近くのコンビニでお線香と花束を買った誠也は墓地にやってきた。

 墓参りだ。


「遅くなってごめんね。父ちゃん、母ちゃん」


 創造家と刻まれた墓に花を添え、線香を焚き、合掌する誠也。

 彼は両親が眠る墓に話しかける。


「前も話したと思うけど、俺さ……今、鍛冶師として頑張ってるんだ」


 誠也の仕事は武器や防具を作る鍛冶師。

 この世にはモンスターという凶悪で危険な生物が存在する。

 そんなモンスターを倒す武器を作るのが鍛冶師だ。


「二人のようにうまくいかないけど……良い武具や防具を作れるようになってそこそこ稼げているんだ」


 誠也の両親も鍛冶師だった。

 特に母親は一流の鍛冶師で、彼女の作った武具や防具はどれも一級品。

 剣一本で何億も売れる時もあった。

 そして父も強力な武具や防具を作る天才鍛冶師だった。

 二人は誠也にとって憧れだった。

 だが両親はもういない。

 そう思うと……誠也は胸が苦しくなるのを感じた。


「大変だけど頑張って生きるよ」


 嘘だ。本当はこれ以上、生きたくない。

 だけど自殺する勇気はない。

 だから……仕方なく生きる。

 それが誠也の本当の気持ち。


「じゃあ……また来る」


 そう言って誠也は両親が眠る墓から離れ、別の墓に向かう。

 五分ぐらい歩いた彼はとある墓の前で足を止める。


 その墓には誠也の幼馴染―――焔聖火ほむらせいかとその家族が眠っている。


「やぁ……また来たよ。聖ちゃん」


 眉を八の字にして、墓を見つめる誠也。


 ああ、まただ。

 また泣きそうになる。

 ここに来るといつも胸が苦しくなり、悲しくなる。


 誠也は涙を流さないようにぐっと堪えながら、花束を添え、線香を焚く。


「もう十七年が経ったちゃったな、あの日から。……もう俺、三十二歳のおっさんになっちゃったよ」


 彼女の墓を目にした刹那、懐かしい思い出が溢れ出す。まるで、楽しかった日々を回想するかのように……。


 彼は思い出す。炎のような赤い髪を伸ばした幼馴染を。

        ルビーのような赤い瞳を持つ幼馴染を。

        細長く尖った耳を伸ばした大切な人を。

        太陽のように明るい笑顔を浮かべた好きな女の子の姿を。


 そして、頭から血を流して死んでいた焔聖火の姿を……。


「今日も昔の夢を見たよ…本当、最悪……なんで…俺だけが生き残ったんだろうな」


 誠也は悲しそうに顔を歪めながら、唇を噛む。


 今から十七年前。

 誠也が十五歳の時、モンスターの大群によって彼の故郷は滅ぼされた。

 誠也は別の街に行って遊んでいたおかげで命は助かった。

 だが助かったのは命だけ。

 それ以外のものは……すべて失った。


「なんで陰キャラの俺が生き残ったんだろうな」


 後悔していた。

 自分だけが生き残ったことを。

 後悔していた。

 自分もみんなと死ななかったことを。

 後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔して後悔している。


 そして許せなかった。今も自分が生きていることに。


「なんで……家も、両親も、幼馴染も失わなくちゃいけないんだろうな」


 肩を震わせながら、瞳からポタポタと涙を零す誠也。

 彼は幼馴染が眠る墓にそっと手を当てる。


「なぁ……教えてくれよ。聖ちゃん」

 

 誠也は思い出す。楽しかったあの時を。


<>


 十七年前。

 学校の全ての授業が終わり、放課後。

 夕陽に照らされた歩道を制服を着た少年と少女は歩いていた。


「ああ……今日も疲れたな~」


 ため息を吐きながら少年—――創造誠也はスマホで漫画を読もうとした。

 だが彼のスマホを少女—――焔聖火は取り上げる。

 頬を膨らませて、怒ってますよアピールしながら、聖火は注意する。


「こら、せいくん!歩きスマホは禁止!危ないよ」

「ちょっとぐらいいいだろう」

「ダーメ―でーす!」

「……分かったよ」


 またため息を吐く誠也。

 彼は隣を歩く少女を見て、思う。

 やっぱり美人だなと。


 本当……美少女エルフって感じだな。


 焔聖火。 

 長命種族エルフの少女であり、誠也の幼馴染。

 容姿端麗、成績優秀。

 男や女、色んな種族からも愛され、多くの友達がいる。

 とても明るく、元気な女の子。


 それに比べて誠也は凡人。

 これと言った特徴はない。

 友達も聖火しかいない。

 得意なことがあるとすれば、少し器用なところのみ。


「なぁ……聖ちゃん」

「なに?」

「俺と一緒に帰る必要はないんじゃないか?」

「なんで?」

「いや…お前は友達が多いんだしそいつらと一緒に帰ればいいじゃんか。俺みたいな陰キャラと一緒にいると変な噂が」

「別にいいよ。だって……誠くんの隣が一番…落ち着くんだ」


 夕陽に照らされた聖火の笑顔は、とても眩しかった。


「まったく……可愛い笑顔で言うなよな」


 頬を赤く染めた誠也は顔を逸らす。


「ねぇ、誠くん」

「なに?」

「これからも私の隣にいてよ」

「いや…無理だろ?俺、人間だし」


 人間とエルフでは寿命が違う。

 人間は長くても百年しか生きられない。

 だがエルフは数百年まで生きることができる。しかも見た目は若いままで。

 だから聖火とは長く一緒にいることは、不可能だった。


「大丈夫……そこは私がなんとかするから。それに……」


 聖火は目を細め、怖い笑みを浮かべながらポツリと呟く。


「絶対に……離さないから」


 誠也はゾクッと寒気を感じた。

 一瞬、目の前にいる少女が悪魔の如く恐ろしいと思ってしまったのだ。

 誠也は目を擦り、幼馴染を見る。


「ん?どうしたの?」


 聖火は普通の笑顔を浮かべていた。


「いや……なんでもない」


 気のせいかと思いながら、誠也は家に向かう。


「あ、誠くん。今日も遊びに行ってもいい?」

「また?まぁ……いいけどさ」

「やった!」


 嬉しそうに笑う聖火。

 そんな彼女の笑顔が……誠也は好きだった。


<>


「こんな思いをするぐらいなら……俺もあの時、死ねばよかった」


 戻りたい。あの時に……昔に。

 また会いたい。両親に……幼馴染に。

 分かっている。もう無理なのだと。死んだ人は生き返らないと。


 だけど誠也は……願わずにはいられなかった。


「やり直したい……」


 誠也がそう言ったその時、


「グガアアァァァァァァァァァァァァ!!」


 耳を塞ぎたくなるような獣の咆哮が聞こえた。

 驚いた表情で浮かべた誠也は、咆哮が聞こえた方向に視線を向ける。


「あれは……」


 彼の視界に映っていたのは、いくつもの建物が破壊し、人々を襲うモンスターの姿。


 棍棒で人の頭を殴る豚顔の人型モンスター。

 人の血肉を喰らう大きなトカゲ型モンスター。


 多くの人達の命が奪われる光景を見た誠也は、慌てて駐車場に向かって走った。


「急いで逃げないと!」


 こっちにもモンスターが来るかもしれないと思った誠也は、全力で走る。

 駐車場に到着した彼は急いで車に乗り込もうとした。

 だがその時、鋭い矢が誠也の足に突き刺さる。


「ぐあっ!?」


 地面に倒れ、痛みで顔を歪める誠也。

 そんな彼に、弓矢を持った犬顔の人型モンスターが近づいてきた。


「コボルドか!クソッ」


 誠也は何とか逃げようとした。

 だが彼は、


「やめよ……どうせこの足じゃ逃げられないし、これ以上……生きても仕方ない」


 生きるのを諦めた。


 もう疲れた。

 友達もいない。

 帰りを待ってくれる人もいない。

 自分が死んで悲しむ人はいない。

 もうこれ以上、生きる気力もない。 

 

「つっまんねぇ~人生だった」


 車にもたれかかり、誠也はため息を吐く。


 本当につまらない人生だった。

 仕事をして、飯を食べて、寝る。

 それを繰り返すだけの人生。

 果たしてこれは生きているというのだろうか。


「さっさと殺せよ、クソ犬。こっちはもう生きるの疲れたんだ」


 誠也の言葉を理解したのか、コボルドは弓矢を地面に置いて、腰に差していた短剣を抜く。

 そしてコボルドは……短剣を誠也の首に突き刺した。

 短剣が刺さったところが熱く感じ、とても痛い。


「ガハッ」


 口から血を吐いた誠也は、笑みを浮かべる。


 ああ、これで死ねる。これで……みんなに会える。

 父ちゃん、母ちゃん……聖ちゃん。俺、頑張って生きたよな?もう……休んでいいよな?


「本当…つまん…ねぇ……人生だっ…た…な」


 誠也の意識が徐々に朦朧としていく。


「聖…ちゃ…ん。また…もう…一度だけ……君に…会い…た……い……」


 彼はゆっくりと瞼を閉じて、意識を手放した。











「ようやく死んでくれた。これで……またやり直せる♡」

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