22.わかれ道 下

 懐かしい感覚がしていた。


 地面に降り積もった雪は、私達が歩くたびにキュッキュッといったような音を立て、白く染まった道の真ん中に靴の形を残していく。


 そう言えば、サーナと初めて出会った時は、野鳥を追いかけていて偶然こっちまで来てしまったと言っていた。


 サーナは私にとって親友であり、姉のような存在でもあるけれど、少しおっちょこちょいなところがあって可愛いのだ。


「ここ、ベリィちゃんにとって本当に大切な場所なんだね」


 シャロは悴んでいるであろう手に息を吐きかけると、そう言ってこちらに笑顔を向けた。


「うん……何もないただの道だけど、ここが一番好き」


 よほど私が大事そうに雪を踏みしめていたのか、シャロとシルビアは私のことを見守るような顔で見ていた。


 何だか、少し恥ずかしい。


「人、ぜんぜん居ないね。そろそろ他のところに移動しよっか。付き合ってくれてありがとう」


 そう言って足を止めた時、二人が私の後ろを見て目を丸くした。


「誰?」


 直ぐに私も振り返り、二人の視線の先を見る。


 目を疑った。


「……サーナ」


 私はこれが現実であって欲しいと願ったと同時に、夢であって欲しいとも願った。


「久しぶり、ベリィ」


 ルシュフさん達が殺されて、変な組織に付き纏われていたサーナはあの時……だから、こんな形で再会出来るなんて、有り得ないのだ。


「サーナ、どうして……? 大丈夫なの……?」


「大丈夫だよ、元気元気~。ベリィは、少し寝不足かな?」


 顔も、声も、喋り方も、全てがサーナだ。


 ミディアムほどの黒髪に、黒曜石のような黒い瞳と整った顔立ち。

 服は以前と違い黒いドレスを身に付けているけれど、間違いなくサーナ本人なのだ。


「私、サーナに何かあったんじゃないかって、ずっと……!」


「心配してくれてありがと。せっかく再会出来たんだから、アタシと一緒に来てくれない?」


「うん。ずっと、話したかったことが沢山あって……あ、そうだ。この二人は私の……」


「そんなのは良いから、早く一緒に行こ?」


 よく見ると、サーナの腰には鞘に収められた剣が携えてあり、それが見覚えのある形をしていた。


「そんなの……って?」


「だから、そこの下等種族のことはいいから、早く二人で行こうよ」


「……え?」


 最初は理解が出来なかった。


 サーナが言っているのは、シャロとシルビアのこと……?

 そんな筈はない。

 彼女はそんな事を言うような、差別なんかするような子ではないのだ。


「ベリィ、なんか様子がおかしくないか?」


 その言葉で警戒したのか、シルビアは二本の剣に手を掛けた。


「サーナ、この二人はね、私の仲間で……」


「人族なんかと仲良くなれるわけないでしょ。ベリィは騙されてるんだよ。そんな奴らアタシが追い払ってあげるから、一緒に行こうよ……!」


 若干、サーナは苛立つ様にそう言った。


 違う、彼女だって魔族と人族の共生を願っていた。

 今のサーナは、何かが違う。


「どうしてそんな事言うの? サーナ、なんかおかしいよ……?」


「おかしいのはそっちだよ。だってベリィは人族に攫われて、魔王様もアタシのパパだって、人族に殺されたんだよ? 悪いのはぜんぶ人族じゃん! アタシ達で魔族の時代を作らなきゃ!」


「待って……それって、どういう……?」


 お父様を殺したのが、人族……?


 あり得ない。

 お父様が人族の力で殺されるはずが……まさか、本当に勇者がルミナセイバーの力でやったというのだろうか?


「ベリィ、知らないの? パパも魔王様も、同じ奴に殺されたんだよ。ベリィを攫ったのだってそいつの仕業。所詮、人族はそんなもんなんだよ」


「誰なの……? 誰が、お父様たちを……」


「アイテール帝国第一皇子、ディアス・エヌ・アイテール。パパが殺された時、アタシは奴の姿をはっきりと見た」


 ディアス……亡くなった勇者ユーリの実兄だ。


「そんな……」


「でも、もう大丈夫だよ。これからまたベリィとアタシはずっと一緒だから。下等な人族なんか、滅ぼしちゃえばいいんだよ」


「違うよ……本当に、シャロとシルビアも、他のみんなも、人族みんなが悪いわけじゃ……」


「……話しても分かんないか。ベリィは毒されちゃってるんだ。いいよ、分かんないなら無理にでも連れて行くから」


 そう言って、サーナは腰の剣に手を掛ける。

 彼女が鞘から抜いたのは……


「ホロクラウス……?」


 その形は、確かに刻星剣ホロクラウスだった。

 しかしその全体は黒く塗りつぶされた様になっており、あれだけ輝いていた刀身の北斗七星すらも黒く光っている。


「塗り潰せ、黒星剣こくせいけんホロクロウズ」


 そんな名前の聖剣は聞いたことがない。

 けれど、今はとにかくサーナを止めないとまずい。


 私達はそれぞれ武器を手に取り、サーナの攻撃を迎え撃った。


 サーナが最初に狙ったのは、シャロ。


「シャロ、危ない!」


 咄嗟にシャロを庇おうと前に出たシルビアが、サーナの攻撃で手に持っていたヒスイを片方落とす。


「やべぇ……!」


「死ね」


 サーナの標的がシルビアに変わった。

 私はシルビアに向けられたホロクロウズをロードカリバーで受け止めるが、予想以上にサーナの力が強い。


 何故だ?

 魔王の娘である私が、圧されている……?


「邪魔だよ、ベリィ」


「私の友達を傷付けないで、お願いサーナ!」


「ベリィの友達はアタシでしょ?」


「それは、そうだけど……でも、今は落ち着いて……! グリムオウド!」


 サーナの背後から忍ばせたグリムオウドで彼女を拘束し、私はシャロとシルビアを庇うように立った。


「アルターライズ」


 その瞬間、サーナが詠唱した呪文によって、私のグリムオウドが溶けるように消えてしまった。


「え……!?」


「イミテーション・グリムオウド」


 次にサーナが発動したのは、私と同じ魔法だった。


 それは私のものよりも強力で、一瞬にして拘束されてしまったシャロとシルビアは苦しげな声を上げている。


「二人とも!」


「これで邪魔は入らないね。ベリィ、一緒に行こ?」


「い……嫌だ……」


 これまで親友だと思っていたサーナのことが、途端に怖くなった。


 二人にこんな酷い事をするなんて、信じられない。


「どうして? いい加減目覚ましなよ。下等種族共の中で生きて楽しい? その幸せは偽物なの。アタシたち魔族を身に覚えのない罪で差別し、蔑んできたのは人族だよ!」


「そ、それは……でも、シャロ達は違うよ……だって、私が魔族でも良いって……一緒に旅もしてくれて……」


 確かに、かつての魔王が犯した罪で魔族は差別され、身に覚えのない偏見を持たれてきた。


 それでも、自警団の人達は私を認めてくれた。

 カンパニュラの人達は、お父様のことを信じてくれた。


 だから、人族がみんな悪いなんて、そんな事は絶対に無い。


「魔王様を殺して、アタシの家族も殺して、アルブを侵略したのは人族なんだよ! その憎しみを忘れちゃ駄目、アタシと一緒に人族の時代を終わらせなきゃ。ベリィだけ幸せになるなんて、許されないんだよ?」


 そんな……私はサーナを助けたくてここまで来たのに……そんな……


「違うよ!」


 今までに聞いたことのないような声で、拘束されたままのシャロがそう叫んだ。


「……なに?」


 サーナは呆れたようにため息を吐き、シャロを睨み付ける。


「どうして友達にそんな事が言えるの? ベリィちゃんが幸せになっちゃいけないなんて、そんなこと絶対ない! サーナちゃん、ベリィちゃんの友達だけど、遠慮なく言わせてもらうから。アタシ、今あなたに凄く怒ってる!」


 シャロ……


「……はぁ、アンタはベリィの何? 下等種族がベリィの友達ヅラ? ベリィの友達はアタシ一人だけなんだよ。魔王のベリィが人間なんかと友達になれるわけないじゃん。身の程を知りなよ、ゴミ以下のくせに」


 そうか、もういい。

 サーナは、変わっちゃったんだ。


「だまれ」


「……え?」


 苦しい。

 大好きな、大好きな親友に、私の大切な仲間を、こんなに悪く言われたくなかった。


 もう、絶対に許さない。


「だまれよ、サーナ。お前なんか、もう友達でも何でもない。お前は私の敵だ」


「……え、な、なんで? ベリィ、なんでなんでなんでなんでなんで! アタシ間違った事言っちゃった? アタシはただ、コイツらからベリィを助けようと思って」


「喋るな、何も聞きたくない。これ以上、私の友達を悪く言わないで」


「イヤだ……ベリィ待ってよ……あ、ああ……そんな……」


 酷いよ、サーナ。


 シャロは、私に希望をくれた陽光だ。

 シルビアは、私の背中を押してくれる風なんだ。


 そんな二人のことを蔑むようなことばかり言って……


「お前も、やってる事はと一緒じゃないか……最低……!」


「……ベリィはそんな事言わない! 言っちゃダメだよ! 嫌だ、嫌だああああ!」


 サーナが叫ぶと同時に、彼女から凄まじい魔力が放たれた。

 こんな力、今まで見た事がない。


 私でも止められるかどうか怪しいけれど、今はあいつを……私の大切な人達を侮辱したあいつを、殺してでも止めるのだ。


「死んでくれ、サーナ」


 精一杯の魔力をロードカリバーに込め、サーナの魔力に圧されながらも何とか魔法を発動しようと試みる。


 駄目だ。


 私はこいつに、敵わないかもしれない。


「駄目だよ」


 不意に私達の前に現れたのは、別行動をしていたリタ、そしてエドガーだった。


「君たち、何があっても絶対に、友達を殺しちゃいけない。殺すなんて、絶対に言っちゃいけないよ」


 いつになく真剣なリタの声色に、私は少し驚いて後退る。


「エド、ベリィちゃん達を頼む」

「了解」


 エドガーはシャロとシルビアの拘束を剣で断ち切り、私達を少し離れた位置まで連れてきた。


「ちょっと、力比べといこうか。同じ星の聖剣同士ね」


 サーナの膨大な力を前に、平然と剣を構えるリタ。

 その様子を、私はただ呆然と見ていることしかできなかった。

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