17.覇黒の勇者

 魔物達の侵攻は早く、既に門と広場を通過して、民がいる商店街の近くまで来つつあった。


「ベリィさん、国を守る為ですから、わたくしも協力致します」


「わかった。ありがとうセシル……セシル!?」


 セシルの声がした方を見ると、そこに居たのは私と並走している木製の人形だった。


「パペティア、わたくしの傀儡かいらい操縦魔法です。知恵の眼のおかげで操作範囲が拡大しているので、カンパニュラ全体程度ならば造作もなく操れるのです」


 傀儡操縦魔法は従来の人形魔法とは違い、糸を繋がずに傀儡を操れる上位魔法だ。


 カンパニュラ公国で夜な夜な徘徊していた人形は、セシルのものだったのか。


「もしかして、セシルはこの人形を使って毎晩魔物を?」


「ええ、見つけては駆除してを繰り返しておりました」


 やはり、そう言う事だったらしい。


「なるほどね、体調が優れないって言ってたし、無理はしないでね」


「うふふ、ベリィさんはお優しいですね。ですが、わたくしは天才なので魔法の構築なんて休みながらでも出来ます。天才ですからね、


「そ、そっか、よかった」


 何だか、ちょっとだけ心配して損をした気がする。

 しかし、彼女の人形が味方をしてくれるのは非常に心強い。


 私は普通の剣を手に持ち、迫り来る魔物達へと向けて駆け出した。


 商店街にいる民の中には女性や子供も多いが、カンパニュラの兵士達やセシルの人形が魔物を食い止めている為、現段階で大きな被害は出ていない。


 加えてシャロとシルビアも加勢し、逃げ遅れた民に襲い掛かろうとする魔物の攻撃を阻止出来ている。


 私も剣に魔力を込め、続々と増え続ける魔物に向かって行く。


「きゃー!」


 唐突に聞こえてきた悲鳴の方に目を向けると、そこにはガーゴイルに足首を掴まれた少女の姿……果物屋のネルだった。


「危ない!」


 即座に方向転換し、ガーゴイルの腕を斬り落とす。

 ガーゴイルは何が起きたのか理解出来ていなかったようで、私は呆気に取られているそれの首を落とし、ネルを抱いて離れた場所まで避難させた。


「ネル!」


 駆け寄ってきたフレイヤは、泣きながらネルを抱きしめて「よかった……」と安堵している。


「おねーちゃん、まま……!」

「ありがとう、本当に……!」


「大丈夫、私達が守るからね」


 再び剣を構えた私は、迫る魔物の群れに目を移した。


「え……?」


 私の目に映ったものを、私はよく知っていた。

 魔物達を先導するかのように、力強く地を蹴って走る黒い馬の魔物……


お父様の死後、行方が分からなくなっていたホースメアのナイトリオンだ。


 何故ナイトリオンがここに?

 偶然で片付けてしまえばそれまでだが、ナイトリオンは元々お父様の使い魔だ。

 それが呪符で操られているとすれば、この事件を起こした犯人は……


 お父様の件にも、関わっている可能性が高い。


「アイネクレスト!」


 直後、シャロの声と共に辺りを目映い光が包み込む。


 そうだ、今はそんな事よりも、この国を防衛するのが最優先だ。


 恐らくナイトリオンにも呪符があり、それに操られているのだろう。

 呪符は魔物を殺せば剥がれ落ちるが、ナイトリオンは助けるには生かした状態で呪符を剥がす必要がある。


 私はその方法を知らないけれど、もしかしたら彼女なら……


「セシル、お願いがある!」


 私は迫り来る魔物達を剣で薙ぎ払い、近くで戦っていた人形にそう声をかけた。


「何でしょう?」


 人形は魔物の頭を潰すと、顔をクルッとこちらに向けた。

 見た目は何の装飾もない木製人形に顔のパーツが付いているだけで、少し気味が悪い。


「あのホースメアって魔物、お父様の使い魔だった子なの! 呪符を剥がして助けてあげたいんだけど、どうすればいいかな……!?」


「なるほど、そういう事ですか。少し複雑ですが、魔物を生かした状態で呪符を剥がす……というより、焼く方法は知っています」


「お願い、教えて!」


 私の頼みに、セシルの人形は少し考えるような仕草を見せ、再びこちらに顔を向ける。


「呪符は魔物の魂に貼り付いている状態です。それを焼くには、魔物の魂に直接魔力を流し込み、呪符を焼くだけの弱い魔法を構築する必要があります。出来ますか?」


 強い魔法を撃つのは簡単で、セシルの言うような弱い魔法も法陣の形さえ覚えれば構築は出来る。


 しかし本来の魔法というものは、予め設計された法陣に魔力を流し込み、詠唱によって発動させるものだ。


 魔物の魂へ流し込んだ魔力に、後付けで法陣を乗せる魔法なんて、少なくとも私はやった事がない。


 私の不安を察したのか、セシルの人形は「実は……」と言い、その話を続けた。


「これはベリィさんでも困難ではないかと思い、簡単な方法があります。そちらの聖剣を使うのです」


「聖剣……覇黒剣ロードカリバー?」


「はい。聖剣には予め法陣が刻み込まれていますので、魔物に刺してから聖剣を経由して魔力を流し込めば、聖剣魔法で呪符は焼けるかと。出力調整はもちろん必要ですが」


 確かに、その方法なら下手にやって魂を傷付けてしまう心配は少ないし、聖剣で刺した箇所は後から治癒魔法で治せば済む。


「でも……」


 今、周りには多くの魔物とカンパニュラの民がいる。


 覇黒剣ロードカリバーを抜けば正体を明かす事になり、どのみち無数の魔物を牽制する為にはこのツノの力が必要だ。


 ロードカリバーがあれば、他の魔物達も一気に倒せる。


 もし、私の正体が民に知られたら……?


 フレイヤも、ネルも、私が魔族だと知ってしまったら……


「ローグ様がカンパニュラをご訪問された際、不安を抱いていた民達に、深々と頭を下げてくださりました。カンパニュラ国民にとって魔族は、恐怖の対象ではありません。この星で生きる、大切な仲間なのです」


 そう話してくれたセシルの声は優しく、無機質な人形の瞳にもどこか温かみを感じた。


 このツノのせいで、多くの人達を恐怖させてきた。

 シャロに出会うまで、故郷を追われた私は除け者だった。


 そんな私が、お父様を認めてくれたこの国を守れるなら……



「なんだ、怖いものなんて何もないじゃないか」


 私は手にしていた剣を鞘に収め、肩に捕まったままのルーナを手に取る。


「キュイ?」


「ルーナ、ちょっとフードの中に入っててね」


 それから深く被っていたフードを脱いで中にルーナを入れると、覇黒剣ロードカリバーを抜いた。


「ベリィ、ちゃん?」


 ツノの威圧感は少し離れた場所で戦っていたシャロとシルビアにも伝わり、魔物も含め全ての視線が私に向けられた。


 恐れるな、大丈夫……きっと大丈夫。


 魔物の群れに剣を向け、じっと睨みつける。


「この国は、お父様を受け入れてくれた。この国は、私の友達の故郷なんだ。私の大切な場所を、くだらない目的の為に、土足で踏み荒らすな!」


 抑えていた感情が溢れ出し、必要以上に大きな声を出してしまった。


 だがこれでいい。


 この国を守る為ならば、私が嫌われようとも構わない。


「私はベリィ・アン・バロル。魔王ローグの娘であり、世界を救う勇者となる者だ!


刮目せよ、そしてひれ伏せ!」


 感情が昂っているせいか、ツノによる威圧感が増している気がする。

 むしろ好都合だ。


「統べろ、覇黒剣ロードカリバー!」


 私は黒く発光したロードカリバーを構えて魔物の群れに飛び込み、発動した魔法によって一気に斬り裂く。


「ハデシス!」


 魔物は大幅に数を減らし、残る魔物たちを斬りながらナイトリオンの元に走る。


「シャロ、シルビア、私はあのホースメアを助けたい! 他の魔物は任せたよ!」


「な、なんか分かんないけど、分かったよ!」


「全く、仲間使いの荒い王女さまだね。おっけー!」


 二人とも、ありがとう。


 これで私はナイトリオンに集中が出来る。

 先ずは、あの子の周りにいる雑魚達を片付ける必要はありそうだけれど。


「わたくしも少し本気を出しましょうか。パペティア・ドレスアップ」


 セシルが詠唱すると、これまで装飾のなかった人形達に可愛らしい服と髪、そして少女のような顔が付き、忽ち戦場が華やかになった。


「雑魚はわたくしにお任せください。ベリィさんはそちらのお馬さんを」


「ありがとう、セシル。具合悪いのに無理させちゃってごめん」


「いえいえ、無理はしておりませんよ? ドレスアップは人形の容姿を着飾るだけで、消費する魔力は変わりませんから」


「え、でも本気出すって……」


「人形が可愛いと、やる気が出るので」


「ああ、なるほど。と、とにかくありがとう!」


 魔物は私のツノに恐れてか、動きが鈍くなっている。

 今のうちにナイトリオンの呪符を焼くのだ。

 セシルの人形達が守ってくれている間、確実に成功させてみせる!


「ナイトリオン!」


 私の声に反応したのか、こちらを見ていたナイトリオンの耳がピクリと動く。


 ホースメアの身体は硬い鎧で覆われており、タテガミの黒い炎はメラメラと燃えている。


 急所を外して狙うならば、鎧がなく治癒もし易い脚の付け根のあたりだ。


 しかし脚を狙うとなれば、脚力の強いホースメア相手だと危険が大きい。

 それでも、やるしかない。


「我慢してね!」


 直ぐ様ナイトリオンの懐に入り込み、ロードカリバーを脚の付け根に向けて突く。


 ……手応えがない、避けられた!


 速く動いたつもりだったけれど、やはり馬は私以上に動きが速い。

 刺した後に暴れることも考えると、拘束をしたほうが賢明だろう。


「グリムオウド!」


 私は地面に手を付き、即座に構築した魔法でナイトリオンを拘束した。


 グリムオウド。

 地面から無数に出現させた怪物のような手で敵を拘束し、攻撃にも応用できる闇魔法の一つだ。


 それによって動きを封じられたナイトリオンは鳴き声を上げて抵抗するが、これでもう逃げられない。


「我慢してね、ナイトリオン」


 もう一度、ナイトリオンの足の付け根に向けてロードカリバーを突く。


 刺さった!


 そこから慎重に魔力を流し込み、ロードカリバーに魔法を発動させる。


「アビシアス」


 ……直後、ナイトリオンが大人しくなる。

 成功、したのだろうか?


 ふと、ナイトリオンの身体から何かが浮き出てくるのが分かった。


 魔族の呪符だ。


 浮き出てきた呪符は、そのまま灰になり散っていった。


「ヒール!」


 早急にロードカリバーを刺した箇所を治癒魔法で治し、グリムオウドの拘束を解く。


 治癒魔法が効いたという事は、ナイトリオンが生きているということだ。


「ナイトリオン、よかった……!」


 眠っているのか、彼は目を閉じているけれど、ゆっくりと呼吸している。


 ナイトリオンは助けた。


 あとは、殲滅するだけだ。

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