11.ルーナ

「いや~助かったよ~。私のホロクラウスも見つけてくれたし、盗賊まで捕まえてくれてさ~」


 無事に影魔法使いの男を捕らえたリタは、どこから取り出したのか酒の入った瓶を片手に持ち、それを飲みながら男を他の野盗達のところに蹴り飛ばした。


「ぐはっ……テメェこのクソ女!」


「うるせえなぁ。ちょうど吐きそうだからさ、口にゲロ流し込んでやろうか?」


「ひぃっ……!」


 それは嫌すぎる。

 こんな人だけど、リタはあの刻星剣ホロクラウスに選ばれた聖剣使いだ。


 これでも世界の歴史に関しては学んできたほうだけれど、刻星剣については殆ど記述が無く、その力は選ばれた使用者のみが知るものだろう。


 興味深くはあるが、あまり深入りし過ぎて私の正体を知られてしまったら、厄介なことになってしまう。


「ところでさー、ルビちゃんはなんでこんな所にいるの?」


「副長とエドさんからの特別遠征任務です。兄ちゃ……バーンの捜索が目的で、この二人と旅を始めました」


 リタはその話に納得した様で、うんうんと頷いてからシルビアの頭を優しく撫でた。


「そうだね~、お兄ちゃんどこ行っちゃったんだろうなぁ。あ、全然事情把握出来てなくてごめんね。思った以上にこっちの任務が時間かかっちゃってさぁ!」


「飲み過ぎて酔い潰れてただけっスよね。早くその盗賊達連れて戻ってくださいよ」


「え〜ルビちゃん厳し~!」


 リタ・シープハード。変な人だが、やはり悪い人では無さそうだ。

 エドガーやシルビアと同じ自警団の人ならば、私が正体を隠す必要はないのかもしれない。

 まだ少しだけ怖いけれど、いつかはこの人にも本当の私を見せることができたらいいな。


「さーてさて、ルビちゃんのお仲間ちゃん達もありがとねぇ。ベリィちゃんと、シャロちゃんだっけ?」


「シャーロット・ヒル、みんなからはシャロって呼ばれてます。こちらこそ、助けてくれてありがとうございました!」


「良いって良いって、これが自警団の役目だからさ~。てかさ、今気付いたけど、ベリィちゃん何でそのマント羽織ってんの? 拾った?」


 ドキリとした。

 まさか、彼女はこのマントに見覚えがあるということなのだろうか?

 だとすれば、非常にまずい。

 もし魔王の娘であることが知られて、リタが魔族を嫌っている人間だとしたら、私もシャロも、そしてシルビアだってただでは済まなくなる。


「えっと……それは………」


 どうしよう。

 何と答えればいいか分からず、思わず狼狽えてしまう。


「あ……てことはやっぱり、そういうことか。ベリィちゃん、ローグの娘ちゃんってわけ?」


 ……思っていた反応とは違った。

 リタは声のトーンを変えず、普通に酒を飲んでヘラヘラとしながら私に話しかけている。


「か、隠しててごめん……その……」


「いや~だいじょぶ。さっき会った時はあんまし頭回んなくて気付かなかったけど、言われてみればそのフードも猫耳じゃなくて、ツノ隠すためか。あれっしょ? お父さんの敵討ち。事情は色々あるだろうから、私は別にキミを止めないよ」


 正体を知られるのが怖いだなんて、そんなのは杞憂だった。


 魔族への差別や偏見が絶えない世の中で、リタも私のことを受け入れてくれる優しい人なのだ。


「それで、ベリィちゃんはお父さんを殺った犯人、殺してやりたい?」


 最初はそれが目的だった。

 復讐の為、私はお父様を殺した犯人を探していたのだ。


 けれど、今は違う。

 シャロやシルビアと出会って、今の生活が楽しいと感じている。

 大事なのは復讐ではない。

 私は……


「ううん、真実が知りたいだけ。そして、罪を償ってもらうんだ。そうすれば、志半ばで命を落としたお父様の無念を晴らせる気がして」


「……うん、良い子だねぇ。ベリィちゃん、色々あっただろうけど、よくここまで頑張って来たね。人生さ、楽しいって思えることが大切なんだよ。ベリィちゃんにとって今が楽しかったら、私は嬉しいな~」


 リタはそう話ながら私に歩み寄り、私のフードを優しく掴んでゆっくりと外し始めた。


「えっと……フードは……!」


「大丈夫、何度も死にかけてきたんだから、今更魔王のツノなんか怖くないよ。ほら、こんな可愛い顔してる。この顔をみんなに見せられないなんて勿体無いねぇ。だから魔族差別とかさっさと無くなりゃいいんだよ。ルビちゃんもシャロちゃんも分かるっしょ?」


 リタの問いかけに、シャロとシルビアは笑顔で頷いている。

 何だか恥ずかしい……けれど、嬉しい。


「うーんベリィちゃん可愛いねぇ。服も可愛いしちっちゃいねぇ~」


「小さいって言わないで……」


 リタは私の胸に抱きついて息を荒げている。

 小さいと言われたのでこの頭を小突きたいところだが、今は気分が良いからやめておこう。


「はぁ……はぁ……うっ……」


「リタ、そろそろ離れて欲しい……」


 いい加減暑苦しい。

 それに何だか様子が変だ。


「リタ……?」

「うっ……おえぇぇ」


 鼻を突くような酸っぱい臭い、腹部に伝わる生温かい感覚……最悪だ。


「ひっ……いやぁぁぁぁぁ!」


 私はこの後、暫く食べ物を口にすることが出来なくなった。



 リタは帰る前、私に全力で謝ってきたが、暫く許す気にはなれなかった。


 鼻にこびりついたアルコールくさい吐物の臭いで、私まで吐きそうになる。


「全く……うちの団長がほんっとごめん。やべえ奴なんだよあの人……ベリィ、えっと、大丈夫?」


 服を洗って乾かしている私は、野外で下着に毛布を羽織るという恥ずかしい格好をさせられる羽目になった。


 辺りは既に薄暗くなっており、私達は先ほどの場所から少し離れた場所で、野宿の準備を済ませて焚き火を囲んでいる。


「自警団の悪評の理由、何となく分かった気がするよ……」


 シャロはそう言って苦笑している。

 間違いなく、9割以上はリタのせいだろう。


「いや、本当にごめんね。あ、あーしも脱ごうか?」

「あ、アタシも付き合うよ!」

「イヤ、シルビアが謝ることじゃないし、あと二人とも脱がないで」


 こんなところで全員脱いでいたら、ただの変態集団である。

 服、早く乾いてくれないかな。


 それから私達は、交代で見張りをしながら眠りについた。

 気持ち悪さで眠れなかったので、最初は私が見張り番をすることになった。


 時間がしばらく経ち、私は干している服が乾いていないかと確認する。

 どうやら、まだ少しかかりそうだ。


 相変わらずこの森は少し湿度が高く、服も乾きづらい。

 安全な場所を選んだから平気だとは思うが、もし今ここで魔物が襲ってきたら、私は下着のままで戦わなくてはならない。

 それは流石に嫌だな。


 そんなことを考え、再び座ろうとしたその時、目の前の叢で何かがカサカサと動く音がした。


 魔物にしては音が小さい。

 小型の魔物という可能性もあるが、そのような気配では無さそうだ。


「キュイー」


 叢からそんな鳴き声と共に顔を出したのは、一匹のトカゲのようだった。

 生き物には詳しくないけれど、おそらく魔物ではなくただのトカゲだ。


「こんばんは」

「キュイー」


 私の言葉に返事をするかのように、トカゲは可愛らしい鳴き声を上げる。


 暗くてはっきりとは分からないが、そのトカゲの体色は白いようで、背中には薄い紫色のような線が一本入っており、その頭には三日月に似た黄色い模様がある。

 少し私と似ているな。


「綺麗だね。君は何て子なのかな?」


 トカゲは私を警戒する様子もなく、こちらに近付いてきて「キュッキュ」と鳴いている。

 かわいい。


 ツノを出した状態の私を恐れないなんて、トカゲには効かないのだろうか?


「良い子だね。おいで」


 私が手を差し出すと、トカゲはそれに乗って私の指を舐め始めた。

 雪国であるアルブ王国でトカゲは居なかった為、こうしてトカゲを触ったのは初めてだった。


 それにしても、この子は人懐っこい。

 トカゲは懐かないと聞いたことがあるけれど、この子は特別なのだろうか?


 その後もトカゲは私の元から離れようとせず、交代で私が寝ている間も側にいたようで、朝目が覚めるとトカゲは私の横ですやすやと眠っていた。



「ベリィちゃん、その子って……?」


 野宿の片付けを終えた頃、シャロが私の肩に乗ったトカゲを見てそう尋ねてきた。


「昨日出会った。なんか懐かれちゃって」


 シルビアもトカゲが気になるようで、こちらに来てじっくりと観察し始めた。


「これ、アストラヤコウトカゲじゃないかな? こんな色の子は見たことないけど、大体こんな見た目だよ」

「アストラヤコウトカゲって言うんだ。鳴く?」

「鳴くかどうかは分かんないや。でも、可愛いから連れてっちゃえば?」


 肩の上で少し眠そうにしているトカゲだが、未だに私から離れようとしない。


「餌って何あげればいいのかな?」

「虫だよ」

「その辺に沢山いるから困らないね」


 私のシルビアのそんな会話を、シャロは少し困惑した様子で聞いている。

 シャロは虫が苦手らしい。

 よくホーンスパイダーに立ち向かえたものだ。


 折角だから、この子に名前を付けよう。

 私のツノに似た、三日月のような頭の模様……可愛い名前を付けてあげたい。


「ルーナ……君の名前、ルーナでどうかな?」

「……キュイ? キュイー!」


 ルーナという名前が気に入ってくれたのか、眠そうにしていたトカゲは元気な鳴き声を上げた。


 新しい仲間も増えたところで、いよいよ次はカンパニュラ公国である。


 荷物をまとめた私達は馬に乗り、目的地へと向けて進み始めた。

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