16.知恵の眼

 レオン公爵の部屋に一度戻った私達は、そこで獣人の女性と出会った。


 獣人という種族は、世界的に見ても非常に少数だ。


 外見は人族に似ているが、耳と尻尾がある者。

 犬や猫のように毛は生えているが、二足歩行で人語を話す者。


 容姿は様々だが、今目の前にいる女性は前者の方だった。


「彼女はケイシー、娘の護衛係です。ケイシー、お客様をセシルの部屋まで案内して欲しい」


「承知しました」


 ケイシーはこちらを見て「こちらへ」と言ってくれたが、その顔は怒っているようにしか見えなかった。


 魔族である私の存在が気に入らないのかもしれない。

 そういうのには、もう慣れてきた。


 部屋の前に着くと、ケイシーはドアをノックして「お客様をお連れに参りました」と言った。


 すると何かが気になったのか、先程まで私の服の中に隠れていたルーナがひょっこりと顔を出す。


「キュイ?」


 その鳴き声に、ケイシーが一瞬こちらを睨む。


「あ、え、えっと、ごめんなさい。この子は……」

「問題ありませんよ。セシル様は生き物がお好きです」


 一気に変な汗をかいてしまった。

 セシルとはレオン公爵の娘の名だろう。


 とりあえず、大丈夫なら良かった。


「お入りください」


 部屋の中から、耳を澄ませてようやく聞こえるぐらいのか細い声が聞こえてきた。

 その声は、先ほど私をここに誘ったものと同じだった。


 ケイシーによってドアは開かれ、私達はその中に入る。


 部屋には大きなベッドが一つ、その上で白く細い身体の少女が、開いているのかも分からない目でこちらを見ていた。


「初めまして、ですね。セシル・キキ・フランボワーズと申します。ベリィさん、シャーロットさん、シルビアさん、ようこそおいで下さいました」


 彼女の声は小さくか細いけれど、不思議な力強さを感じるものだ。


 やはり瞳は瞑っていたようで、セシルはゆっくりと瞼を上げて私の顔を見る。

 その両目は、宝石の様に青く美しかった。


「皆様に来て頂いたところ申し訳ないのですが、本日は少々体調が優れないもので、ベッドの上から失礼致します」


 身体が弱いのだろうか?

 セシルはそう言うと僅かに咳をして「失礼致しました」と謝った。


「ケイシー、いつもの事ですが顔が怖いですよ。せめてお客様の前では、もう少し優しい表情をしてあげてください」


「も、申し訳ありません。そんなつもりは……」


「まあ良いでしょう。皆様、そこのケイシーは怒っているわけではないので、安心してくださいね。フランボワーズ家は一同、皆様のことを歓迎しております」


 どうやら、ケイシーは怒っているわけでは無かったらしい。

 第一印象は大事だけれど、外見で人を判断するのは良く無いな。

 お父様や私だって、ツノがあるから恐れられているのに。


「ありがとう」

「キュイ~」


 私の肩に顔を乗せたルーナが、例を伝える様にセシルを見て鳴いた。


 セシルはルーナの姿を見ると、一瞬目を見開いて「はっ」と声を漏らす。


「その子は……」


「ルーナだよ。旅の途中で出会ったんだ。アストラヤコウトカゲに似ているらしいんだけど、種類がよく分からなくて……」


 結局、ルーナの種類はよく分かっていない。

 トカゲは虫を主食にすると聞いていたけれど、この子が虫を食べている姿は見たことがないし、以前私が捕まえたコオロギを与えようとしても、食べてはくれなかった。


 だからと言って痩せるわけでもなく、寧ろ出会った時より丸っこくなった気がする。


「ベリィさん、その子は竜の子です」


「なるほど、竜の子か……え?」


 竜!?


「うぇぇっ!? ルーナって竜だったのか! だから虫食べなかったのかな?」


「さらっと衝撃の事実だよ~!」


 ここへ来てから静か過ぎて忘れていたけれど、そういえばシルビアとシャロもいたんだ。

 私より驚いてくれたおかげで、今その存在を思い出した。


「その子は月光竜、間違いありません。既に絶滅したはずですが、まさか生き残りが……? 月光竜は月の魔力を吸収して成長する、温厚で美しい竜です。大きさは子犬程のサイズにしかなりませんが、魔力で一時的に大型竜へと成長することも可能らしいですよ」


「そ、そうだったんだ。色々教えてくれてありがとう。ルーナ、竜だったんだね」


「キュイッ!」


 こんなに可愛いのに、ちゃんとした竜だったなんて驚いた。

 本物の竜を見たことがないけれど、お父様から聞いた話では、巨大で恐ろしい姿をしているらしい。


 それにしても、すごい知識だ。

 セシルは生き物が好きらしいけれど、絶滅した竜まで知っているとは、まるで学者のようである。

 と、それよりもセシルに確認しなければならない事があったのだ。


「そういえば、セシルはどうして私達のことを?」


「驚かせてしまいましたね。ベリィさんは、というものをご存知でしょうか?」


 は、その存在だけは知っていた。

 しかし私が知るそれは、伝説上の物だったはずだ。


 世界全ての記憶を持つ青い眼……まさか、彼女の目がそうだと言うのだろうか?


「なるほどね、セシルのその両目が知恵の眼。だから私達の事も知っていたんだ」


「流石は魔王家の御息女ですね。皆様がカンパニュラにいらした際、その存在をわたくしの知恵の眼が観測しました。あの事件以降、まさかベリィさんがご存命されていたとは、嬉しい誤算です」


 セシルはそう言って、どこか茶目っ気のある笑顔を見せた。


「嬉しい誤算……?」


「はい、ベリィさん方にお願いがあるのです。カンパニュラを、お守り頂けないでしょうか?」


 セシルからの頼みは、ここへ来て何となく予想が付いてきた。


 先程襲撃してきた魔物といい、あの人形といい、この国で怪しい動きが多過ぎる。

 恐らく、セシルはその解決を依頼するために私達をここへと呼んだのだろう。


「昨今、カンパニュラには何者かの手によって危険な魔物達が送り込まれています。先ほど皆様に退治して頂いた魔物もそれです」


「セシル、あの魔物の狙いが自分だと言っていたけれど、それはつまり知恵の眼が狙われて……」


「その通り、知恵の眼がそう警告をしてくるのです。ですがこの敷地には結界を張ってありますので、外に出ない限り見つかることは先ずあり得ませんね。おバカな魔物達です。ベリィさん方には、その魔物を裏で操っている者を突き止めて頂きたいのです。もちろん報酬はお渡し致しますよ」


 無論、私達に断る理由は無い。

 それに、今回の件は魔族が絡んでいる。

 もしかしたら、お父様のことで何か分かるかもしれない。


「わかった。でも、知恵の眼って何でも分かるんでしょ? 敵の正体とかは?」


「そうですね、知恵の眼が上手く扱えれば簡単かもしれませんが、わたくしの経験上この眼は世界全ての記憶がある場所、名称は“ソロモンの部屋”といい、そこへのアクセスが可能ななのです。ちなみに、月光竜のこともソロモンの部屋で閲覧致しました」


「ソロモンの部屋……?」


 そこに、この世界全ての記憶が……


 アクセスが可能なという事は、記憶を閲覧するのはご自分でどうぞ、と言った感じだろうか?


「ソロモンの部屋は、巨大な図書館の様な場所ですよ。アクセス可能なと言いましたが、一部の知識を常にリアルタイムで観測すること自体は可能です。しかし、わたくしの力ではカンパニュラの観測と、その他小規模な範囲での観測だけで精一杯ですね」


 知恵の眼にそんな縛りがあったのは驚いたが、それほど使い勝手は悪くないらしい。


 一瞬、サーナのことも何か分かるかと思ったけれど、この様子だと恐らくセシルは何も知らないだろう。


「事情は分かったよ。シャロ、シルビア、協力しても良いよね?」

「うん!」

「もちろんだよ!」


「うふふ、頼もしいお仲間さん達ですね。まあ、本来ならばシリウス自警団の方々にお願いする予定だったのですが、ベリィさんがいらっしゃるからには百人力です。期待していますね」


 セシルはそう言うと、こちらに向けてゆっくりと右手を出してきた。


 この感じ、まるで私が勇者みたいだ。


 お父様を温かく迎えてくれたこのカンパニュラ公国。

 それを守る為に、本物ではないけれど、勇者として国を救ってみせる。

 

「うん、任せて!」


 私は向けられたセシルの白い手を優しく握り、優しくも力を込めてそう返事をした。


 その直後だった。


「失礼致します。カンパニュラに魔物の群れが迫ってきているとの報告です!」


 突然部屋の外からノックをして入ってきた従者が、私達にこう伝えてきたのだ。


「あれだけ騒ぎになりましたから、目的が露呈したこと察したのでしょう。多くの魔物を遣し、極力こちらを疲弊させようという戦法、本当に頭の悪い考えですね。所謂、ヤケクソというものでしょうか」


 セシルの言う通りだ。

 ともあれ、直ぐに侵攻を阻止しなければ被害は免れない。


「行こう、二人とも!」


 私達は部屋を飛び出し、魔物が向かってきているという門の方向まで駆けて行った。

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