過去に戻った

 ああ、暗い……なにも見えない。

 これが死か。これがあの世か。

 ダメだ。ぼんやりして、頭が働かない。


 コボルドに殺され、命を堕とした誠也。

 このまま消えるのかと思っていた時……声が聞こえた。


「…いや…誠也」


 誰だ?俺を呼んでいる?

 しかもこの声……どこかで聞いたことがある。

 懐かしい……。

 ああ…そうだ。この声……母ちゃんの声とそっくりだ。


 徐々に朦朧としていた誠也の意識がはっきりしていく。

 重たい瞼を開けると彼の視界に映ったのは、一人の女性。

 黒い瞳と短い黒髪。

 ボディービルダーなみの大きな筋肉質の身体。

 歳は三十代ぐらいだろう。


「え……」


 女性の顔を見て、誠也は呼吸するのを忘れた。


 嘘だ。ありえない。

 だってこの人は、


「どうしたんだ?お化けを見たような顔をして」

「か……母ちゃん?」

「そうだよ。それ以外、誰に見えんのさ?」


 誠也の視界に映っている女性は、創造結衣そうぞうゆい

 誠也の……実の母。

 そして……死んだ人だ。


「迎えに……来てくれたの?」


 そうとしか考えられなかった。

 ここは天国か?

 だから目の前に母がいるのか?

 死んだ俺を迎えに来てくれたのか?


 混乱する誠也。

 そんな彼を見て、結衣は首を傾げる。


「迎え?起こしに来たんだよ、お前を。ほら、さっさと布団から出ろ」

「布団?」


 結衣に言われて、誠也は自分が布団の中にいる事に気が付く。


 あれ?なんで布団の中にいるんだ?

 というかこの部屋……どこかで。


 誠也は今、自分がいる部屋に見覚えがあった。

 木材で作られた天井。

 落書きされた壁。

 おもちゃがたくさん入っている箱。

 絵本が収納された小さな本棚。

 そしてオシャレな姿見鏡。


「え?」


 姿見鏡を見て、誠也は驚いた。

 鏡に映し出されたのは、三十代のおっさんではなく……パジャマ姿の幼い少年だった。

 しかもその少年は……誠也の五歳児の頃とそっくり。


 な、なんで……鏡に映っているのが昔の俺なんだ?

 どうして?どうして?どうして!?

 まさか……若返っているのか!?


 誠也は自分の手足を見たり、触ったりする。ついでに自分のあそこも見る。

 手も足も……そして男のアレも小さい。

 鏡に映っている黒髪黒眼の幼い少年も、誠也の動きに合わせて動く。


「嘘……だろ」


 誠也は自分が子供に戻っていることに……そして自分のアレが小さくなっていることに、呆然とした。

 そんな彼を見て、結衣はハァとため息を吐く。


「寝ぼけているのか?仕方ない」


 結衣は誠也を持ち上げ、脇に抱えた。


「え?え?」

「ほら行くよ」


 呆然としている誠也はいつのまにかリビングに運ばれ、子供用の椅子に座らせられた。

 木製の机の上には目玉焼きとハムが乗った皿やホカホカの白米が入った茶碗、そしていい匂いがする味噌汁とサラダが並べられていた。

 普通にうまそうだなと誠也が思っていると、


「あ、誠也。やっと起きたんだね」


 男の声が聞こえた。

 声が聞こえた方向に視線を向けると、そこには眼鏡を掛けた若い男性がいた。

 茶色の瞳に茶色の髪。

 身体は細長く、優しそうなタレ目をしていた。


「父…ちゃん」


 誠也はまたも驚愕した。

 だが彼が驚くのも無理はない。

 なぜなら死んだはずの父―――創造圭そうぞうけいがいるのだから。


「なんで…どうして」


 ありえない。

 父ちゃんも母ちゃんも死んだはず。

 なのになんで目の前にいるんだ?

 本当にここは天国か何かなのか?

 というかここ……昔、俺が住んでいた家のリビングにそっくり。


「どうしたの、誠也?そんな驚いた顔をして。早く食べないとあの子が来ちゃうよ」

「あ……いや」


 どう反応すればいいか、分からなかった。

 死んだはずの両親が目の前にいる。

 むしろ驚かない方が無理だ。

 まさか夢か?


「痛い……」


 誠也は自分の頬を指で抓ったが、普通に痛みを感じた。

 それはつまり……今、起きていることは現実だということ。


「でもなんで……まさかこれって……タイムリープしたのか?」


 死んで過去に戻るのは、アニメやライトノベルではよくある展開。

 でもまさか自分がタイムリープするとは予想外。

 しかも見た感じ五歳児。どうしよう……。


 本気でどうしようか誠也が悩んでいると、


 ピンポーン!


 インターフォンの音がリビングに鳴り響いた。


「どうやら来たみたいだな」


 そう言って結衣は玄関に向かった。


「タイムリープって本当にあるんだな」


 信じられないが信じるしかない。

 今の自分は本当にタイムリープしたのだと。


「だいぶ昔に戻ってきたみたいだな……いや、ちょっと待て。過去に戻ったなら」


 過去に戻った。

 それはつまり……も生きているということ。

 もしそうなら、会いたい。あの子に!


「あ!誠くん。おはよう」


 今すぐにあの子に会いに行こうと誠也が思っていた時、少女の声が聞こえた。


 知っている。この声を。

 忘れるはずがない。この声を。

 だって……この声は!


 目を大きく見開きながら、誠也は声が聞こえた方向に視線を向ける。


「どうしたの?ボーとして」


 視線の先にいたのは、細長く尖った耳を生やした幼い女の子。

 ポニーテイルに結んだ炎の如く赤い髪。

 ルビーのような赤い瞳。

 そして太陽のような明るい笑顔。


 ああ。知っている。知らないはずがない。

 目の前にいる女の子が誰なのか……俺は知っている。


「聖ちゃん……」


 目の前にいる女の子の名は焔聖火。

 近所に住む誠也の幼馴染。

 そして死んだはずの……大切な人。


「聖…ちゃん……」


 椅子から降りた誠也は、聖火に近づいた。


 生きてる。

 死んだはずの好きな子が……俺の目の前で生きている。


「ど、どうしたの誠くん?」


 心配そうな表情を浮かべながら、聖火は誠也に顔を近づける。


 ああ、本物だ。

 今、目の前にいる女の子は……俺が好きだった女の子―――焔聖火だ。

 見間違いじゃない。

 偽物にしては、できすぎている。


「…てる」

「え?」

「生きてる……父ちゃんも……母ちゃんも……聖ちゃんも……!」


 感情が溢れ出し、誠也は瞳から涙を流す。


 ああ、だめだ。涙が止まらないや。


「どうしたの、誠くん!?」

「どこか痛むのか?」

「大丈夫?」


 泣き出した誠也を見て、心配する幼馴染と両親。


「ごめん……すっごく……すっごく怖い夢を見ちゃって……」


 なぜ過去に戻ったのか…俺にはよく分からない。

 だが一つだけ言えるのは、




 また……三人に会えて、本当に良かった。


「……よしよし」


 涙を流す誠也を、聖火は抱き締める。

 そして彼の頭を優しく撫で始めた。


「聖ちゃん?」

「いっぱい泣いていいよ……誠くん。泣き止むまで、傍にいてあげる」


 聖火の優しい言葉を聞いて、誠也の中にあったなにかが崩れた。


「あ…あああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 号泣する誠也。

 そんな彼に聖火は優しい声で言う。


「大丈夫……私はここにいるよ」


 瞳を黒く染めながら。

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