと呼ばれた彼は明らかに熱のこもった目でリフィーリアを見ていたし、彼女もとても嬉しそうだ。少なくとも、これまでアルチェに見せていた頼もしい騎士とは違う一面が見えた。彼らはやがて頷き合って話を切り上げ、
「待たせたね、アルチェ。では行こうか」
リフィーリアが戻ってくる。
部屋を出る時にちら、と振り返れば、名残惜しいのかルーオンがまだこちらをじっと見つめていた。
浄水局の煉瓦造りの建物の外に出てから、アルチェは尋ねる。
「……あの方が未来の婿養子さんで?」
「ち、違う! 一体何を言い出すんだ、アルチェ。私は騎士だぞ?」
リフィーリアはあからさまに
「騎士だって恋人つくったり結婚したりしても、別におかしくないでしょ?リフィーの先輩だって倉庫の幽霊さんと婚約したじゃない。まぁもちろん、仕えるご主人様一筋って人も中にはいるんだろうけどね」
「いや、それはそうだが……私とルーオンは、別にそのようなものでは……」
どうやら剣一筋でやってきた彼女は、自分の色恋沙汰は苦手であるらしい。
「あの人の方は、もし尻尾があったらちぎれるレベルで振ってたし……リフィーだってまんざらでもない感じでしょ?隠したところで、ばればれなんだけどなぁ」
「こ、こらアルチェ! 大人をからかうんじゃありません!」
「私、もう成人だよ〜?」
「ル、ルギオラではまだ子どもだ!」
先輩に
「部屋を出る時気づかなかった? あの人名残惜しそうに、リフィーのこと見てたよ。振り返って、手のひとつでも振ってあげればよかったのに」
「えっ……そ、そうだったのか?」
気づかなかった、と呟くリフィーリアに、次は振り返ってあげるといいよ、と言いながらアルチェは笑いかける。
「でもよかった。安心したよ。確実にリフィーの味方になってくれそうな人が一人はいるみたいで。もし万が一エブローティノの館が、視線で細切れにされそうな敵地になっていた時には、あの人のところに避難させてもらおうね」
「……確かに他にあてはないな」
ため息まじりに同意したリフィーリアは、気合を入れるように唇を引き結び勇ましく告げた。
「さぁ、では行くとするか。吉と出るか凶と出るかまったくわからない、我が館へと」
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