3.陽光
村に戻った私達がホーンスパイダーの糸を見せると、村人達は泣いて喜んだ。
これでもう、ベガ村の民が魔物に怯えながら生活する必要は無くなるだろう。
あれほど恐れられていたホーンスパイダーが倒されてしまったと分かると、村人達は挙ってホーンスパイダーを誹り出した。
案外、一番恐ろしいのは人間かもしれない。
シャロと私は村を救った英雄として持て成され、美味しい食事と宿まで用意をしてもらった。
無論、私はフードで頭のツノを隠している。
このツノを見て、シャロはどう思ったのだろうか?
村までの帰り道、シャロは私のツノについて全く触れてこなかったが、彼女が私に怯えている様子も無かった。
見たものを恐怖させてしまうこのツノは、そこまで簡単に克服できるものなのだろうか?
「あー! 疲れたねー!」
宿に着くと、シャロは荷物を放り出してベッドに飛び乗った。
ベッドは二人分用意されており、私は自分のベッドに剣を立て掛けてからその横に座る。
フードは、外していない。
「ベリィちゃん凄かったね! 魔族だっていうのはちょっとびっくりしたけど、すっごくかっこよかった!」
ちょっとで済む話なのか。
私のツノを見ておいて、その程度で済ましてしまうのか。
アルブ王国が帝国に侵略されて以降、魔族の中には他国に亡命してきた者もいるだろう。
恐らくどこの国でも、それはこのアストラ王国でも、逃げてきた魔族を処刑する動きは間違いなく始まっているのだ。
何せ、魔族は人族からすれば魔物同然であり、そんなものが人族の国に来たとなれば、排除されるのは当然だろう。
私もそのうちの一人、恐ろしいツノを持った得体の知れない魔族である。
今思えば、父は非常に危険な橋を渡りながら、魔族への偏見を解消、そして和平に向けて他国へと赴いていたのかもしれない。
「シャロ、私が怖くないの?」
私の問いに、彼女は訳が分からないといった様子で首を傾げた。
「だから、魔族だってことはびっくりしたけど、ベリィちゃんは優しいから怖いなんて思ってないよ~!」
アルブ王国の外に魔族がいること自体がおかしいという事を、彼女は理解しているのだろうか?
そもそも私は魔王の娘であり、このツノから放たれる威圧感は消すことが出来ない。
まさか、私のツノに力が無くなった?
イヤ、そんな筈はない。
あのホーンスパイダーは私のツノを見た時、紛れもなく恐れ慄いていた。
となれば……シャロは馬鹿なのかも知れない。
「ねえ、ベリィちゃん」
「ふぇ?」
不意に名前を呼ばれ、変な声で返事をしてしまう。
「フード、取っちゃっていいよ。どうせアタシとベリィちゃんしかいないんだし」
「……でも」
「アタシ、全然気にしてないからね。ベリィちゃんのツノ、なんだか凄い大きく見えて一瞬びっくりしたゃったけど、それ以上にアタシを助けてくれた事、アタシと友達になってくれた事が嬉しかった。だから、大丈夫だよ!」
そんな理由で、そんな事で私を信用してくれたのだろうか?
やはり、シャロにもツノの威圧感は伝わっている。
それでも尚、私が魔族であっても、私を友達だと言ってくれた。
彼女にならば、本当の自分を見せることができるかもしれない。
私は被っていたフードをゆっくりと外し、大きな二本のツノをシャロに見せる。
「わぁ……やっぱり、間近で見るとなかなか……」
当然だ。
先程は戦いに集中していて、然程このツノに意識を向けていなかったから、特に恐ろしさを感じなかったのだろう。
これまで私のツノに恐れなかったのは、お父様とサーナしかいない。
城の従者達は、ただ恐怖に慣れていただけに過ぎないのだ。
「ごめん。やっぱりツノは見せないほうがいいかもしれない」
「待って!」
フードを被り直そうとした私を、不意にシャロが静止する。
無理をしなくてもいいのに。
「ベリィちゃん、そのツノって、ベリィちゃんだけの特別なものなんだよね。ベリィちゃんが使っていた剣……あれって、闇の聖剣、だよね。おばあちゃんから聞いたことあるんだ。その……」
シャロの言いたい事は分かる。
この恐ろしいツノに加え、闇の魔力を持つ聖剣、それが意味するものは———
「ベリィ・アン・バロル、それが私の本当の名前。殺された魔王ローグの……娘だよ」
私はただの魔族ではない。
魔族の中で最も恐れられている血筋、魔王の血を受け継ぐ存在だ。
私が魔王の娘だと知られた以上、もうシャロに何を言われても構わない。
また一人になる心の準備は、既に出来ている。
「やっぱり、ベリィちゃんって魔王様の娘さんだったんだ~! だよね~、闇の聖剣が使えるなんて魔王様しか居ないし、そうなのかな~って思ってたんだけど、アタシの知識は正しかったね!」
私の正体を知った割に、とても反応が軽い。
そんな程度で済むほど、魔王という存在は小さくないだろうに。
「シャロ、私……」
「ベリィちゃん、魔王様のこと……辛かったよね」
この村を出ていく旨を伝えようとした私に、シャロは優しくそう言った。
予想外の言葉に、私は思わず少し動揺する。
「私は……」
ああ、また泣いてしまう。
私の心はこんなにも弱いのか。
お父様、サーナ、城のみんな、色々な感情が抑えられなくなり、私は大きな声で泣き出してしまった。
「ベリィちゃん……! だ、大丈夫? えっとぉ……そうだよね。たぶん、沢山辛いことがあったんだよね。大丈夫だよ、力不足かもしれないけど、アタシが守ってあげるから」
シャロの柔らかい手の感触が、私の頭に触れる。
そんな彼女の優しさに、より一層感情が抑えられなくなった。
それから私は、泣きながらこれまであった事をシャロに話した。
お父様のことや、サーナのこと、そして奴隷市場での出来事まで、上手く話せたか分からないけれど、溜め込んでいた思いを全て吐き出した。
シャロは疲れているはずなのに、それをずっと真剣に聞いてくれていた。
私が落ち着いた頃、シャロは泣きながら私を抱きしめてくれた。
「ベリィちゃん……本当に本当に辛かったんだね……頑張ったんだね。アタシ、ベリィちゃんのこと一人にさせないから。アタシは絶対、ベリィちゃんの友達だから!」
「ありがとう。優しいね、シャロは」
「さっきと立場が逆転しちゃったよぉ~!」
きっと、この子は優し過ぎる。
少し危なっかしいけれど、私はその優しさにこうして救われた。
そしてもう一つ、私は大切なことを思い出した。
「ねえ、シャロ」
「ぐすん……どうしたの?」
「私は、小さい頃から勇者になるのが夢だった。魔族だし、魔王の子だけど、それでも、お父様は応援してくれたんだ。今日のシャロを見たら、何だかそれを思い出しちゃって……」
人々を守りたいというシャロの強い思いが、私の夢を思い出させてくれた。
勿論、私が勇者になんてなれる訳がない。
それでも、大切な人を……いつかサーナを助けるために、私は物語の勇者のように、誰かを守れるようになりたい。
「なろうよ、勇者! アタシ、ベリィちゃんのことずっと傍で応援してるから!」
「え……? それって……」
「アタシ、ベリィちゃんと一緒に旅しても良いかな? ベリィちゃん強いし、あんまり役に立たないかもしれないけど、でも、ベリィちゃんのこと守るって約束したから!」
正直、私はもう心が折れかけていた。
お父様の仇を探すにも、この先の苦難を想像しただけで生きることが辛くなった。
でも、こうしてシャロと出会えた。
シャロは私にとって、真っ暗な月を優しく照らす陽光だ。
彼女とならば、これから何があっても立ち上がれる気がする。
シャロから差し出された手を、私はそっと握った。
「ありがとう、シャロ。これからよろしく」
「うんっ!」
その後、私とシャロは一気に身体の力が抜け、二人同じベッドで寝てしまった。
翌朝、荷物をまとめて宿を出ると、改めて村人達から礼を言われた。
私は何より、自分の正体を隠し通せてよかったと心から安堵した。
「さて、これからの行先はベリィちゃんにお任せするけど、どこか行きたいところはある?」
行きたいところ……
私の目的は光竜剣ルミナセイバーの使い手である勇者を探すことだが、生憎その勇者がどこにいるのか、今の勇者が誰なのかすらも分からないし、ずっと城に引きこもっていた私にはアルブ王国以外の土地勘がない。
勿論、勇者に会って仇を討ちたいと言う気持ちもあるが、勇者と接触することでサーナの手掛かりも掴めそうな気がする。
だから先ずは、その為の情報収集をする必要があるのだ。
「カンパニュラ公国に行きたい」
カンパニュラ公国は、父が最後に仕事で行った国だ。
そこに行けば、何か手掛かりが掴めるかも知れない。
「カンパニュラ公国か~! 今ベガ村にいるから、この先ちょっと離れてるけど、プロキオンと首都のシリウスを経由して行く感じになるかな。いや~、実はアタシ、カンパニュラ公国出身なんだよ~!」
まさかシャロがカンパニュラの出身とは驚いた。
ずっと国を離れて旅をしていたのだろうか?
その行動力、尊敬する。
「そうだったんだね。じゃあ、里帰りになっちゃう?」
「ううん、元々アタシも一回カンパニュラに戻る予定だったから、ちょうど良かったよ! よーし、それじゃあ先ずは、プロキオンに向けて出発だね!」
「うん。よろしくね、シャロ」
「こちらこそだよ、ベリィちゃん!」
こうして私達は、最初の目的地であるプロキオンへと向かうのであった。
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