8.シリウス
心なしか、少しだけ頭が痛いように感じる。
あれから気分の悪くなった私は、自警団の休憩室で横になっていた。
暫く経つと、クリフ達の引き渡しを終えたエドガー達が戻り、休憩室の外でシャロと何かを話しているのが聞こえてきた。
会話を終えたのか、シャロとエドガーが私のいる休憩室に入ってくる。
扉の方を見ると、二人以外にもう一人男がいた。
自警団の副長、ジャックだ。
「気分はどうだ?」
「よくない」
エドガーの問いに、私はベッドで横になったまま答えた。
「休ませてくれてありがとう。私、魔族なのに」
「魔族だろうが関係ない」
どうして私にここまで優しくしてくれるのか、理由はわからないけれど有難い。
「あ、えっと……あなたが、ジャックだよね」
私は恐る恐る、エドガーの隣にいる男を見た。
あのシルビアが恐れていた人で、確か彼が自警団の副長。
シャロが言うには、鬼の副長なんて呼ばれているそうだけれど……
「シリウスへようこそ、ベリィさん。自警団副長のジャック・ヘルハウンドだ。君の事はエドガーから聞いている。これからよろしく頼むぞ」
「う、うん、よろしく」
ジャックはそう言って笑顔を見せた。
これは、私のことは敵視していないということなのだろうか?
何より、これで一安心かもしれない。
*
その日、私とシャロはエドガーに紹介してもらった宿に宿泊することになった。
ありがたい事に、宿代は自警団が負担してくれるらしい。
どうしてこんな私に良くしてくれるのかと思ったが、エドガーの言う通り、仮にも私は魔王の娘だ。
父がいない今、実質的に魔族の王とも言える私の権力が必要なのかもしれない。
しかしアルブ王国がアイテールの植民地になってしまった今、私に王としての権限は無い。
こんな状態の私が、いったい何に使えると言うのだろう?
「ベリィちゃん、大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫……」
またシャロを心配させてしまっている。
シャロは優しいから、私の境遇を知ってしまったせいで、変に気を遣わせてしまっているのだ。
本当は、私も大丈夫ではない。
願わくば、シャロと二人でどこか遠くの国へ逃げて静かに暮らしたい。
でも、私にはまだまだ沢山やるべき事がある。
お父様を殺した犯人を見つけ、お城のみんなと合流して、サーナを救うのだ。
どれも現状一筋縄では行かないことばかりだが、少なくともサーナを救えるのは私しか居ない。
だって、約束をしたから。
暫くすると、シャロは心地良さそうな寝息をたてながら眠ってしまった。
私は、色々と考え込んでしまって眠れない。
クリフに言われたことは、正直まだ根に持っているけれど、いつまでも落ち込んでは居られない。
素振りでもしてこよう。
私は覇黒剣とは別の新しく買った剣を取り出し、フードを被って宿の外に出た。
アストラ王国の首都であるシリウスは、この国で最も人口密集率が高いが、それでも夜は静かなものだ。
月明かりに照らされ、私は黙々と剣を振る。
アルブ王国でも、雪のない日はこうして外に出て素振りをしていた。
どうしても、祖国が恋しくなってしまうな。
「どっどど どどうど どどうど どどう……」
不意に聞き覚えのある歌が聞こえてきたので、私は剣を振るのをやめて声のしたほうを見る。
そこには、夜道を歩くシルビアの姿があった。
「あれ、ベリィ?」
彼女もこちらに気付き、不思議そうな顔で私を見ている。
「シルビア、こんな時間にどうしたの?」
「イヤ、それこっちのセリフなんだけど」
シルビアは少し露出の多いラフな格好をしており、鞘に収めた双剣を携えてはいるが、こんな時間に人族の少女が出歩いているのは些か不用心ではないかと考えてしまう。
どうやら彼女は夜の散歩中らしく、私達は宿の前にあるベンチに座って話し始めた。
「眠れないの?」
「……うん、色々考えちゃって」
「そっかー。まあ、いっぱいあるだろうね。ベリィは凄いよ」
「そんな事ない。お父様が死んでから、私は失敗ばかりで、いかに自分が駄目か思い知らされている。お父様は、もっと凄い人だったのに……」
結局、私は国を出てから人に迷惑しか掛けていない。
もっと上手くやらなければ、サーナを助けられないかもしれないのに。
「失敗ねぇ……わかる。あーしも全然ダメだもん。兄ちゃんは凄かったなぁ。あんな事があったのに、みんなの為に戦って」
「あんな事?」
「ああ、うん。ベリィは、錬金術詳しい?」
錬金術、物質を生み出す技術の事だが、私は勉強もした事がないし、恐らく得意でもない。
「いや、そんなに」
「そっか。錬金術って色々な実験に使われているけど、中には非人道的な実験も行われている。あーしの、兄ちゃんね……その被害者なんだ」
「被害者……?」
シルビアの兄、バーン。
彼の身に何があったのだろうか?
「あーしらの生まれた村、けっこー前に盗賊達に焼かれちゃってさ。村の人達ほとんど死んで、あーしと兄ちゃんは何とか生き延びたけど、兄ちゃん、気付いたら居なくなっちゃってて。でね、あーしは暫く隣町の孤児院で暮らしてたんだ。そんな時、兄ちゃんがシリウスの自警団にいるって話を聞いて……」
「それで、ここまで来たんだ」
「うん。でも、やっと会えた兄ちゃんは……怪物に変身した」
怪物への変身……そんな話は聞いた事がない。
原因は錬金術による人体実験?
不可能では無いにせよ、あまりに非人道的である。
「それが……錬金術の実験で?」
「うん。あーしも詳しくは知らないんだけど、兄ちゃんは錬金術で作られた新種の鉱石を身体に埋め込まれて、魔物の姿に変身できるようになった。でもね、兄ちゃんの心は人間のままなんだ。兄ちゃんはその力を使って、自警団の団員として戦ってた。どんな姿でも、心は優しい兄ちゃん……やっと再会できたのに……なんでまた居なくなっちゃうんだよ……」
家族と離れ離れになることの辛さ、痛いほどわかる。
「……シルビア、今回お兄さんが失踪した件と、その実験って関係あるのかな?」
「分かんないけど、兄ちゃんをあの姿にしたのはどっかの組織らしいし、その組織か関連の組織である可能性は高いかも」
世の中、最低な組織ばかりだ。
サーナを攫った組織だって同じである。
今頃、酷いことはされていないだろうか?
サーナ……心配だよ。
「はあ……あーし、このままでいいのかな。ただ自警団で兄ちゃん待ってるだけで……」
きっとシルビアも、自分の力でお兄さんを探したいのだろう。
とは言え、彼に関する手掛かりは少なく、現状は自警団でその帰りを待つことぐらいしか出来ないはずだ。
闇雲に探し回るより、自警団として少しずつ情報を集めた方が、効率的でもある。
「シルビアは、直ぐにでもお兄さんを見つけたいんだよね?」
「うん……でも、今んところ何の手掛かりも無し。自警団の任務中にも聞き込みは沢山してるけど、情報は全く無い。実はもう死んじゃってて、探すだけ無駄なんじゃないかって……そんな風に考えたりとか……」
シルビアは瞼に涙を滲ませて俯いた。
私も早くサーナを助けたい。
その為に、魔王の娘であるこの素性を隠して人族の国を旅しているのだ。
「ねぇシルビア、よかったら一緒に来る?」
シルビアはシリウス自警団の人間だ。
それを今直ぐに辞めて一緒に旅をするというのは難しいかもしれない。
誰かの為だなんて、柄にもないことをしたいわけではない。
それでも、少しでいい。
私は私の存在を認めてくれたシルビアを、少しでいいから助けたいと思った。
「ベリィ……ありがとう。でも、今直ぐには無理かな。エドさんとか団長にも相談しなきゃだし」
「そうだよね。でも、明日一緒に聞いてみようよ。シルビアが、それでも良いならだけど……」
無論、私達と旅に出ることを強制するわけではない。
決めるのはあくまでシルビア自身だ。
答えは直ぐでなくても良い。
考える時間は必要だろう。
そう思っていたが、意外にも彼女の返答は早いものだった。
「あーし、ベリィ達と一緒に行きたい。やっぱり兄ちゃんのこと、ただ待ってるだけじゃ何も変わらないよ。あーしは絶対に、兄ちゃんを諦めない」
何が引き金となったのか、或いは元からその気持ちが強かったのか、シルビアの目は本気だった。
「うん、お兄さん、絶対に助けようね」
「ありがとう、ベリィ。なーんか吹っ切れたよ。さて、明日に備えてそろそろ帰って寝よっかな。ベリィも、早めに寝たほうがいいよ~」
「うん、私もシルビアと話してなんか楽になったよ。ありがとう、おやすみ」
「おやすみ~」
シルビアと別れた私は、宿に戻りシャロの隣で横になった。
最低な私に人助けが出来るなんて思っていない。
それでも、私は心からシルビアのことを助けてあげたいと思った。
「もし困っている人がいたら、ちゃんと助けてあげるんだ」
瞼を閉じ、父の言葉を思い出す。
今のままでは、お父様に顔向けできない。
会いたい……お父様のことを考えると、今でもまだ泣いてしまう。
もっと強くならなければ。
そうしなければ、誰かを助けることも、復讐も出来ないのだから。
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