四話 食堂と噂話⑤

「あたしも大して詳しいわけじゃないから、本当にさわりの部分くらいしか話せないけど」


 彼女———エッテという名で、雑貨屋を営んでいるらしい———は、そう言い置いてから口を開いた。


「ロティナリー様というのは、この辺りで古くから知られている女神の一人でね。帝国教導会の信仰みたいな、大掛かりで組織だったものじゃないけど……ここいらの子どもが聞かせてもらう寝物語になんかには、よく出てくる女神様なんだ」


 彼女はリフィーリアおごりの酒を美味しそうに飲んでから続ける。


「ここの土地は作物が育ちにくいから、大昔は皆がとてもひもじい思いをしていたらしい。それを憐れんだ彼女が、ここでも育つ黒麦とかロロ芋とかそういったものをお与えくださって、我々は生きていけるようになったんだ、っていうのが一番有名な話だね」

「慈悲深い女神様なんですね」

「そうだね。ただ……」


 そこでエッテはぐっと声をひそめた。まるで誰かに聞かれることを恐れるように。


「……自分が広めたわけではない作物を作ったり、昔ながらの伝統を壊したりするようなことをすると……癇癪かんしゃくを起こされて、それが大いなる災いになる、なんて少し恐い言い伝えもある女神様でね」

「新しい作物の導入やらなんやら、色々と革新的なことをしてくださったからなぁ、先代様は。おかげで儂らの暮らし向きは、この十年でずいぶんと良くなったんだ」


 エッテの隣に座るしゅうとのラガドがしみじみと付け加え、アルチェも「そうみたいですね」と頷いた。


 追い出されたリフィーリアの気持ちをおもんばかって、これまで口に出すことはしなかったが、町や人々の様子を見れば采配を振るう人間の力量はある程度推しはかれる。見た限り、乗っ取り叔父様には確かな経営手腕があったのだろうとアルチェは思っていた。


 立ち寄って来たそれぞれの町の人から聞いた話を総括すると、このエブローテは領地の端の町までしっかりと連携がとられ、目が行き届いている。たとえ小さくとも、各々の特色を生かして町をおこそうという気概も感じられた。もし乗っ取り叔父様が私腹を肥やすことにしか興味のない人間であったなら、このように領地の隅々まで活気に満ちているはずがない。


「祟りだなんて、昔話だ、作り話の類だろうとは思うんだが……それでも、儂のひいじいさんが言ってたことがあってなぁ。新しいことをしようとした領主様やそのご家族が、急に事故に遭われたり、ご病気になられたり、亡くなられたことが実際にあったんだって。じいさんの若い頃にも、それよりずっと前にもな。だから女神様のご機嫌だけは絶対に損ねちゃならねぇって、耳にタコができるくらい聞いてたからよ……儂も含めて、もしかしたらって、思っちまうじじばば連中がまだまだいるんだろうな」


 ラガドは苦笑する。


「そんなわけで、ロティナリー女神様がお怒りになったせいで、領主様ご一家に災いが降りかかったんじゃないかって、噂になっているんだよ」


 そうエッテが話を締めくくった。

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