決意

「落ち着いた?誠くん」

「うん。もう大丈夫だよ、聖ちゃん」


 思いっきり泣いた後、誠也はティッシュで鼻をかむ。


 恥ずかしい……今は子供だとは言え、中身は三十代のおっさんだ。

 そんな俺が大声で泣くとか。

 でも仕方ないだろ?

 死んだはずの大切な人たちと再会できたんだから。

 泣くほうが無理だろ。

 うん、無理無理。

 しょうがない。


 自分に言い訳をしながら、誠也は幼馴染と両親に謝罪する。


「ごめんね。心配かけちゃって」


 父の圭と母の結衣は誠也を心配そうに見つめる。


「本当に大丈夫?」

「誠也が泣くなんて珍しかったから驚いたぞ」


 確かに子供の頃はあまり泣かなかったな~と思い出しながら、誠也はとりあえず嘘を言う。


「とっても怖い……夢を見たんだ」

「そうか。ならまた怖い夢を見たら言え。母ちゃんがそんな夢、ぶっ飛ばしてやる」

「頼もしいよ、母ちゃん」


 本当に頼もしい。

 そう言えばタイムリープ前の世界では、大きなモンスターに襲われた時、母ちゃんが助けてくれたっけ。

 だけど……そんな母ちゃんもモンスターの大群に。


 沈んだ表情を浮かべる誠也。

 そんな彼の頭を父である圭が優しく撫でる。


「今日は一緒に寝よう」

「……恥ずかしいけど、そうしようかな」


 父ちゃんは本当に優しいな。

 その優しさが今の俺の心にしみる。

 だけど…そんな父ちゃんも……。


 誠也は覚えている。両親の葬式をしたことを。


 あの時の悲しみは、今でも忘れられなかった。


 だけど……またこうして両親と話すことができて、誠也は嬉しかった。

 そして彼が一番嬉しかったのは……幼馴染と再会できたことだ。


「本当に大丈夫?遊園地はまた今度にする?」

「遊園地?」


 聖火の言葉に、誠也は首を傾げる。


 いったい何のことだ?と思っていると、圭が説明する。


「この前、誠也が抽選で当てた遊園地のチケット。それで僕たち家族と聖ちゃんの四人で遊園地に行こうって約束したんだよ。もしかして忘れてた?」

「え?あ~ごめん。今、思い出した」


 誠也は頭を掻きながら、誤魔化す。

 やっべー……そういえばそんなことあったような。


「記憶力が高いお前が忘れるなんて珍しいな」


 結衣の言う通り、誠也は記憶力が高いほうだ。

 だがその記憶力の高さのせいで、滅びた故郷と死んだ大切な人たちのことが忘れられず、毎日……誠也は苦しい思いをしていた。


「ごめん、母ちゃん」

「謝ることはない。ほら、さっさと飯を食って準備しな」

「うん」


 誠也は椅子に座って、父が作った直食を食べることにした。

 美味しそう。いい匂いだと思いながら、彼は両手を合わせる。


「いただきます」


 誠也は綺麗に焼かれた目玉焼きを口に入れる。


 プルプルとした白身の食感とトロ~とした半熟の黄身の濃厚さがたまらない。


「はむっ」


 今度はホカホカの白米を口に運ぶ。

 温かくて、少し甘い。


「うまい……」


 次に食べたのはあさりの味噌汁。

 さっぱりとした味わいが最高。


 おいしい……懐かしい味だ。ずっとコンビニ弁当しか食べなかったから余計に美味しく感じるな。


 そう思いながら、誠也はよく味わって食べる。


「ごちそうさま」


 五分後、誠也は朝食を食べ終えた。

 そんな息子の姿を見て、圭と結衣はポカーンと呆然とした。


「誠也……こんなに早く食べてたっけ?」

「いや、いつもならもっと時間が掛かっていたが」


 誠也は食べるのは遅いほうだ。

 だが久しぶりの父の料理があまりにも美味しすぎて、すぐに食べ終えてしまった。


「美味しかったよ、父ちゃん」

「そ、そうか」

「じゃあ、俺……部屋に戻って準備してくる」

「あ、歯磨きを忘れずに」

「は~い」


 誠也は洗面所で歯磨きをして、部屋に向かった。


<>


「まさか死んで気が付いたら……過去に戻っているなんて」


 出かける準備をしながら、誠也は姿見鏡に映る自分を見る。


 今でも信じられない。

 こんなことが起きるなんて。

 まるでフィクションだ。

 モンスターに殺されて、気付いたら五歳の頃に戻っていて。

 そして家族と幼馴染と再会できて……。


 だがこれは現実だ。

 夢ではない。


「だけど……十年後には」


 今から十年後。誠也が暮らしていた家はモンスターの大群によって、跡形もなく壊される。

 そして……誠也の父と母、焔聖火は命を堕とす。


 ああ、ダメだ。

 両親と幼馴染が死んだ姿を思い出したら、手が震え始めた。

 呼吸が荒くなる。胸が苦しくなる。喉がヒリヒリする。


 誠也に苦痛と恐怖、悲しみが襲う。


「……いや、今はこのことは忘れよう。今だけは」


 頭を左右に振る誠也は深呼吸し、心を落ち着かせる。


 そうだ。今は忘れよう。

 父ちゃんも母ちゃんも幼馴染も生きている。

 生きているんだ。


 自分を落ち着かせた誠也は、財布が入った子供用リュックを背負って部屋を出た。


<>


 その後、誠也たちは車に乗って遊園地に向かう。

 父が運転し、助手席に母が乗り、後部座席に誠也と聖火が乗っていた。


「楽しみだね、誠くん」


 本当に楽しみで仕方ないのか、聖火は笑顔を浮かべていた。


 本当に可愛いな~。


 聖火の笑顔を見て、誠也は微笑む。


「遊園地に着いたらなにしたい?」

「ぜんぶ!」

「ぜんぶか~」


 聖火は体力がたくさんあるから、全てのアトラクションを制覇できるだろう。


「ねぇ誠くん?」

「なに?」

「さっき怖い夢を見たって言ってたけど……どんな夢を見たの?」


 誠也は一瞬、言葉が出なかった。


 どうしよう。タイムリープのことは話せないし……ここは誤魔化すか。


「実は大きなモンスターに襲われる―――」

「嘘だね」

「え?」


 聖火はニッコリと笑いながら、はっきりと言った。


「モンスターに襲われる夢を見たなんて嘘でしょ?」

「そ、それは……」

「教えてほしいな~。どんな夢を見たのか」


 聖火は可愛らしい笑顔を浮かべながら、顔を近づける。


 なんでだろう。

 なんか今の聖ちゃん……少し怖い。

 ここはタイムリープのことは話さず、少しだけ本当のことを言おう。


「じ、実は父ちゃんと母ちゃん、聖ちゃんが死んじゃう夢を見たんだ」

「そうなんだ~。死んだ理由は覚えてる?」

「えっと確か……モンスターの大群に襲われて」


 聖火は「ふ~ん、そうなんだ」と言って、目を細める。


「それなら少し修正が必要かな」


 誠也に聞こえない小さな声で、聖火はポツリと呟いた。


<>


 その後、誠也たちは無事に遊園地に到着した。

 日曜日だからか人が多い。

 カップルや親子、女子学生たちなどが特にいる。


 回転する大きなコーヒーカップ。

 薄暗い色で塗られた二階建てのお化け屋敷。

 グルグル回る巨大な観覧車。

 そして悲鳴が聞こえる高速ジェットコースター。


 あらゆるアトラクションがあり、聖火は瞳をキラキラと輝かせる。


「誠くん。早く乗ろう!」

「う、うん」


 聖火は誠也の手を引っ張り、遊園地の中を走った。


<>


 まず最初に乗ったのは、大きなコーヒーカップ。

 クルクルと回転し、少し誠也は目が回る。


 ちょ、回転……けっこう速い!


「あはは!楽しいね!」


 楽しそうに笑う聖火。

 そんな彼女の笑顔を見て、誠也は笑う。


「そうだね」


 確かに聖ちゃんと遊ぶと楽しい。

 だけど……ちょっと待って。

 このコーヒーカップ、回転が速すぎて……うっ、吐きそうかも。


 誠也は口に手を当てて、吐くのを耐える。

 しかし数分後、彼はトイレでおもいっきり吐いた。


<>


 次に行ったのはお化け屋敷。

 中は薄暗く、幾つもの不気味な日本人形が置かれており、墓まである。

 そんな場所を誠也と聖火は歩いていた。

 聖火はずっと身体を震わせており、誠也の右腕にしがみついていた。


 そういえば聖ちゃん……お化けとか要海とか昔っからダメだったな。


「せ、誠くん。離さないでね」

「離さないから、大丈夫だよ」

「ほ、本当?」


 涙目で誠也を見る聖火。


 あ、かわいい。涙目の聖ちゃんかわいい。


 誠也がそう思っていた時、天井から血塗れの白装束の女が突然現れた。


「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」


 悲鳴を上げる聖火は誠也に強く抱き付いた。

 ただ抱き付いたというより、誠也の首を絞めている。

 呼吸ができず、彼は苦しそうにする。


 い、息ができない!死ぬ!このままじゃあ、また死んじゃう!!


<>


「は~……死ぬかと思った」


 お化け屋敷を出た後、誠也はベンチに座り、休む。

 そんな息子を見て、結衣は呆れる。


「だらしないな。それでも男か」

「俺は母ちゃんと違って筋肉化物ゴリラじゃないんだだだだだだだいでででででででででででででで!!」


 結衣は誠也にアイアンクローを喰らわす。

 

 いたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!頭、頭が砕ける!!


「誰が筋肉化物ゴリラだって?」

「まぁまぁ結衣さん。それぐらいにして」

「ふん」


 圭のおかげで結衣のアイアンクローから誠也は解放された。


 ありがとう父ちゃん。あんたは天使だよ。怪力怪獣母ちゃんとは違う。


「今、私のことを怪力怪獣母ちゃんと思っただろう?」


 額に青筋を浮かべながら睨む結衣。

 誠也は彼女から目を逸らし、「いや、ぜんぜん」と答える。


 この人……人の心を読めるのか?


「はぁ……まぁいい。それよりそこでソフトクリームを食べないか?」


 結衣の指を指した方向には、ソフトクリーム屋があった。


 そういえば十数年ぐらいソフトクリームとか甘いもの……食べてなかったな。

 大切な人たちを亡くしてからは毎日、コンビニ弁当とインスタントラーメンしか食べてなかった。


「食べたい」

「聖火ちゃんは?」


 結衣が尋ねると、聖火は「食べたいです」と答えた。


「じゃあ、買ってくる」


 結衣はソフトクリーム屋で二つのソフトクリームを買い、誠也と聖火に渡す。


「ありがとう」


 誠也は久しぶりのソフトクリームを食べる。


 う~ん。おいしい。

 冷たくて、甘くて、ミルクの濃厚な味が最高。

 美味しいって感じるのってこんなに幸せなんだな。


「誠くん」

「なに?聖ちゃん」

「じっとしてて」


 なんだ?と思っている誠也の頬を、聖火は下で舐めた。


 え?なになに。今、なにされた?


 突然の事に誠也はソフトクリームを落してしまう。


「せ、聖ちゃん?」

「ソフトクリーム……ついてたよ」


 いたずらに成功したいたずらっ子のように聖火は笑う。

 誠也は俯き、顔を真っ赤に染める。

 二人の様子を見ていた結衣はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「お~お~。よかったな、誠也。かわいい女の子にペロリされて」

「うるさい、怪力ババア」

「おい、今なんつった」


 誠也はダッシュでその場から逃げた。

 そんな誠也を目を血走らせながら、結衣は追いかける。


 ギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!暴力反対!!


<>


「ハァ~遊んだね~」


 満足した表情を浮かべる聖火。

 そんな彼女の隣を歩いていた誠也は疲れ果てていた。


 せ、聖ちゃんってこんなに体力あったけ?

 いや……俺が体力ないのか。


 一日中、聖火と一緒に遊園地で遊んだ誠也はもう体力がほとんど残っていない。

 空はもうオレンジ色に染まっており、少し寒い風が流れていた。


「ありがとね、誠くん」

「え?」

「誠くんのおかげで、楽しかったよ!」


 満面な笑顔を浮かべる聖火。

 夕陽に照らされた彼女の笑顔を見て、誠也は胸が温かくなるのを感じた。

 

 どうして過去に戻れたか分からないけど……またこの笑顔が見れて本当に良かった。

 だけど十年後には……。


 俯いて、暗い表情をする誠也は思い出す。死んだ両親と幼馴染の姿を。


「いや……今なら間に合う」


 そうだ。今はまだ父ちゃんも、母ちゃんも、聖ちゃんも生きている。住んでいる街も無事だ。

 過去に戻れたなら変えられるかもしれない。

 助けられるかもしれない。

 守れるかもしれない!


 ギュッと拳を握り締め、誠也は瞳に強い意志を宿す。


 覚悟は決まった。

 もう誰も死なせない。

 失わせない。

 なにがなんでも守ってみせる。


「ねぇ……聖ちゃん」

「なに?」

「叶えたい夢ってある?」

「うん!あるよ。……誠くんには内緒だけど」

「……きっと叶うよ。今度は」


 聖ちゃんの夢がなんなのか、分からない。

 けれどその夢が叶えられるようにすることはできる。


 絶対に……お前を死なせない。

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