過去に戻った

 意識が暗闇に染まり、死んだと思っていた誠也。

 そんな彼の耳に、


「…いや……誠也」


 声が聞こえた。


(だ…れだ……俺を呼んでんのは……しかもこの声…どこかで)


 徐々に朦朧としていた誠也の意識がはっきりしていく。

 重たい瞼を開けると彼の視界に映ったのは、黒髪の女性の顔。

 その顔を見て、誠也は呼吸するのを忘れる。


「どうしたんだ?お化けを見たような顔をして」

「か……母ちゃん?」

「そうだよ。それ以外、誰に見えんのさ」


 誠也の視界に映っていたのは、筋肉質の肉体を持つ三十代の女性。

 彼女の名は創造結衣そうぞうゆい

 誠也の……実の母だ。


「迎えに……来てくれたの?」

「迎え?起こしに来たんだよ、お前。ほら、さっさと布団から出ろ。父ちゃんの飯が冷めちまうよ」

「父……ちゃん」

「寝ぼけているのか?仕方ない」


 ハァとため息を吐いた結衣は、誠也の身体を持ち上げた。


「え?え?」

「ほら、行くよ」


 突然の事に呆然としている誠也を脇に抱えて、結衣は移動する。

 なにがなんだか分からない誠也は運ばれている途中、壁に立て掛けられた姿見鏡を見て、驚愕する。

 

「嘘……だろ」


 姿見鏡に映っていたのは、結衣に抱えられた幼い黒髪黒眼の少年。

 どこにでもいるような平凡な少年。

 その少年は誠也がよく知っている人物だった。

 なぜなら、


(昔の……俺?)


 鏡に映っていたのは、五歳児の頃の自分の姿だった。


(なんで……なんで若返って)


 誠也は混乱した。

 コボルドに殺されたかと思えば、気が付いたら死んだはずの母親が生きていて、しかも自分は幼くなっていた。


「ほら、誠也。席に座りな」


 いつの間にかリビングに到着し、結衣は誠也を椅子に座らせた。

 机の上には目玉焼きとハムが乗った皿や温かそうなホカホカの白米、そして味噌汁とサラダが並べられていた。


「あ、誠也。やっと起きたんだね」


 そう言って近づいてきたのは、眼鏡を掛けた若い男性。

 身体は細長く、とても優しそうな顔をしていた。


「父…ちゃん」


 誠也はまたも驚愕した。

 だが彼が驚くのも無理はない。

 なぜなら死んだはずの父―――創造圭そうぞうけいが目の前にいるのだから。


「どうしたの、誠也?そんな驚いた顔をして」

「え?あ、いや」

「早く食べないとあの子が来ちゃうよ?」

「あの子?」


 誰のことだ?と誠也が思ったその時、リビングにピンポーンと音が鳴り響いた。


「どうやら来たみたいだな」


 そう言って結衣はリビングから玄関に向かった。


(夢……でも見ているのか?)


 誠也は自分の頬を強く指でつねった。

 するとつねったところから痛みを感じた。


(痛い……じゃあこれは…現実!?)


 どういうわけか自分が過去に戻ったことをようやく理解した誠也は心の底から驚いた。

 死んで過去に戻るのは、アニメやライトノベルではよくある展開。

 だが自分がタイムリープするなど誠也は思わなかった。


(ちょっと待って…過去に戻ったのならあの子も!)


 誠也がそう思った時、


(あ!誠くん。おはよう!)


 少女の声が聞こえた。


(この…声は…)


 目を大きく見開きながら、誠也は声が聞こえた方向に視線を向ける。

 視線の先にいたのは、赤い髪をポニーテイルに結んだ女の子。

 耳は細長く尖っており、瞳はルビーのように赤く美しい。


「どうしたの?ボーとして」


 誠也は知っている。目の前にいる女の子を。


「せ…聖ちゃん……」


 女の子の名は焔聖火。

 近所に住む誠也の幼馴染だ。


「聖…ちゃん……」


 誠也は聖火の両肩を掴む。


「ど、どうしたの誠くん?」

「……てる」

「え?」

「生きてる…父ちゃんも…母ちゃんも……聖ちゃんも……!」


 床に両膝をつけ、涙を流す誠也。

 突然泣き出した彼を見て、聖火だけでなく結衣も圭も驚く。


「どうしたの、誠くん!?」

「どこか痛むのか?」

「大丈夫?」


 心配な表情を浮かべて、問い掛ける幼馴染と両親。


「ごめん…すっごく……すっごく怖い夢を見ちゃって……」


 なぜ過去に戻ったのか……誠也には分からなかった。

 だが一つだけ言えることは、




 また……三人に会えて、本当に良かった。

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