四話 食堂と噂話③

「その日は非番団員たちの飲み会だったんだ。はじめは女騎士の先輩方の、強すぎて嫁の貰い手がないとか、見合い相手の文官に怯えられたとか、上辺だけでもか弱く見せるか自重するべきだろうかとか、そんな愚痴とか悩みに付き合ってたんだが……そのうち周りのいくつかのテーブルの奴らと、次の荒地蜥蜴バッキオ・リザードの討伐の話になってな……まぁ男女で匂いが違うんじゃないかとか、脂肪サシが多い肉の方が好みなんじゃないかとか、そんな話をしていた頃はまだよかったんだが」

  

 そこで一息ついて、リフィーリアは嫌なことを思い出したように顔をしかめる。

  

「……それぞれ酒が進み、語勢が強くなり……気づいたら騎士団の女は筋肉製だから悪食の蜥蜴にさえ好まれないとか、気性の荒さで男と見なされるから大丈夫だろうとか、仮にそうだったとしてもそれは団の男どもが軟弱すぎて男女の区別がつきにくいせいに違いないとか……それはもう、聞くに耐えないけなし合いになった」

「……あー……」

  

 そういえば以前、酒の出る立食パーティで他国の要人同士が、同じようなののしり合いになったのを見たことがあった。うっかりアルコールで火がつくと理性は焼け出され、相手をこき下ろすことだけが至上の命題になりかねないらしい。まだ飲んだことがないため酒に強いか弱いかがわからないが、飲み方には充分に気をつけた方がよさそうだ。

  

 ちなみに、アルチェがなぜ城内の非公開の場の出来事を知っているのかというと、とても美味しいものが出てくると聞いて、ザンバルともう一人の幼馴染と一緒に会場のテーブル下に忍び込み、食べ物を失敬して回っている最中だったからだ。要人たちの言い争いに人々の意識が向いたおかげで三人は見咎められることなく逃げ、持ち出した美味なる料理に舌鼓を打った。ただし、あとで祖父ジェノイーダにだけはその所業がばれ、大変羨ましがられることになる。彼は場にいたにも関わらず、延々と仲裁に入る羽目になって料理を食べ損ねたらしかった。

  

「騎士団にはもともと血の気が多い奴も結構いるからな。言い合いは白熱し、さらに許容量を越えた酒の力で話は二転三転……結果として、足の速い女騎士の先輩たちが蜥蜴どもを巣から引っ張り出すおとりというか、先発隊で中に入ると言い出した」

「……自重は……一体どこへ……?」

  

 アルチェの呟きに、リフィーリアは力なく首を振る。

  

「……死ぬほど負けず嫌いなんだ、先輩」

  

 酒の御力により、その方向性は綺麗さっぱり忘れ去られたらしい。

  

「たぶん令嬢よりも、騎士としての意地の方が勝ったんだろうな。しかしまぁ、あの時は色んな意味で酷かったよ。潰れて動けなくなってる人数がいつもよりずいぶん多いわ……人がトイレに行って戻って来たら、当たり前のように先発隊に入れられてるわ……」

「運命を共にされてる! しかも勝手に!!」

  

 アルチェはカムスベリージュースを噴きそうになった。これまで話を聞いてきた限り、どうもリフィーリアは結構な巻き込まれ体質のようだ。

  

「そうなんだ! いくら後輩といっても所属は別部隊だし、ひと言断りがあってもいいよな? 命っていうか、我が肉がかかってるんだから! 仕方なく上司の中隊長殿に報告したら、『頭に血をのぼらせて命を危険に晒すとは、私がこれまで言ったことを聞いとらんかったのか?』って怒られて……私が言い出したわけじゃないのに! あの日は本当に散々だった」

  

 ちなみに上司殿には猛然と反論し、最終的にはリフィーリアにはどうしようもなかったのだとわかってもらえたらしい。

  

「まぁ考えるまでもなく、悲鳴をあげて逃げる羽目になったのは、蜥蜴あちらの方だったわけだけどね。お姉様方は騎士としての意地を選び、巣内にて奴らを残さず蹂躙じゅうりん。討伐は速やかに完了。待ち構えていた本隊が出るまでもなくて、酒の席で言い合いになっていた男どもは揃って絶句。私は討ち漏らしを一匹仕留めたくらいで、ほとんど出る幕がなかったよ。そうして蜥蜴たちはステーキや焼き肉として、騎士団がおいしくいただきましたとさ」

「……荒地蜥蜴バッキオ・リザードって、食べられるんだ?」

  

 アルチェは思わず前のめりで聞いてしまった。危険指定種を食べるという発想がなかったので、驚いたのだ。騎士団とはなんとたくましい生き物なのだろうか。

  

「少し硬めだけど、歯応えのしっかりした赤身肉みたいで悪くないよ」

「……かぶりつこうとしたお肉に逆に美味しくいただかれた彼らは、どんな気持ちだったんだろうなぁ」

  

 つけ合わせの小ぶりなロロ芋をかじりつつ、アルチェは首を傾げた。まぁ残念ながら、考えたところでわかるはずもないが。

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