第147話 誘拐

「……フム……人カ? 魔物モ混ジッテイルノカ……」

「……」


その白い何かはゆっくりと私たちの前まで来ると、歩みを止め、語り掛けて来た。

襲い掛かってくるんじゃなくて言葉を投げかけてくるなんて、理性的な何かなの?


混乱しそうになる心を落ち着け、回答しようとする……が口が動かない。

白い何かのプレッシャーが強すぎて喋れない。


「アァ、スマヌナ。ドウダ? 話セルカ?」

そこにいるのはわかるけど、顔も体も手も足も認識できないけど、放出している魔力を弱めてくれたみたいだ。

白いのにその魔力は刺々しい。

見つめているだけで暴力に晒されているかのような感覚になる。

 

「はっ、はい。話せます。私たちは人間とヴァンパイアです」

そんなプレッシャーがなくなり楽になったので答える。

白い何かは人型のように見える。けど、目を凝らしてもやはり間近にいるはずなのに顔は認識できず、表情も読み取れない。


「人ト魔物カ。ナルホド。ソコマデ進ンダノカ」

「進んだとは?」

その言葉の中に何かを憂うような意図を感じてつい聞き返してしまった。


「恐ラクハ迷宮ガマタ異ナル世界トツナガッタノダロウ。ソコニ住ム者ヲ巻キ込ムタメニ。ソレガ君タチノ世界ナノダロウ」

「そうだと思います。30年ほど前に私たちの世界にダンジョンが現れました」

姿も表情も見えないから意図も読めないが、どうやら疑問に答えてくれるらしい。

 

「ツナガッタ世界ハ時間ノ経過ニヨッテ浸食サレテイク。魔物ト交ワルトイウコトハ、君タチノ世界ハ既二迷宮トノツナガリガ強マッテイル。世界ガ交ワリ、魔物ガ交ワリ、ヤガテハ世界自体ガ交ワル。ソレヲ進ンダト表シタ」

「なるほど」

ダンジョンには段階があるということね。

そしてその段階……今の地球で起こっている現象はこの白い何かさんには既知のものなんだろう。


「私たちの世界はどうなるの?」

「消エル。イヤ、迷宮ニ飲ミ込マレル」

「えっ?」

明確な答えは期待してなかったのに、ストレートに衝撃的な回答が即座に帰って来た。

そこはもうちょっとオブラートに包んでもらえたらとも思うけども……。


「迷宮トツナガッタ世界ハ必ズ迷宮ト同化シ、飲ミ込マレル。ソシテ迷宮ノ一部ニナル。ソノ果テハ消滅ダ」

驚いても仕方ないのはわかっているが、表情が歪むのを止められない。

実際に頭のどこかで意識はしていたし、覚悟はしていたことだ。

師匠せんせいはずっと地球が滅ぶって警告し続けていたわけだし、異世界に行って、ジュラーディスというさらに異界の出身者にも会ったのだから。


この不思議な白い何かさんは味方なのだろうか?

よくわからない。

敵だとしたら、なぜこんなことを私たちに教えてくれるのかわからない。


覚悟して教えてもらえることを聞こう。

そう思って質問を続ける。

 

「地球が消えるの? その迷宮ごと滅ぶの?」

「従来デアレバ、ソノ地球トヤラガマズ先ニ滅ブ。迷宮ニ飲ミ込マレ、迷宮ノ力デ切リ刻マレテバラバラニナリ、迷宮ノ一部ニ再編サレルノダ」

「従来?」

しかし、白い何かさんの回答が突然不明瞭になった。

なにか思い悩むかのように頭と思われる部分が傾き、そこに手のようなものが添えられる。

そこにいることはわかるのに、相変わらず視認できない白い何か……。


「我ガ放タレタコトガオカシイ。違和感ガアル。ナゼ我ハココニイルノカ? 我ハ床デ眠ッタハズダ。モウ二度ト出ルコトハナイト思ッテイタノニ」

そしてそのまま自問し始めた。


震えるほどの恐怖を振りまきながらこちらを害するつもりはないらしい。

むしろ想定外にダンジョンに解き放たれて、ただ彷徨っていただけ?


そもそもこの白い何かさんも迷宮に取り込まれたの?

だとしたらあのお爺さんのこととか知っているのかしら?


「前にジュラーディスと言うモンスターさんに出会いました。彼は迷宮神を倒す方法を探し続けていたと聞きましたが、ご存じですか?」

「知ラヌ。我ハ迷宮ニ囚ワレタ世界ヲ何一ツトシテ知ラヌ。ニモ関ワラズ知識ダケガアル。オカシイ。コンナコトハアリ得ナイ。ナゼ取リ込マレタ我ガ自我ヲ保ッテイルノカ?」

自問を深めているみたいだ。

両腕のようなもので頭を抱えている。


しばらくして、ふとその白い何かさんが頭のような部位を持ち上げた。

 

「コノ出会イニモ意味ガアルノカモシレン。懐カシキ匂イ」

いや、そんな運命は欲していないのでお断りしたいです。私は師匠せんせいがいればいいので。


「詩織!」

「えっ?」

フランの声が聞こえた気がしたけど、私の視界は真っ白になった。



その光が晴れると、目の前にはもう白い何かはいなかった。


私の周りでは唖然とした表情で固まるメンバーたち。


まずは無事だったことを喜ぼう。

あの白い何かの魔力を認識した時にはまずいと思った。

率直に言って死を覚悟するほどに恐怖を振りまいていた。


そこから無傷で脱した。

はっきりとはわからないが、情報も得られた。


帰って湊会長に報告すべきだろう。


「帰りましょう……」

私はそうみんなに声をかけるが、気付いた。

一人足りないことに。


「姫乃? いやっ、どこ? 姫乃?」

夢乃が取り乱した声を出す。




あの白い何かは、なぜか姫乃だけを攫っていったのだった。

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