第12話 王家と教会は混乱の渦に――――王家の滅亡

 その日。外に出られず情報も得られない事を除けば、何不自由ない豪華な貴族専用の牢の中で。ディラン王子は外が暫く騒がしい事に気がついたが、すぐに興味をなくし考えるのをやめた。


 彼は謹慎の名目で牢に入れられた最初の内こそ、不服で叫んだり世話をしてくれる侍従に八つ当たりをしたり……と逆恨みを募らせていた。が、確かに聖女を追放したのはやり過ぎたと思い直し、これは所謂『禊の期間』で、ほとぼりが冷めればまた王太子として返り咲けるだろう……などと呑気に考えるようになった。そしてその呑気はやがて怠惰に変じ牢の中で約半年もの間、何も考えずダラダラと過ごしていたのである。


 そこに将軍が部下を伴いやってきた。


「おお、将軍、久しいな。遂に俺の禊は終わったか」

「禊……?」


 将軍は片眉を上げた後、愉快そうな顔に変わる。


「……ああ、確かに禊とも言えますな」

「?……まあいい、さっさとここから出せ」

「言われずとも。さ、手を」

「?」


 王子は将軍の言葉の意味を理解できなかったが、長らく何も考えない習慣が身についていたので素直に片手を出した。それを部下の兵士がさっと捕まえ、ガチリと手枷をはめる。


「なっ……」


 ディランが驚きで声をあげる間に、兵士はもう片方の腕にも手枷をはめた。


「何をする!! 将軍! これはどう言う事だ!」

「ですからここを出て頂くのですよ。今日からここはあなたのお父上が使う事になりますのでね」

「なんだと!?」

「王家は倒れました。最早貴方は王子ではない。聖女を追放しこの国を混乱に陥れた大罪人だ」


 ディランは一気に血の気が引いた。愚鈍な彼にも僅かに残った頭で何が起きたか理解できたのだ。


「……おのれ! 裏切ったか将軍!」

「裏切り? ふっ。元殿下、貴方はまだ理解されていない様ですね。貴方が自身で裏返したのです」

「は!?」

「国は言うなればひとつの機械。いくつものパーツが集まり、バランスを取り、形を保っている」

「な、何を」

「この国のバランスを取りひとつにまとめる核、それが聖女だった。貴方はその核を引き抜き、集まっていたパーツをバラバラにしてひっくり返してしまったのだ」

「将軍! 一体何の話をしている!」

「ですから貴方が裏返してしまったパーツの話ですよ。民衆、教会、王家……そして騎士団のね。バラバラになってしまったパーツはどうやって修復すればいいと思いますか?」

「……」


 答えを返せないでいるディランを見下ろし、微笑んだまま将軍は続ける。


「ああ、貴方は今まで壊れたものは捨て、修復などとは無縁の生活を送っていましたね。では教えて差し上げましょう。修復には糊が必要なのです」

「糊?」

「そう。パーツを繋ぎ合わせ、貼り付ける糊がね。貴方はずっとここに居られたので、外の状況をご存じ無いでしょうが、民衆と兵の怒りは凄まじい勢いになっている。ちょっとやそっとの糊ではとても安定しない」


 将軍の笑みが凄みを帯びる。彼のギラギラと光る目に、ディランは呑まれ言葉を失う。ここで無言でいれば自分は完全に敗けると心のどこかで思っているのに。


「……ですから、貴方の血という糊が必要なのです」


 血という言葉、王家を裏切られ倒された事実、そして貴族牢を追い出される理由。先ほど言われた「これから行う禊」の意味を漸く理解したディランの口からやっと言葉がこぼれる。


「……な、何で俺が!? お、俺はあいつを追放しただけじゃないか。だから俺も追放に……」


 彼の情けない命乞いを将軍はふっと鼻で笑った。


「ご冗談を。荒野に追放された聖女が生き延びれると? それに追放ごときでは皆納得しない。それでは糊にならないのですよ。貴方とアリッサ嬢には新しい国のいしずえとなって頂く」

「……やめろ! やめてくれ!! い、いやっ、嫌だあああぁぁ……!」


 青い顔で泣きわめく彼を兵が引きずっていく。行き先は貴族用ではなく、一般の罪人が入れられる独房だ。その隣の独房には、やはり貴族牢から身柄を移されて金切り声をあげるアリッサがいた。


 その後。将軍は国王夫妻を幽閉した。しかし、国を混沌に導いた王子ディランと、彼を唆した令嬢アリッサは到底赦されない。二人は民衆の目の前で処刑された。



 ◆



 無能の烙印を捺された国王を王座から退かせ、諸悪の根源である王子を処刑したとて、民衆や兵の溜飲が一時下がるだけで、魔物の脅威が薄れる訳ではない。国の頭をすげ替えても状況が改善せねば再び民衆や兵士は怒る。将軍はそこを弁えていた。革命後、彼はこう宣言したのだ。


「国を導くのは魔物に対抗できる勢力、つまり聖水を作る教会こそが相応しい。我々騎士団は教会の下に入り、民を守る剣と盾になる」


 王国は聖教国と、騎士団は聖騎士団と、各々名を改めた。


 だが、そうは言っても騎士団の扱い方や政治など、教会の司祭達は今まで考えたこともない。ただでさえ聖水を作る事に追われて心身を削っているのに、突然回ってきた役を上手くこなせる筈もないのだ。


 中でも大司教は国のトップという大役のプレッシャーに圧し潰されそうになっていた。少しでも何かの判断を間違えば、魔物は侵攻し、自分は王家のように民衆の怒りの的になる。


「大司教殿、私で良ければ何なりとお訊ね下さい」

「将軍殿……」


 結局教会は、将軍が折に触れて細かく提示してくる「助言」をそのまま受け入れた。つまり将軍は名を教会へやり、実は自分の手中に納めたのである。



 ◆



 だがしかし、将軍の「助言」は的確だった。革命後半年もすると、状況は少し好転してきたのだ。聖騎士団はその武器や鎧に聖水を振りかけて浄化や魔物との戦いへ赴くようになった。それにより死傷者は減少。魔物討伐の効率は一年前、つまりジーナが居なくなった直後に比べて格段に上がった。民は教会と聖騎士団へ感謝と篤い信奉を捧げた。


 ……まあ、魔物討伐の効率が上がったというのは表向きの話だが。


 いくら聖水で強化した武具を纏ったからと言って、全ての兵がすぐに魔物を討伐できるようになるわけではない。実際に今まで魔物との戦いを見てきた将軍はそれを嫌と言う程知っていた。


 だから、彼はまず民衆を安心させるためだけにパフォーマンスをして見せたのだ。聖都に近く、あまり魔物が出現しない上に民の目が多い地域には、見栄えはするがあまり強くはない兵に豪華な聖騎士の鎧を着せ、聖水を振りかけ練り歩かせる。それだけで人々は「魔物が殆ど出ないのは聖騎士様のお陰だ」と思ってくれる。


 一方、魔物が頻出する危険な地域にはそんなお飾りの兵は配置できない。ここには歴戦の猛者達を充てた。この「歴戦の猛者」というのは、実は聖騎士団以外の人間が大半だ。将軍は傭兵団を雇い、金と聖水を彼らに惜しみ無く渡したのだ。


 傭兵団は元々は「荒野の民」として生まれ、国に属さない人間の集まりだ。馬で駆け、槍や弓矢を用いて魔物を狩る。昔魔物大襲来スタンピードが発生した時に当時の王立騎士団が北部で侵攻を押しとどめられたのは、実は「荒野の民」が多くの命を奪われながらも相討ちで魔物の数を減らしてくれていたのも一因だった。


 その強さは折り紙つきだが、彼らは魔物を捌いて焚き火で焼けば肉の“穢れ”は消えると主張し、倒した魔物の肉をも喰らう野蛮な集団である。そんな蛮族を騎士団の正規兵として迎え入れれば民衆の顰蹙を買いかねない。従って将軍は彼らを最前線の、民の目の無い地域での戦いのみを担当させた。


 今日も北部の辺境では聖騎士団と魔物とがぶつかっている。突如現れた魔物の群れに、騎士団の兵士は防戦一方だった。だが彼らは挫けない。自分達が堪えていれば「歴戦の猛者」達が応援に来ると信じているからだ――――


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