12.カンパニュラ

 シリウスを出発してから、3日ほどが経っただろうか?


 気が付けば道は石畳になっており、遠くには美しく大きな門が見えてきた。


「あれがカンパニュラの入口だよ!」


 シャロは笑顔を見せ、その門を指差した。

 道中は大変な事もあったが、漸く少しは安心できる場所までやって来られた。


 門が近くなり、私達は馬を降りて徒歩で向かう。

 私は二頭の馬の召喚を解除し、二人ともにその美しい国へと足を踏み入れた。


「ようこそ、カンパニュラ公国へ!」


 シャロは私達より一歩先に出ると、こちらを振り返ってそう言った。


 久しぶりの里帰りで嬉しいのだろう。

 私も釣られて笑顔になってしまう。


「キュイッ」


 私が笑ったことに反応したのか、右肩のルーナが笑うように鳴いた。


「へへ、お邪魔します! 実はあーしカンパニュラに来るの初めてなんだけど、なんか色々めっちゃ綺麗だね!」


 シルビアは目を丸くしながら、街の様子を見渡している。

 確かに、アストラ王国の首都シリウスと比べても、花や可愛らしい装飾が多く、建物も明るい色をしていた。

 領土はシリウス2つ分程しかない小さな国らしいが、ゴミや汚れは殆どなく清潔感がある。


「それじゃあ……ベリィちゃん、どこか行きたいところある?」


 気を利かせてくれたのか、シャロは私にそう尋ねてきた。

 無論、私がカンパニュラに来た目的は、父が暗殺された手がかりを探す事である。


 しかし今は長旅で疲れている上に、折角久しぶりに帰郷したシャロを私の都合に付き合わせてしまうのは、何だか申し訳ない。


「私は、初めて来たし今のところは……シャロとシルビアが良ければ、ちょっと観光したいかも」


「観光……!」

「まかせて!」


 私の提案に、シャロとシルビアは目を輝かせた。

 少し前から思っていたけれど、シルビアにも可愛いところあるんだな。


 それから、私達は三人でカンパニュラ公国の名所を回った。


 カンパニュラ公国には、国名の由来にもなった大きな鐘があり、これがシンボルとされている。


 古くからあるものらしいが、鐘はその古さを感じさせないほど美しく、丁寧に手入れされているのが見て取れた。


この後はシャロの家に行くとの事だが、その前に商店で買い物をしていきたいらしく、私達は商店街へとやって来た。


「ここも何だか懐かしいな~! あ、フレイヤさん久しぶりー!」


 シャロが名前を呼んで駆け寄っていったのは、果物屋の女性の元だった。


「あれ、シャロちゃんじゃない! いつ帰って来たの!?」

「えへへ~、さっき~」


 フレイヤという女性は、シャロの後をついてきた私達に目をやる。


「こんにちは、もしかしてシャロちゃんのお友達?」


「二人はアタシの旅仲間! アタシより強いんだ!」


 恐らく、私もシルビアも筋力だけならシャロには負ける。


「シルビア・フォクシーです! よろしくお願いします!」

「ベリィ、こっちはルーナ。初めまして」


 最近気付いた事だが、私は人と話すのが苦手なようだ。

 アルブにいた時には殆ど外の人と話す機会など無かった為、初対面の人との接し方が分からない。


 無愛想だと思われていないだろうか?


「シルビアちゃんに、ベリィちゃん、あとルーナちゃんもよろしくね! 私はここの果物屋をやってるフレイヤって言います!」


「キュイー!」


 フレイヤの言葉に応えるかのように、ルーナは高い鳴き声を上げた。

 もしかして、人の言葉が分かるのか?


「とかげ!」


 不意にフレイヤの後ろから飛び出して来たのは、可愛らしい服を着た幼い少女だった。


「もしかしてネルちゃん? 大きくなったね~!」


 シャロは少女をネルと呼び近寄ろうとしたが、その少女はシャロを見るとフレイヤの後ろに引っ込んでしまった。


「ネルちゃん……?」


「ネル、あの頃まだ小さ過ぎてシャロちゃんのこと覚えてないかな~……ほら、シャロお姉ちゃんだよ~」


 どうやらフレイヤの娘らしい。

 しかしネルはシャロを覚えていないようで、向こうからあまり近寄ろうとはしない。


「そっか~、アタシ抱っこしたことあるのに~!」


 悲しむシャロのことも気にせず、ネルは再び私の右肩にいるルーナに目をやった。


「とかげ……!」


「ルーナって言うんだよ。よろしくね」


「るーなちゃん、いいこだね~!」


 子供って、可愛い……


 小さい子供と会話したのは、あの奴隷市場でメイと話したのが初めてだった。

 とは言っても、メイはネルよりも大きかったし、何なら背は私とあまり変わらなかった。


 奴隷解放宣言が出されてから何日も経ったけれど、リサとメイは元気だろうか?


 買い物を終えた私達は、シャロの家に向かった。

 彼女の家はそれほど大きくはないが、可愛らしい外装をしている。


「たっだいまー!」


 シャロは玄関を開け、大きな声でそう言った。


「シャロ~! おかえりなさい!」


 返事をして出てきたのは、彼女の母親だった。


 シャロの母親の顔を見たのは今日が初めてだけれど、この人は見るからに母親だ。

 顔と髪の色もだが、何と言うか……雰囲気がシャロにそっくりである。


 それにしても、シャロは家族からもシャロと呼ばれているのか。


 時々、私もシャーロットという名前を忘れそうなぐらいに、彼女は皆からシャロと呼ばれることが多い。


 彼女自身がそう言っているのだから、当然なのかも知れないが。


「お母さ~ん! 久しぶりだね! 紹介するよ、アタシの仲間たち!」


 シャロはこちらを振り返りニコッと笑う。

 いつ見ても、太陽のように眩しい笑顔だ……。


「シャロからもらった手紙で存じ上げております! あなたがベリィ様ですね!」


 手紙?

 いつの間にそんなものを書いていたのか。


「まさかうちの子が、あの魔王様のご息女と旅を……シャロとお友達になって下さり、ありがとうございます……!」


 …………え?


 私、今フード被ってるよね?

 うっかり自分が魔王の娘とか言ってないよね?


 もしかして……


「あ、ベリィちゃんのことは手紙で全部伝えてあるから、隠さなくても平気だよー!」


 ……なんてことだ。

 私が魔王の娘である事を知られてしまえば、絶対に恐れられてしまうと思っていた。


 それなのに……


「魔王様のこと、お悔やみ申し上げます。以前カンパニュラをご訪問なさった際、私もそのお姿を拝見致しましたが、噂とは程遠いような、慈愛に満ちたお方でした。カンパニュラの民は、魔族への恐怖が偏見である事を、少なからず理解していると思います」


 シャロの母親の言葉に、目頭が熱くなった。

 気付けば、またポロポロと涙を流してしまっている。


 あの時、お父様は死ぬ直前に訪問したこの場所で、確かに人族と分かり合うことが出来たのだ。


「ありがとう、お父様のこと、聞かせてくれて」


「いえ、こうして娘と出会ってくださった事、本当に感謝しております。さあ、中へどうぞ」


「うん。でも、私の事はベリィ様とか、敬わなくて大丈夫。だって、シャロの……友達だから……あ、あなたの名前は?」


「……そうね、シャロのお友達だものね! 私はエミリア・ヒル、よろしくね!」


「ベリィ・アン・バロル、よろしく」


 どうやら、シャロの優しさはこの人の遺伝かもしれない。


 私達はエミリアに案内され、部屋の中でお茶とお菓子を出してもらった。


 因みにシルビアが仲間になったのは手紙を出した後だった為、彼女はエミリアに「こう見えてシリウス自警団なんスよ~!」とかぬかしながら自己紹介をしていた。


「お母さん、そういえばお父さんは?」


「ああ、お父さん昨日から出張で……伝言預かってるから言うわね。シャロ~会いたかったよぉ~! どうしてこのタイミングで仕事に行かなくちゃ行けないんだよぉ~! 以下略。あの人泣いてたわ」


「お父さん……なんか可哀想だね。まあいっか。二人とも元気そうで良かったよ! これで、また安心して旅に出られる」


 そう言ったシャロの表情は、いつになく清々しいように見えた。

 彼女の旅の目的を聞いた事はないけれど、きっと目指すものがあるのだろう。

 いつか、その話も聞けたらいいな。


 それから、私達はエミリアから夕食をご馳走してもらい、シャロの部屋に三人で集まった。

 エミリアの前では流石に角を隠していたけれど、今はもうマントごと脱いでいる。


「なんか今日はホームパーティーみたいでワクワクしたよ~! 二人とも、来てくれてありがとう!」


「イヤ、あーしらはそもそも一緒に旅する仲間だし、寧ろ家に泊めてもらえて助かるよ。あと今日楽しかった~! あーし、こーゆーの初めてだからさ、なんかすっごく良いね!」


 シャロもシルビアも、楽しそうで良かった。

 勿論、私も楽しかった。

 こんな私を受け入れてくれて、こうして同じ部屋に集まるだなんて……魔族同士となら未だしも、人族と一緒なのだ。

 お父様、私も人族とお友達になれたよ。


「ベリィちゃん、どうかした?」


「え、いや……なんか、ちょっとお父様の事考えてた。お父様が目指していた、魔族と人族との関係改善、私はシャロやシルビアとお友達になれたから……やったよ! っていう、報告……」


「ベリィちゃん……! そうだね、ベリィちゃんなら、魔族と人族が一緒に暮らせる世界、作れると思う!」


 私が……お父様のやろうとしていた事を?


「それな~、ベリィならワンチャンいけるっしょ。あーしも兄ちゃん探すのが目的だけど、どーせ他にやる事無いんだし、ベリィがその気なら、最後まで付き合うよ!」


「キュイー!」


「みんな……うん。私、事件の真実を知ったら、お父様の後を継いで人族と魔族が共生できる世界を作る。人族と魔族の架け橋になれるような、そんな勇者になれたらいいな……!」


 大切な人やものを守れるなら、誰だって勇者になれるんだ。


 本物の勇者にならなくても良い、私は魔族として、魔族も人族も救いたい。

 その為には、先ず魔族の差別や偏見を無くさなければならない。

 今はまだ無理かもしれないけれど、いつかは……


「協力するよ、ベリィちゃん!」

「あーしも一応自警団だからね、任せとけって!」


「うん……!」


 私には、本当に心強い仲間たちが居てくれるんだな。


 その後は適当な雑談をしていたが、気付けば私達は寝てしまっていた。

 また旅を再開すれば忙しくなってしまうかもしれないけれど、今はこうして、平穏に甘えていたい。

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