第100話 殺す

「なっ、なんだったの?」

「さぁ……」

100%とぼけることがわかっているのに聞かないで欲しい。


あれはエルメド大森林だったけど、なんであんなことに?

俺が知る限りあそこは静謐な魔力を讃えた暗く深い森だったはずなのに、なにがあったんだ?



『へぇ……懐かしい気配を感じて来てみたら』

「うぉ!?」

「なに?」

大森林を回れ右して森の魔力が届かないところまで逃げて来た俺たちを傲慢さを隠しもない声と荒々しい魔力が迎えた。


「なんでこんなとこにいるんだよ!?」

『くはは。やっぱりてめぇか。いいぜ。心行くまで殴り合おうぜ!』

「聞けよ人の話を!」

『うっせー、そんなもん後だ!』

殴りかかってきたのはこの旅の目的の1柱である"奇怪な獣"だった。

こいつは昔から喧嘩大好きで、顔を合わせればまず喧嘩。話はその後だとか言いながら、負けたら悔しがりながらどっか行ってしまう超自己中野郎だ。

なんでこんなやつとアルトノルンが仲良かったのか、全く理解できん。


面倒だけどとりあえず殴り合うしかない。


「レファ、ランドドラゴンを連れて避難してろ」

「わかったわ」

殴り合うと言ってもただただ拳を交える、ということではない。

お互いに魔力を乗せ、魔法を乗せ、なにかよくわからない想いとか力も全部乗っけた総力戦だ。

だからレファたちは逃がしておく。

とばっちりはさすがに避けたい。

 

『よそ見してる暇はねぇぜ!死ね!!!!』

「うるせぇよ!てめぇが死ね!」

そしてこいつは面倒い。

いきなり余所の土地で何やってんだとも思うが、こいつはこういうやつだ。


こういう時にも"彷徨う影"にもらった加護は役に立つ。

五神の加護にはそれぞれ分野があって、獣なら物質、化身は時間、思念は世界、竜は次元、影は魔力だ。

相対関係があるようには全く見えないが、きっとボコられて残滓になる前の姿に起因していると言われている。


なお、誰がボコったのかも伝わっていない。


それでもこいつらの加護には力がある。

だから貰い受ける。


今回はボコるだけじゃなくて、立ち直れないくらいひぃひぃ言わせて、『加護でしゅ~あげるから勘弁して~』って言わせないといけないな。


俺は気合を入れて魔力を展開する。

クオノリアから頂いたのはまだ余ってるし、自分の魔力ももう回復してるし、加護でもらったものもある。

以前の俺とは違うぜ?


うおぉぉおおおぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!







□新宿ダンジョン200層(ロゼリア)


「そうやって、私のことも捕らえてモンスターにしたということね?」

静かに休む私のことなど無視して気持ち悪い心の中をさらけ出すジュラーディスに嫌気がさして声をかけた。


私にある記憶は前世で勇者のお兄ちゃんに置いていかれてしまった酷い出来事。


何も知らず無垢に育った私は言われるがままに肌を晒し、撫でられ、褒められた。

暗い神殿で意味も分からず働き続けることよりよっぽどましな生活。


そんな中で出会ったお兄ちゃんと一緒に旅をして魔王を倒した。


しかし私は間違えた。

王女様の指示通り夜にお兄ちゃんを訪ねたら『子供がこんな時間に起きて徘徊しちゃダメ』って叱られて部屋に戻された。

翌日怒られるのが怖くてずっと王女様にしがみついていたわね。


そしたら既にお兄ちゃんは剣を置いて出て行ったあとで、私は独りぼっちに戻っちゃった。

何年かはあの国にいたけど、大きくなるにつれて下卑た視線を向けてくる新国王さまが気持ち悪かったし、実験と称して招き入れては怪しい視線で嘗め回すように見つめてくる宮廷魔術師長が不快だった。

さらに、そんな2人が私に注目することに嫉妬して怒鳴り散らす新王妃様とは顔も合わせたくなかった。


だから逃げたの。


神殿のお仕事で国の境の街に行ったときに、そのまま足を延ばして隣国に。

そこで変装して、冒険者登録して、あとは気ままに各地を巡った。


ずっとお兄ちゃんを追いかけてね。


自分でもバカみたいだけど、幼い頃に優しくしてもらった暖かい記憶だけを頼りにしてたのよ。


風の噂で結婚したことも知ったし、復活した魔王の招きに応じて魔王城にいることも知った。

さすがに聖女が魔王城に行けるわけがなかった。


そして躊躇している間に亡くなったことも知った。


あの時は荒れた。

聖女なんて仮面はかなぐり捨ててね。もうかなり……というか相当にいい年だったのに、初恋をこじらせてたわ。


その後は短い間だったけどのんびり生きて死んだ。


私の魂は次の転生を前にして彷徨った。

きっと未練があったのね。


まさかよね。

ずっと憧れたあの人の近くに転移していて、しれっと抱かれて希望を叶えていましたなんて、笑えないわ。


「その通りじゃ。ロゼリアはもともといたモンスターじゃが、その強化のために貴様を捕らえて入れ込んだのじゃ。悪くはなかったじゃろう?」

言葉の通り、お兄ちゃんの近くでかつ肌を合わせる間柄になっているなんて反則よ。

気付いた時には夢かと思った。


でも現実で。

お互いモンスターになってしまっていた。

そしてロゼリアの脳はお兄ちゃんに焼かれていた。


頭の整理が追い付かなくて、ロゼリアの知識にあることを喋りながら、行けるところを巡った。

色々と行くことが目的なんじゃなくて、そうしながら頭を整理してたのよ。


「戻ってきたということは整理できたということかのぅ?」

「そうね……あなたを殺すわ……」

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