第2話 聖女は力を永遠に失ってしまった


「私は、偽物ではありません……!」


 申し開きもできず同じ言葉をただ繰り返すだけの聖女ジーナ。突然王宮内に呼び出された為、その場にはディランの他の王族や、王太子の彼に逆らってまでジーナを庇う者も居なかった。いや、そうなる様にディランとアリッサは仕組んだに違いない。彼は勝ち誇って言う。


「聖女と偽り王家を欺くなど大罪だ。勿論婚約は無効。お前は即国外追放だ!」


 ジーナはその場で捕らえられた。


「いや……やめてください! ううっ」


 王子の侍従と護衛兵が彼女を縄で縛り猿轡さるぐつわを噛ませる。更に小麦用の大きな麻袋に入れられて担がれた。そのまま王宮の中を進むが表の出入り口ではなく使用人用の裏口から連れ出され、目立たない荷馬車に放り込まれる。秘密裏にことを済ませようと予め用意してあったのだろう。

 こんな事をするのは、国王にも知られず、そして教会側からの抗議を待たずに追放する為なのか。または時間を稼いで後から大義名分を拵え、ディランの都合よく辻褄を合わせる気かもしれない。


 荷馬車はガタガタと城を出、街を抜け、町村を抜けて行った。その間にジーナは縛られたまま必死で身体をよじり、麻袋から頭を出す。荷馬車には幌がかけてあったが、その隙間から外の景色を見ることが出来た。


「!!」


 流れる景色にジーナは見覚えがあった。国中を周って浄化していた彼女は自然と地理にも明るくなっていたからだ。現在地と目指す方角からすぐに行き先を悟って青くなる。


 国外追放は当然「国の外へ追い出す」と言う意味だが、向かっている方角は隣国ではなく、よりによってどの国も領地にできない北の荒野。つまり魔物が最もはびこる場所だったのだ。思わず叫ぼうとしたが、猿轡の為に声がくぐもり上手く出ない。彼女は目に涙を浮かべ、どうしようもなく震える身体を馬車の荷台に横たえて祈った。


(神よ……お救い下さい)




 馬車は翌日の昼近く、漸く国境に辿り着いた。ここは荒野から魔物が入りこまない様に柵と門を設けているが、元々王国の人間は魔物を恐れて殆ど近寄らない為、辺りはひっそりとしている。門を抜けると馬車は止まった。どうやら荷馬車の他に別の馬車で王子の侍従や護衛の兵士達がついてきていたらしい。彼らは荷馬車に乗り込んでくるとジーナの縄と猿轡を解いた。


「降りろ」


 その声は凍り付きそうなほど冷たく恐ろしかった。ジーナの身体は縛られ荷馬車に転がされていた為に冷えて強ばっていたが、その言葉に背筋がさらに寒くなる。素直に馬車を降りると目の前には荒野に繋がる平原が広がっていた。


「!!」


 ジーナは驚いた。平原のあちこちに小さな“穢れ”が生まれている。これを放置すればやがて“穢れ”が大きくなり、引き寄せられた魔物が来てしまう。魔物が集まれば悪循環で“穢れ”が更に生まれ、やがて柵の内側まで侵食される恐れもある。


「……あの、聖水を。浄化をしなくては」

「まだ言うか! いい加減にしろこの偽物が!」

「きゃっ」


 王子の侍従もそこまではするつもりがなかったのだろうが、痩せて軽いジーナは男の力で突き飛ばされて膝をついた。侍者は気まずさを誤魔化すかのように大きな声をあげる。


「ふ、ふん。わざとらしく倒れおって! 大体、どこにも“穢れ”など見えないではないか。おい! 早く馬を!」


 一人の兵士が立派な黒馬を引いて来ようとしている。


「ブルルルッ」

「おいっ、コラ! 大人しくしろ!!」


 その逞しい黒毛馬は力を持て余して度々問題を起こし、腕利きの馬丁も手を焼いていた暴れ馬だった。現にジーナの前まで引いて来るのに兵士は手こずっている。しかしジーナを認めると黒馬は何故か落ち着き、その大きな瞳で彼女を見つめた。黒曜石を磨いたような美しい瞳にジーナは一瞬ホッとしたがすぐに現実に引き戻される。


「早く乗れ」

「え……」


 そう言った侍従の後ろには槍や剣を構える兵士たちがいる。今にもジーナと馬に斬りかかりそうな雰囲気だ。ジーナが万が一にも戻ってこれない様に圧力をかけ、馬に乗せて遠くへ行かせようとしている。つまり、彼らは馬ごとジーナを荒野の魔物に喰わせ処分しようという腹づもりなのだ。


 馬に乗ったことの無いジーナは兵に身体を押し上げられ、黒馬に乗せられた。


「ハアッ!!」


 兵の一人が激しく鞭で黒毛馬の尻を叩く。二度、三度、酷く強い音が平原に響いた。これで馬にも「戻ってくればもっと酷い目に遭わせる」と伝わったろう。黒毛馬は大きく嘶くと、ジーナを背に乗せ荒野に向かって一気に駆け出す。あっという間に景色が流れて行き、後ろにいた従者や兵達は見えなくなった。

 ジーナは振り落とされないよう、必死で馬のたてがみにしがみつき震えていた。しかし時間の問題だ。振り落とされなかったとしてもどの道すぐに魔物に出会い喰われてしまうだろう。


「ああ……あ、あああ……!!」


 ジーナは馬の背で言葉にならない叫びをあげた。熱いものが彼女の中からこみ上げ、両の眼から透明な液体となってこぼれ落ちる。彼女は毎日神に祈ってきた。誰よりも神と教会に従順で、信仰の見本のような生活を送っていた。その彼女に対する仕打ちがこれなのか。こんな時にも神は助けてくれないのか、と激しい感情がジーナを揺さぶる。


(ああ、この世に神などおわすものか!!)


 聖女はこの理不尽さに怒り、神への信仰を捨てた。その瞬間、また神も彼女を見放し、彼女に与えられていた聖なる力は永遠に失われてしまった。


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