9.クエスト
「シルビア、特別任務だ」
「へ?」
シルビアの件をエドガーに相談したところ、彼がそんな話を持ちかけてきた。
「ベリィ達と行動を共にし、必ずバーンを探し出せ。長期の遠征任務になるが、頼めるか?」
「エドさん、それって……」
「気を付けて行ってこい。ベリィ、シャロ、シルビアをよろしく頼む」
エドガー、案外と粋な計らいをしてくれる。
恐らく、彼も以前からシルビアの気持ちには気付いていたのだろう。
その証拠に、旅に出たいというシルビアの意志を聞いた際、少しだけ笑顔になっていた。
「え、本当にいいんですか? 団長の許可は?」
「団長には伝えておくし、ジャックさんも承知済みだ。というか、団長不在時の決定権は副長のジャックさんにある。まあ、何かあればいつでも戻ってこい。任務である以上、出来る限り俺達も協力する」
そんなことを言って、どうせエドガーは既に団長とも話をつけているだろう。
やっぱり、エドガーは優しい人だ。
「エドさん……! うあああ大好きエドさーん!」
「やめろ、鼻水つけるな」
エドガー、本当に優しい人だ。
私に良くしてくれたのは、魔王の娘であることに利用価値があるからだと少しだけ思っていたけれど、本当に彼の優しさだったのかもしれない。
「エドガー、ありがとう」
私が礼を言うと、エドガーはシルビアを引き剥がして優しく微笑んだ。
「ベリィも、困った事があればいつでも来い。ただの私設軍隊に何がしてやれるか分からないが、少なくとも俺達は君の味方だ」
ああ、わかった。
良くない。
この人はただの人たらしだ。
「そうやって誰彼構わず優しくしてると、そのうち痛い目見るよ。気を付けてね」
直ぐに私の言葉の意味を理解したのか、エドガーは少し困ったような顔をして「悪い」と謝った。
その後、私たち三人は自警団の馬を二頭借り、シリウスの街を出発した。
馬を召喚する際、シルビアは聖剣依存型以外の魔法が使えない為、私が馬と契約を交わした。
これで、いつでもこの子達を召喚できる。
「行ってらっしゃーいシルビアちゃーん!」
街を出るとき、ジャックとウルフも見送りにやって来てくれた。
ウルフ、結局よく分からない人だったけれど、おそらく面白い人なのだろう。
「ねえシルビア、ウルフってどんな人?」
「おもしれー男」
私の問いに、案の定シルビアはそう答えた。
どうやら、ああ見えてエドガーの同期らしい。
自警団は団長含めた剣士5人と数名の補助団員という少数精鋭で構成されている為、実質的に戦闘を行う団員は5名のみ。
剣士達の間での上下関係は緩く、貴族の出は団長とウルフのみらしい。
エドガーについては、詳しく教えてもらえなかった。
シルビアはこれから私達と旅に出る為、暫くは4人で活動をしていくのだろう。
「シルビアちゃん、改めてこれからよろしくね!」
「うん、よろしくシャロ! てか、シャロの盾めっちゃキラキラ! 服もキラキラ!」
「アタシってキラキラなんだよ~。シルビアちゃんも、私服姿新鮮でかわいいね!」
早速この二人は、浮かれた会話で意気投合している。
しかしながら、旅が賑やかになるのは良いものだ。
私は、孤独が嫌だから。
「ねえベリィちゃん。ずっとフード被ってて暑くない?」
相変わらず、私はこのツノを隠す為に深々とフードを被っている。
元々はお父様のものである為、私が被ると目元まで隠れてしまい、若干視界が悪い上に少しだけ暑い。
「大丈夫だよ。誰かに会ったとき、ツノが見られちゃっても良くないし」
「そっか、確かにそうだね!」
それに、私の後ろにはシャロが乗っている。
彼女も私のツノに慣れてきたとは言え、このツノから放たれる威圧感が消えるわけではない。
シャロであっても至近距離で見続ければ、彼女の精神に悪影響を及ぼしてしまう可能性があるのだ。
「にしても、なんかこの辺りちょっと不気味~。さっさと抜けちゃおう」
シルビアの言う通り、この森は薄暗くて湿気も多く、少々不快だ。
「うん、そうだね」
そう言って私が馬の速度を上げようとしたそのとき、不意に馬の目の前に矢が飛んできた。
馬はそれに驚いて体勢を崩し、私とシャロは身を投げ出される。
「ベリィ、シャロ、大丈夫!?」
「アタシは大丈夫! ベリィちゃんは?」
「平気。一体誰が?」
辺りを見回してみるが、攻撃してきた人物らしき人影はどこにも無い。
「お嬢ちゃん達、大人しく武器と金目のもんは置いてきな」
何処からともなく、男の声でそんな言葉が聞こえてくる。
なるほど、野盗ということか。
「あーしらに喧嘩売ろうってか!? 姿見せろやコラ!」
シルビアが馬を降り、剣を抜いて威嚇する。
未だ野盗らしき人物は姿を見せない。
その時、不意に背後で何者かの気配を感じた。
私は覇黒剣ではない方の剣を抜き、すぐさま気配のする方向を斬る。
そこに居たのは、ただの影だった。
これは……影魔法!?
「しまった……!」
影の気配に気を取られ、本体が足元を狙っていたことに気付かなかった。
咄嗟に避けた私は体勢を崩し、地面を転げて茂みの中へと入ってしまった。
直ぐに立て直さないと、恐らく次の攻撃が来る。
そう思い立ちあがろうとした直後、茂みを抜けた先は急斜面になっており、私は足を踏み外してそのまま転げ落ちてしまった。
「わぁっ、ちょっと!?」
まずい。
握っていた剣は手から離れて落下し、それを追うように私の身体も斜面を転げて行く。
こんなミスをするなんて、どうやら気が緩んでいたようだ。
一先ず安全に受け身を取り、二人のもとに戻る道を探さなくては。
「ベリィちゃん!」
「ベリィ!」
二人の声が遠のいてゆく。
せめて敵の情報だけでも伝えよう。
「相手は影魔法使い! 影を斬っても無駄! 気配には気を付けて!」
私の声は届いただろうか?
どうか無事で居て、必ず戻るから。
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