第146話 白い何か
□新宿ダンジョン183層 (水崎詩織)
「止めだ!」
フランが魔力を込めて剣を振る。
それを受けて、怒りで暴走状態になった見たこともないくらい巨大で俊敏で真黒で凶悪な魔力に覆われたミノタウロスが倒れていく。
強敵だったが無事、倒せたようだ。
ドロップアイテムは……なんだろうあれ。よくわからないが……
「なによこれ」
レファが拾った。
「それ、ブラックバーンミノタウロスの睾丸だって」
「いやっ!」
鑑定したであろう夢乃の声を聞いたレファが嫌そうな顔でそれを放り投げる。
そんなドロップいらないけど、レファは今さらそんな乙女ぶらなくても……。
「せっかくのドロップアイテムで料理にでもして食べたら力がつくかもしれないのに……」
私が呟くと、それがトリガーになってしまった。
「いやよ。あんなの食べたくない!」
「レファなら行けるだろ」
「もし食べるならレファよね」
「……みんな……」
「ちょっと酷くない!?」
姫乃以外のレファへの扱いはいつもこんなものよね。
「もぐもぐ」
しかしロゼリアがレファが投げ捨てた睾丸を拾って……
「ん?」
うん、なにも見なかった。私はなにも見ていない。うん、見てない。
私たちはフラン、姫乃、夢乃、レファ、私、そしてロゼリアのチームで探索を進めている。
1層1層の戦いが厳しいからもう少し、なんてまだまだ言えないけど、着実に200層に向かって歩んでいる。
空が止まった地上ではいつなんどき事件が起きるかわからない。
でも焦るわけにもいかない。
冷静に、着実に、それでいて可能な限り早く進んで行きたい。
経験も積んだ私たちはそうそう焦ったりはしないけど、それでも心は急いでしまう。
今は無理やり落ち着けて回復をしているところ。
次の層に入ると、さっそく目が血走った紫色のゴブリンに囲まれる。
視界を埋め尽くすほどの群れ……。
「みんな散会!クイック、プロテクト、ブースト」
「軍団系スキル全部掛け! アーンド、掃射!!!!!!」
「マイティガード!!!」
「"斬"」
「ヘブンズバスター!」
「ダークフューネラル!」
もし物語とかだったら貞操の危機でも感じるんだろうか?
この世界のゴブリンさんはただただ殴りかかってくるだけだから、こちらも力で押し返す。
視認と同時に全員が魔法やスキルや斬撃を放ち、防御を張り巡らせる。
レファだけ、モンスターよりもモンスターっぽい魔法を使っているし、どこから持ってきたのか夢乃がマシンガンみたいなのを撃ちまくってるけど、あんまり効果はない。
私たちの武器は聖具に固定されつつある。
フランは"剣"、私が"冠"、姫乃が"盾"、夢乃が"杯"、レファが"本"、ロゼリアが"杖"だ。
他にも鞭とか棒、鎧なんかがあったらしいけど、それは行方不明だ。
聖具はとても便利。
剣や杖や盾は理解しやすいと思うけど、他のもね。
杯は周囲や相手の魔力を吸ってチームメンバーに補充してくれる。本は書かれている魔法やスキルを統べて使える上に敵に有効なものを教えてくれる。冠は心を落ち着けて道を示し、魔力を与えてくれるし、回復もしてくれる。
きっともう聖具なしでは数ランクレベルが落ちるくらいには、聖具に頼っている。
聖具もそれに答えてくれる気がする。補助や攻撃の効果が以前より上がっているのを感じるわ。
きっと成長しているのね。
持っているとたまに魔力を少し吸われている気がするから。
そんな感じで私たちは聖具と一緒に成長しながら探索を進めていた。
しかし、周囲を囲んでいる無数のゴブリンをほぼ倒しきったころになって、それは現れた。
白い何か……。
はじめは何かわからないけど多量の魔力を持った存在を感知した。
それがゆっくりと近付いて来るのがわかり、目を凝らしたらようやく見えた。
丘のようになっている場所をゆっくり進んでくる白い点のようなもの。
少しずつ大きくなっていくから、こっちに向かってきているのは間違いない。
「なにあれ?」
レファが素っ頓狂な声を放ち、みんなも気付いた。
この時点で私の意識はこの白い何かに固定されていた。
いや、既に意識は飲まれていたのかもしれない。
「あれは……みんな逃げるよ!」
そしてレファの声で白い何かに気付いたロゼリアが警告の声をあげる。
明かにモンスターではない何かに、モンスターのロゼリアだからこそ違和感を持ったんだろう。
私たちが進む方向からやって来たモンスターではない何かに。
ここはダンジョンで、モンスターと探索者以外がいるのはおかしいんだから。
そして私たちは逃走を始める……いや、始めようとした。
しかし足を動かそうにも動かなかった。
見渡せば誰も動いていない。
みんな白い何かの方を向いて固まっている。
いや、震えている?
"冠"のおかげか冷静さを失っていない私は自分の状況を観察する。
腕や足が震えている。
これは恐怖なのだろうか。
改めて見ると他のメンバーは全員恐怖に飲まれているかのような固くひきつった表情をしていた。
これはまずいわね。
私たちはそのままその白い何かが近づいて来るのを眺めていることしかできなかった。
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