第110話 名残り惜しいけどバイバイだ!

『うわ~ん、ヴェルトがいじめる~』

「はっ?」

なんでだよ。魔法撃ってきたのはお前の方だろ?って、なんで詩織は"思念"のやつをなでなでしてるんだよ。


「体の一部を分け与えたのに『まずい』って言われる"思念"さんが可哀そうで」

まぁ、確かに。それはわかる。なんというか食われ損だ。

試練を与えていると言えばそうかもしれないし、実際に強くなるから障壁みたいなもんだけど、本人からしてみれば酷い話だろう。


だからと言って挑まれた戦いで負けるわけにはいかないんだ。


これは俺や五神たちとの……そう、プライドの問題だ。もしここで負けてみろ?"思念"は五神全員に自慢するだろう。自分はヴェルトに勝ったと。


そんなことになったら最悪だ。もし次に出会うことがあれば、"奇怪な獣"も"不浄の化身"も"見えない竜”も"彷徨う影"も、全員が負けじと挑んでくるだろう。どう考えてもめんどくさい。


それに悔しい。


悔しさを味わうべきは、俺じゃなくて他の全員なんだ!?



ということで、"思念"が対応しきれないくらいの魔法を投げつけて消滅寸前まで追いつめてから回復させてやったらようやく収まった。



 

魔王城の連中はみんなひっこんでしまった。


イルデグラスと俺の戦闘を見ていたやつらは、俺と"思念"の戦いが始まるとみんなどこかにいってしまったんだ。

そもそも四天王や強そうな大鬼はイルデグラスを介抱しに行ってしまったし、魔王城の中にいるのにぽつんと詩織とレファと佇んでるってどうなんだ?


「一応だけど無事そうで良かったわ」

そしてこういう時に空気を読まずにとりあえずバカなことでも発言してくれるやつがいるっていいよな。バカだけど。


「一応?」

「あっ、その……」

どう考えても拗ねてる詩織に松明を突っ込むような無遠慮な発言をするとは。ご愁傷様。


「1か月、楽しそうだったもんね……。私、ずっとここにいたのに……。レファを庇ったばっかりに」

「ごめん、詩織!ねっ、許して?全部あのイルデグラスっていう魔王と、そこのくそリッチのせいだからね!私悪くないよ。ねっ、許そ!」

清々しいまでの他責思考だな。これはお仕置きが必要だ。


だが、まぁ、確かに今は詩織に優しくしてやるところだな。

さすがに放って置きすぎたか。


師匠せんせい?」

「悪かったな。ついお前なら大丈夫だと思ってしまってな」

「うっ、その言い方は……ズルいですよ?」

「すまんすまん。今日は一緒に休もう」

「はい……」

「確か風呂はこっちだったな。一緒に行こう」

「はい♡……むぅ~なんで全部知ってるんですか?」

「そりゃあほぼ住んでたようなものだし」

「"思念"さんが言ってた女の人たちとですか?」

「違うよ。あれは別の場所で、ここにはアルトノルンと……って、あっ……」

師匠せんせい?」



嫉妬したり、拗ねたり、怒ったりと大変だった詩織との夜の勝負は俺の負けらしかった。



「行ってしまわれるのか、アルトノルン様」

「もう、その名前で呼ばないでって言ったよね?私は残念ながら前世の記憶は持ってなくて、綾瀬レファでしかないの」

「すみません。今後はやめます」

朝起きると魔王城の侍従たちに促されて広間に通されたそこで、イルデグラスとレファが話をしていた。


アルトノルンに対する未練があるイルデグラスと、アルトノルンの記憶を一切持たないレファでは会話はかみ合わないだろう。


聞いてみたら昨晩は一晩中話していたらしい。それでようやくイルデグラスは納得したらしい。


「すまなかった」

そうしてイルデグラスが謝って来た。主に詩織に……。


「既に謝ってもらっていましたし、私の修行もさせてもらったので……」

「そうだ。詩織じゃなくて俺に謝れ!」

師匠せんせい?」

くっ……。そんな可愛い顔で見つめられると強く出られないな。


「まぁ、それもこれも全てあのジュラーディスのクソ野郎のせいだな。ってことで、戻ったら今度こそぶちのめそう」

「そんなに強い奴がいるのか?」

話しを変えようとした俺の宣言に乗ってきたのはイルデグラスだ。脳筋の魔王としては強い奴は気になるんだろう。


「強いのは強いな。負け越してるし……。だが、加護も手に入れた今、畏れるものはないな」

「そのまま迷宮神に挑むの?」

「それは考えどころだな。正直に言って単独で勝てる気が全くしない。お前ら全員もっと強くなってもらって、パーティー戦とかを考えるしかないのかもな」

あの日遭遇した迷宮神は生半可な力じゃなかった。


アレに勝てるってどんな状態なのか、想像がつかない。つまり想定ができない。


「それほどか。でもそれに勝てないとこの世界も滅ぶんだろう?」

「あぁそうだ。つながってしまってるからな」

「では、我々も努力するとしよう。人間には今目ぼしい奴がいないが、五神には声をかけておく。ダンジョンに挑めばいいんだろう?」

「あぁそうだ」

あとどれくらいの時間が残っているのかはわからないが、こいつらや五神が味方してくれるなら戦力になるかもしれない。




そんなわけで、詩織を取り戻し、目標にしていた加護も取得し、聖具も……


「そう言えば、"冠"を知らないか?詩織に使わせたいんだが」

「"冠"?聖具か?それなら玉座の間にあるぞ。歴代魔王が所有しているが、使えたものは少ない。私も無理だから飾ってあるだけだが、持って行けるなら持って行っていいぞ」


俺の見立て通り、詩織は装備できたのでありがたく貰った。



「じゃぁ、またな」

「あぁ」


それぞれ挨拶を交わしてから、俺たちは現実世界に向けて出発した。

「転移」


転移の魔法でこの世界のダンジョンの入り口があるオルレングラ地底洞窟に飛んだ。さぁ、ダンジョンを進むぜ!







「……それ、もともと使えるなら私が追い立てられながら飛んだりする必要なかったんじゃない……?」

「……それ、もともと使えるなら私が1か月も放っておかれる必要なかったんじゃないでしょうか……?」

「あっ……」

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