四話 食堂と噂話④


「そうして先輩方は、ますます嫁の貰い手がなくなったと嘆いていた」

「あらら……」

  

 当然といえば当然の帰着に、苦笑するしかない。

  

「まぁでも、いつの世も強い女をお好みになる人は一定数いるし、心配しなくても大丈夫じゃない?あとはそうだなぁ……でっかい蜥蜴殿に愛していただくという手も、なくはないけど」

「食材としての寵愛は、先輩方も全力で遠慮こうむるだろうな。いや、むしろ食う側か」

  

 アルチェの軽口に、リフィーリアはそう笑った。

  

「しまいには、蹂躙された蜥蜴の祟りでもう結婚できないかも、なんて酒の席でたびたびからかわれてたぞ。まぁ容赦なく拳骨げんこつで黙らせてたが」

「蜥蜴の祟りかぁ」

「そんなものあるはずないのにな」

  

 リフィーリアは笑いながらそう言ったが、アルチェは否定も肯定もしなかった。隣の席の空気が変わっていたからだ。


 カウンター席は全部で五席あり、今はすべて埋まっている。椅子と椅子の間は狭く、当然だが話せば筒抜けだ。アルチェが横目でそっとうかがうと、さっきまで騎士団話を楽しそうに聞いていた女性の表情が、明らかにこわばっている。その奥に座っている老爺の横顔もどこか険しかった。格好からして、彼らは地元民に違いない。

  

「あの、祟りになにか心当たりが……?」


 興味が湧いたアルチェは、話を振ってみた。


「え?ああまぁ、祟りが絶対にないとは言い切れないかな、とは思うけどね。蜥蜴ならともかく、たとえば神様とかならさ」

「神様、ですか?」


 隣席の中年女性は頷くと、なにか後ろめさでも感じているのか早口で囁く。


「ほら、ここしばらく領主様のおうちが災難続きだろう?ディフィゾイ様も娘御のリルーニナ様も亡くなってしまわれて、奥様とリュフィゾイ様もご病気が治らないって聞くし……」

「ただの流行り病ではなく?」


 彼女は首を振った。


「この辺り一帯、特に病気は流行っていないんだよ。領主様のご一家だけ、四人ともなんだ。同じ館に住む使用人たちも、誰もその病にはなっていないらしくてね」


 老爺も肯定するように小さく頷いている。


「それは確かに変ですね」


 血筋を重んじる貴族であれば、それに起因する遺伝性の疾患を抱えている場合もあった。しかし万が一そうだったとしても、違う世代の人間が同時期に一気に発症するというのは、あまり聞かない。


「だろう?……そうなると、もしかしたらロティナリー女神様のお怒りというか、祟りなんじゃないかとか、そんな話が出てきてね。あたしはそこまで信じちゃいないけど……でもちょっと、さっきの蜥蜴の祟りでそれを思い出しちまって」

「あの、ちなみに先代の領主様は病気ではなく事故で亡くなられたと聞いたんですが」

「……まぁ確かに、事故は事故なんだろうけどねぇ」


 女性と老爺は顔を見合わせている。祟りではないと言い切るには、なにか引っかかることがあるらしい。


 アルチェはリフィーリアに目配せし、ほとんどグラスを干していた二人に酒をおごってもらった。


「もしよかったら、もう少しロティナリー女神様の話を聞かせていただけませんか?私、リヴァルト王国からの留学生なんですが、色んな土地の神様の話に興味があるんです」


 祖父をして〝何か画策しているとは思えぬ純真無垢な笑顔〟と言わしめた、とびきりの笑みで情報をねだる。


 アルチェはエブローティノの爵位のゴタゴタに関わるつもりは一切なかったが、万が一その祟りとやらが領主一家から切り離せないものであれば、命の恩人であるリフィーリアが巻き込まれる可能性があったからだ。

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