第98話 光を放つ灰色の飴

□魔王城(詩織)


「くっ、アルトノルン様をお招きしたと思ったのだが……」

目の前で顔を歪めているのが、師匠せんせいの言っていたイルデグラスという魔王さんなのでしょう。


整った顔立ちで、美しい黒髪は短く切りそろえられ、その額には禍々しい角がある。

背中には青黒い竜のような翼があり、黒く細長い尻尾が垂れ下がっている姿は、明らかに人ではなくモンスター寄り。

羨ましいくらいに大きな胸と、腰のくびれ、大きなお尻が揃っていても、その威容は明らかに畏怖をもたらすもの。


こんな魔王に慕われるレファの前世って……。

いけない。魔王の前にいるのに考えに浸っている場合ではない。


「拘束の魔法を使われたようだったので、咄嗟に庇ってしまったのです。その……邪魔をしてしまって申し訳ないとは思いますが、私たちは仲間なので」

「行動の背景がアルトノルン様への慈愛なのは感じられた。だから危害は加えなかった」

「それは……ありがとうございます」

う~ん、やりづらい。


現実世界の私なら大人しく成り行きを見守るのだけど、こっちの世界の前世に引っ張られているのか、力づくで脱出して師匠せんせいの元に帰りたいという欲求が湧いて来るわね。


「貴様のような女が、なぜヴェルトなどと一緒にいるのかわからんが……」

「そこは妻ですから、当然です」

「なんだと!?ヴェルトめ。アルトノルン様だけに飽き足らず……」

いけない。火に油を注いでしまったかしら。

開かれた翼と、逆立った尻尾を中心に禍々しい魔力が放たれていて、ちょっと苦しいわ。


「すみませんが、前世での話です。私がヴェルト様とつがったのは、レファが……アルトノルンが復活する前の話です」

「そっ、そうか。勘違いして怒って悪かった」

おや?素直に謝るとは想定外ね。

そもそも会話になるとは思ってなかったのに。

彼女は魔力を収め、翼も尻尾も元に戻った。


「悪かったが、貴様……私が怖くないのか?」

「私ですか?怖いと言うか、あなたの魔力は強いですが、戦える気もしますし……不思議な感覚ですね」

「そうだったな。ヴェルトの妻ということは五神や※□▲〇◆とも会っているだろうし、今さら私程度に怯えたりはせぬか」

「えっ?誰ですか?」

「五神は知らぬか?」

「いえ、そちらではなく」

「※□▲〇◆か?」

「はい。その……聞き取れないので」

どういうことだろうか?

こんな風に面と向かって話しているのに聞き取れない名前というのは?



「魔王様!アルトノルン様が復活したと聞きましたが誠ですか!?」

そこへずしんずしんと大きな足音を立てて大柄な赤鬼がやってきた。

10mくらいあるだろうか。


兇鬼きょうきか。久しいな」

こういうモンスター……こっちでは魔族というらしい、彼らの名前は聞き取れる。

なのにさっきの名前はなぜ判別できない?

なぜ?気持ち悪い……。


「本当だ。お連れしようとしたのだが、失敗したがな。で、この女性を連れて来たから、きっと助けに来るだろう」

「アルトノルン様の仲間か?なんでそんなことに?」

大鬼さんは不思議そうにしている。アルトノルン様なんて呼んでいるから、きっと仲が良かったのかな?

だとしたら招きに応じないのが信じられないのもわかるが……。


きっと私が留守だから今は師匠せんせいと二人きりで……。

くっ……ダメね。早く帰りたくなってきたわ。

決してレファのことは嫌いじゃないし、師匠せんせいとレファが良い仲になるのは嬉しいはずなのに、もやもやする感じもあるわね。


嫉妬なんてしても仕方ないのに。

そもそもこの世界は現実世界の日本みたいに一夫一妻制じゃなかったしね。



「説明するほど詳しく知らないけど、いずれ来られるだろう。それまでその方……名前は?」

「詩織です」

「シオリか。おい、シオリを客間に案内しておいてくれ」

「はっ」

そうして私は執事のようなたぶん魔族の人に案内された。

そこはとても豪奢で、西洋のお城のような場所だった。というかまさしくそれだった。

広すぎて落ち着かない。


さて、どうしましょうか。

私の心はここで落ち着いてしまっているから、今はここにいるのが正解なんでしょう。


そう思うと眠くなってくる。

一応周囲を警戒し続けていたから少し疲れたのかも。


なぜかさっきから私を守ってくれる守護魔法が強化されている。

気配だけに集中すれば、師匠せんせいに抱かれているかのように穏やかな気持ちになれる。


そのままウトウトと眠りについた。





そこで夢を見た。


真っ暗な中で、いくつかの光の球が浮かんでいて、ただただ揺れ動く夢。


私はグラスを持ってそれを見つめている。



えっと……なにこれ?


光に意味は感じない。


揺れ動くことにも、暗い空間にも。


でも、ふとその中に不思議なものが混ざっていた。


淡い光を放つ灰色の球。


気になると、もう逃れられない。


美味しそう……。



私は夢の中でそれに手を伸ばした。


するとその球はすぅっと私の方に寄ってきて、私の持つグラスに入った。


湧き上がる空腹感。


そう言えば攫われてからは何も食べていない。


美味しそうだなぁ……。


そう思いっていると私の指はおもむろにグラスを口元に持っていき、その球を私の口に流し込んだ。



その瞬間から口の中いっぱいに広がるこの世のものとは思えない……






……まずさ。



空腹感が満たされる幸せな感覚など一瞬でどこかに置き去りにした。


喉を抑えるがもう遅い。


それは私の胃に降りていき、溶け込み、全身に広がる。



体が腐る……。


冗談ではなく恐怖感だけが込み上げてくる。



夢だったはずなのに、そこからさらに意識を失った。











目覚めると、体はなんともなかった。


あれ?私は何か夢を見ていたような……?



なぜか私の体に信じられないほどの魔力が満ちている。


手の中には淡い光を放つ灰色の球が6つあった。


よくわからないけどなんとなく美味しかったような?


これのおかげで魔力が増えたんだとすると、みんなにもプレゼントしよう。



意図せずお土産を手に入れた私は、周囲の警戒を再開しつつ、増えた魔力でスマホを充電した。


あれ?今、どこからスマホを取り出した?

何が起こったの?


私の意志にあわせて飛んで来るスマホを思い出した。

きっとそれはさっきの飴のせいだ。

なぜかそれで納得した私は、いつの間にか手に持っていたグラスを操って師匠せんせいに送った。

そして指示通り、ここで師匠せんせいを待つことにした。

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